30限目 FPSの狂気
美月は豹変していた。
「あはははは!」
もとより彼女の勝負に対する執着には気が付いていた。白熱する試合では並々ならぬ集中力を発揮していたし、その表情に鬼気迫るものがあったのも事実だ。
「あっはははは!」
しかし。ここにいるのはそんな生温いものでは無かった。
彼女は次々とデーモン達を爆散させていった。見ている俺が目を覆いたくなるような惨状だ。血肉が撒き散らされ、その中央を舞うように、狂気を纏ったプレイヤーが
これが
ファーストパーソンシューター。その名前の通り、このジャンルは本来シューティングゲームだ。
画面内に捉えたエネミーに対して、あらゆるアクションを駆使しながら射撃を命中させていく。それが本ジャンルの基本コンセプトだ。
しかし彼女のこれは一体何だ?
容赦の無いゼロ距離射撃の
相手のデーモンはAI動作だ。しかしなんだろう。そのあまりに常軌を逸したプレイっぷりに恐れおののいているようではないか。彼らは彼女のそんな虐殺に為す術もなく、ただの肉片に分解されていく。
彼女を見た。彼女は瞬きもせず、ハイになっていた。デーモンが爆散する度にその瞳に彩りが戻って来る。まるでデーモンの血肉によって英気を養っているようですらある。
そして、あのマッチョデーモンが現れた。画面奥からいよいよもってプレイヤーに逆襲する為に召喚されたかのように雄叫びをあげている。
「お前かぁあああ!」
その瞬間、俺のそばにいた少女が叫んだ。彼女はフットレバーを蹴り飛ばし、一直線にそのデーモンに向かっていく。他の雑魚どもに目もくれずに。
「お前達が!私の!」
デーモンのタックルを真正面で受ける―――
そう思った瞬間。
タックルが命中する寸前、彼女はしゃがんで、その腹部でショットガンを炸裂させる。
マッチョデーモンのタックルはそのクリーンヒットにより中断され、後方に吹っ飛んでいく。
まともじゃない。そんな反撃方法、見たことが無い。
「人生をメチャメチャにしたんだ!!!」
彼女の叫びが部屋に
「ふざけんなよ!!」
吹っ飛んだマッチョデーモンを一直線に追いかける。道中塞ぐ雑魚デーモンをノータイムで爆散させながら。先程と同じように飛び上がり、その顔面にショットガンを一発。
「私がどんなに苦しかったか!」
それでも起き上がろうとするヤツの腹部に一発。
「お前も味わえ!」
そして起き上がりざまのエルボーをしゃがんで躱し、もう一発。マッチョデーモンは一瞬で蒸発した。
「なんだよ。弱いじゃん。もう終わり?」
画面内にはさらなる援軍が呼び出されていた。その中には本ステージのボスがいる。肥満男性をイメージした身体には無数の重火器が埋め込まれている、人目で強敵と判るそれ。
「ふふ。ふふふ。あははは!」
彼女は最早
巨漢との距離が近くなり、巨漢の奥の手である火炎放射撒き散らし攻撃がでる。これは超威力で一瞬でHPを削られる上、範囲が広くついでに発動までのモーションが非常に短い。これがあるから基本は接近せず、ミサイルを
しかし彼女は信じられない反応速度でこれをジャンプして躱し、直後、その顔面にショットガンをお見舞いする。そのままなら足に引火して大ダメージをもらう所だが、そのクリーンヒットによって巨漢の攻撃は中断された。巨漢の身長は高くプレイヤーは飛び越えられないが、張り付くようにジャンプしていた美月はその下り際にも一発、ショットガンをお見舞いする。
「遅いよ!」
今度は相手の反撃を読んでいたかのように彼女がジャンプし、その脇を通り過ぎていく。彼女がもといた場所には火炎放射が放たれていた。その去り際に一発、着地してそのケツにもう一発。
「怖い? 私が怖い!?」
巨漢デーモンを中心に周回しながらショットガンを絶え間なく命中させていく。俺はその画面を見ているだけで酔いそうだった。
彼女には抜群の反射神経・集中力・そして空間把握能力があったのだ。それがなければ俺のように酔ってしまう。
そして彼女の集中砲火によって巨漢に搭載された火炎放射器は引火し、文字通り身体の中央から爆散四散した。
「あの世で後悔しなよ」
画面内には無残にも肉片になったデーモン達の死体が散乱していた。赤く光る月がそれを演出している。
2ndStageクリア。その文字が画面に大きく映し出されていた。
「美月お前…」
彼女はあれだけハイな状態だったにも関わらず、汗一つかいていなかった。
俺がその肩に触れると、
「ふえええん」
彼女は震えながら泣いた。
床に落ちたHMDがカランと鳴った。
それは彼女の中で崩れていく何かのようだった。
--------
辺りはすっかり夕暮れだった。日が長いこの季節では早いところでは夕飯の時間だ。彼女の家と俺の家が近いことが救いだ。あんまり遅くまで預かっているとなんて言われるかわからない。まぁ行く前までしてた化粧が落ちてる時点で、言い訳側としては極めて不利なんだけれど。
「じゃあいくね」
彼女の目元には泣きはらしたあとがあった。それでも今の彼女の笑顔は眩しい。すっきりしたその表情が夏の湿気を吹き飛ばしてくれる。
「おう。気をつけてな」
「うん。ねぇ太センセ」
南風が彼女の洗いざらしの髪を揺らしていく。それをおさえる彼女は、なんだか子供じゃないみたいだ。
「これからも、名前で呼んでね。美月って。そうじゃないといじけるから」
「あ」
彼女は走り出した。遠く手を振る彼女が交差点の角へ消えてゆく。
俺はいつの間にか彼女を名前で読んでいたことに気が付いた。むず痒くなって思わず頭を掻いた。
--------
翌日。もうじき夏休みが近いということで浮ついている学生が多い中、いつもどおりの部室と面々がいた。
彼女のプレイは変わった。殆ど驚かなくなり、その積極性に磨きがかかった。隠れている相手におくせず突っ込み、その近距離戦闘において無類の強さを発揮していた。彼女のその突然の変貌に、部活の皆は驚いていた。
美月は今日、2限目に登校した。生徒はもちろんのこと先生もずいぶん驚いた様子だったと本人が自慢げに言う。
あの日、俺の家で起きたことは二人だけの秘密だ。変わったことと言えば、呼び名だけ。
それからしばらくして。
「美月!」
昼休みの中庭で彼女を見つけて呼び止める。遠方で手を振る彼女の横には友達がいた。俺はそこに手を振り返して、その場をあとにした。用事なら部活の時でいい。今は、ようやく手に入った彼女の日常を大切にしてやりたかった。
見上げれば、入道雲がもくもくと積もっていた。
――夏が来る。
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