29限目 才能開花
画面には再び赤いライトエフェクトと、その奥から登場するマッチョなデーモンが映し出されている。
「ほら美月よくみろ!」
「もううるさいよ! 恥ずかしいなぁ…あ、本当だ」
「ねね、ほら、ついてなくね?」
「わかったよもう!」
美月は顔を真っ赤にしながら画面にガンコントローラーを向けた。美月は姿勢をより正して胸を張り、フットレバーの位置を足で直すと、先程より軽快な操作でマッチョデーモンのタックルを
「お、今の回避いいな」
「ありがと!」
美月は回避行動を練習するように、回避に専念してタックルを躱し続けている。その間、一度もトリガーがひかれていない。
「ねぇセンセ」
「どうした」
「やっぱりその…ついてないね」
そういって舌を出す。回避に専念していたことでマッチョデーモンのタックルを目で追えるようになったのだろう。回避の際にしっかりとその部分を視界に収めていたあたり、やっぱり美月は素直な子だった。
「だろー?やっぱりあいつ女なんだよ」
「あんなマッチョな女の人いる?」
「毎日1000回くらい筋トレすればそうなるんじゃね」
「適当すぎ」
そんな下らない事で笑いながら回避を数回。彼女の方にもかなり余裕が出てきて、最初は回避と同時に体もかなり揺れてしまっていたがいまではそのロスがかなり少ない。気がつけば汗もひいてきている。
「美月、そろそろあいつを楽にして差し上げろ」
「…リョーカイ!」
美月はそう言うと前方にダッシュしていった。タックルで突っ込まれるのをただ回避していた今までとはうってかわり、自分から距離を詰めていったのだ。ヤツはタックルでそれに合わせてきたが、右に流れるようにそれを
眼前で炸裂したショットガンは眩しい程のヒットエフェクトと、ヤツの肉片が混ざった血しぶきを撒き散らす。流石にクリーンヒットは
ここで予想だにしない事が起こる。
通常こののけぞりモーション中は、プレイヤー側は態勢と整える時間に使う。長めのモーションとは言え通常のモーションに一秒程度追加されたそのスキでは、こちらから何かを仕掛けるには時間が短すぎる。基本的には相手を真正面に捉え、再度の突進に備えるのがセオリーというか自然だ。
しかし美月は違った。
コンマ何秒も迷うことなく、距離を詰めたのだ。
眼前にマッチョデーモンの脇腹がある。しかしヤツも態勢を立て直しており、振り向きざまにより強烈なエルボーを突き出して来る!
「あぶない!」
しかしヤツのエルボーは外れた。
美月はそれをしゃがんで
画面は先程から注視していたその股間を中央に捉えている。美月はそこに向かってトリガーを引いた。
ガオォン!
先程よりも激しいヒットエフェクトが画面を覆い尽くす。マッチョデーモンはそのまま派手に後方に吹き飛んでいく。俺はその吹き飛びモーションに驚いた。その吹っ飛びモーションはより後半のステージで拾えるロケットランチャーを命中させないと拝めないものだと思っていたからだ。
しかし美月はなおも接敵をやめない。
吹っ飛んでいったデーモンへそのままノータイムでダッシュを仕掛け、ジャンプした。仰向けになったヤツがどんどん近づいてくる。そしてヤツが起き上がろうとしたその脳天に向け、空中からショットガンをお見舞いした。ほぼゼロ距離で脳天に叩き込まれたショットガンのクリーンヒットによって、マッチョデーモンの脳天は文字通り爆散四散した。
「っしゃー!!」
ガンコントローラーを担ぎ上げながらガッツポーズする美月がそこにはいた。とびっきりの笑顔の少女だ。
こんな動きみたことがない。こんな攻略方法みたことがない。
「やったよセンセ!」
ヤツは序盤のボス的存在だ。並のプロプレイヤーでさえHPの消耗を懸念して距離をとり、ヤツのタックルを冷静に対処するに留まっていた。
