34限目 プールでのきゃっきゃうふふ

「……七、……八、……」


 食後には運動である。そして白鷲高校ゲーム部において運動といえば、筋トレである。


「九!、はい最後の一回!」


 プールサイドには、水着で腕立て伏せをしている女生徒達がいる。すでに腕がプルプルしていて、生まれたての子鹿のようになっている。


「………十!!」


 その瞬間、女子生徒全員がプールサイドに突っ伏した。美月は仰向けになり両手を大きく広げている。呼吸とともに隆起する胸とお腹が扇情的だ。


「はいお疲れさん、一分休憩してあと十回なー」


「うげー。もーできないよー」


「はいはい簡単に弱音を吐かない。井手も無理せずそこで休めよ」


 ちなみに、水着姿の女子生徒達が腕立て伏せをしているのを前から眺めるというのは、言うまでもなく最高だ。諸君に映像で共有できないことが、心から悔やまれるよ。


 なんてフザケていると、俺が単なる変態教師に取られかねない。もちろんこれにはちゃんと意味があるのだ。


 昨今、腕立てができない女子が増えている。これは痩せすぎと運動不足が原因だと俺は考えている。


 SNSが生活に当たり前になったことで、ルックスの比較が余儀なくされた現代。美的意識が高いことは大変結構だが、日本人が外国人のようなルックスを意識すると、身長が低いぶん、横幅をより細めないと同じバランスにはならない。つまり、その分余計に痩せなければならないのだ。実際、先進国の中で日本人女性は最も痩せているらしい。


 社会人に比べれば学生の運動量は多いとはいえ、運動部でもなければその生活は我々とそう変わらない。筋肉に負荷をかける生活をしないので、筋肉も育たないという訳だ。


 とはいえ、eスポーツだって体力は必要だ。特に理想的な姿勢を長時間取れるだけのインナーマッスルは確保しておきたい。姿勢が悪ければ操作のレスポンスも悪くなるし、体力が消耗されれば集中力だって落ちる。


 そんな訳で、この合宿では基本的な筋トレ類をより厳しく見ていく。最初は数回もできなかった女子部員達だったが、六月いっぱいを経てギリギリ十回をこなせるようになった。惰性でやってきた七月の反省を踏まえ、しっかり俺も監視してくという訳だ。


「それじゃあ、あとは自由時間なー」


「やった! いちばん乗り!」


 お昼もそこそこに過ぎた頃にはプールの水もたまり、清い水面が夏の太陽をギラつかせている。そこへ迷わず飛び込んだのが美月だ。やるだろうなとは思っていたけれど。プールは飛び込んだら危険なんだぞ、本来なら注意するべきなんだろうが。


「とぉっ」


 意外なのは、そこに全員が続いたことだ。今しがたまで筋トレでへばっていたクセにい、遊びとなるといとも簡単にエネルギーを振り絞れるあたりに、若さを感じる。


「センセも早くー」


 そんなシーンを見せつけられれば、俺の中に眠る若かりし力がうずうずしちゃうじゃないか。水着女子に「はやく♡」なんて言われたら、ル◯ンも驚きのダイブをかましてしまうに決まっている。


「わかったわかった、今行く。……でやぁっ!」


 こうして、その日は結局夕方近くまでプールで遊んだ。シャワーを浴びたあとに襲ってくる倦怠感が、気持ちいい。これは翌日、筋肉痛は免れないだろうなぁ。


 夕食は女子生徒達がカレーを作ってくれた。特に悠珠の包丁さばきは見事で、日頃から取り組んでいるのだろう。あまりにも手際が良いので料理が得意なのかと聞いてみたら、「こんなものは理科の実験と同じ」とよくわからない回答が来た。その理屈では、同じく優等生の灯里がもじゃがいもの皮むきで幾度も手を滑らせていることの説明にはならない気がする。


 夕食後は部室に出向き、日課の練習をこなした。良く「腕が鈍る」と言うが、ゲームにもそれは当てはまる話だ。もちろんゲームジャンルによって大なり小なりではあるのだが、取り分けFPSはなまりやすいジャンルだ。触れる機会があるなら少しでも触った方がいい。


 そんなこんなで、夜はあっと今に訪れた。午前中に肉体労働、午後はプールで年甲斐もなくはしゃぎ、部室棟の清掃作業と夕食後の部活と、イベントてんこ盛りな一日だった。


 合宿部屋は三つほどあり、俺、女子達、琢磨と割り振った。畳に敷布団という和風な感じだが、なぜか浴衣が備え付けてあり、くつろぎの宿感満載である。シャワーを浴びて宿直室に横になれば、今すぐにでも眠れてしまいそうだった。


 本来なら消灯時間までは生徒たちに気をかけてやらないと行けないのだが、そういう意味では、俺は彼らを信用している。単に面倒くさい訳じゃないぞ。


 そうやって眠気にまかせてうつらうつらしている時だ。扉のノック音で目を覚ました俺は、反射的に時計を見た。時刻は二一時ちょっと過ぎを示している。


「センセ、入るよー」


 声の主である美月が俺の返事を待たずに部屋に突入してきた。


「おおどうした、ってお前ら」


 美月の後ろには生徒達全員が続いていた。それも全員、浴衣である。



「センセ、夜はまだ長いよ。みんなでア、ソ、ボ!」



 とびきりの笑顔の美月が持っていたのは、トランプだった。

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