しかし美月は自ら飛び込んでいった。ヤツの近接攻撃をしゃがみで躱してそのまま反撃を行う。まったくもって大胆不敵な行動だ。
画面にはステージクリアの文字が浮かび上がり、stage2のローディングバーが表示されていた。
「やっぱり女だったね、センセ」
純真無垢なその笑顔が俺に向けられる。俺は正直唖然としていた。
しかしこれはチャンスだ。
彼女の急変を好機と捉え、次なるアドバイスを行う事にした。
「美月。俺は今日、お前に伝えたいと思っていた事があったんだが、今伝えるのが一番いい気がする。聞いてくれるか」
「うん、なになに?」
「お前は今、相手を女として、こちらが男だから勝てた、と思っているかも知れないが、本当はそうではないんだ」
「?」
美月は首をかしげている。
「数ある競技の中で、女が男と同じ土俵で実力を競い合い、そして勝てる競技。それがゲームなんだ」
現存するスポーツは、厳格に男子と女子が区別されている。スポーツは直訳で競技だが、特に体を使う競技の場合は身体能力の差が優劣に致命的な差を生む。結果的に女性は男性に対して不利になってしまうため、ルールでの区別化が行われているのだ。
しかしゲームは違う。操作デバイスの多様さは身体的優劣の差をほぼ取り払う事が出来る。そのルールの先には男も女も関係ない。この環境では、女性が男性を遠慮なく実力で打ち倒すことが可能なのだ。
「相手がモンスターであれプレイヤーであれ、それが男だろうが女だろうが関係ない。現実のお前が女であったとしても、美月、お前が実力を磨けば容赦なく相手をボコボコに出来る。女のお前が、男の相手を誰にも
画面にはstage2が表示されている。脱出用ハッチを開放したその先に、大量のデーモン達が待ち受けている。このハッチを飛び降りれば壮絶な殺し合いが待っているのが目に見ていた。
「画面の向こう側のプレイヤーはお前を苦しめる男なのかも知れない。エロい目で見たりいじめてくるような男なのかも知れない。だがな、ここではそんな事関係ない。お前の方が強ければそいつは倒されていくだけだ。お前に嫌な想いをさせてくるやつらはみな、お前に撃ち倒されていくんだ。何も出来ずにな」
美月は手元のガンコントローラーを
「悔しくないか。そんな連中にびびらされて。そいつらをぎゃふんと言わせたくないか。簡単だぞ。そいつらより早く動いて脳天にお見舞いしてやればいいだけだ。画面を見ろ。そんなクソヤローどもがわんさかいるぞ。お前は何を持ってる?」
「ショットガン…」
「そうだ。この世界では実力が全てだ。男も女も関係ない。奴らに教えてやれ。本当の恐怖というヤツを。手も足もでないというその恐怖を、その体に直接刻み込んでやれ」
俺はたきつけるように言った。
彼女の恐怖を憎悪に変換し、発散させる。
女でも男に勝てるという経験を疑似体験させ、自信をつけさせる。
男から向けられた負の感情を跳ね除けるだけの強さを、彼女の内側から引き出したい。
それは洗脳に近いのかも知れない。
だが俺は知ってほしかったのだ。
男なぞたいしたことはないと。
そんなことで自分の人生に影を落とすことが、どれほどにもったいないことかを。
「ほら。獲物はいっぱいいるぞ」
その言葉に、美月は返事をしなかった。
しかし吸い込まれるようにそのデーモンの群れに走り出していった。
「ふふ。ふふふふ」
彼女は迷いなく真っ直ぐにデーモンの群れに突っ込んでいった。みるみる距離を詰め、飛び上がると、その先頭に入るそいつの脳天に、ショットガンをお見舞いした。
「ふふ。あはははは!」
美月の中で何かが弾けた。俺はその瞬間に立ち会った。
彼女の中のそれが産声を上げたのだ。
FPSの狂気と呼ばれるに至った、その才能が。
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