28限目 才能のつぼみ

 若いって素晴らしい。


 美月はものの数分でその複雑な操作形態をものにしてみせた。


 画面内に登場するデーモン達は美月の射撃により次々と撃ち倒されていく。まだ序盤とは言え、ゲームに不慣れな子がここまで円滑なプレイが出来るとは予想にしていなかった。若い子は吸収が早いとは良く言ったもので、俺がこのゲームをやり始めた当初は難易度が一番低くても先に進めない程だったのに。


 眼の前にはぶかぶかのポロシャツだけを被ったピチピチの女子高生がいる。美人と言って差し支えない可愛らしい容姿に、生意気な目元。そいつが画面に向かってガンコントローラーを振り回し、デーモン達に弾丸をばらまくその姿はちょっと異様な光景だ。だがこれはこれでいい。


「だいぶ慣れてきたよセンセ」


 美月は手を緩めることなく口だけ動かしていう。


 今のところ最弱のデーモンがそこそこ距離を保った所にわらわら湧く、という程度なので、美月のプレイや行動に乱れは無かった。グロ表現や気持ちの悪い生物自体にはトラウマは発生しない様子だった。どちらかと言えば今の時点では楽しそうだ。


「いいじゃないか。俺が始めた時より遥かにうまいぞ」


「ほんと? やった、私才能あるんだ。ふふん」


「油断するなよ、次から一気に難しくなるから」


 研究所のポットから蘇った主人公は、異常を察知したデーモン達の急襲を受ける。しかしかれらデーモンは研究員を兼ねているのでその戦闘力は低く、まさに烏合うごうしゅうと言った所。施設研究員だけでは騒ぎを沈静化出来ないと知るや、連中もいよいよ本格的な戦闘部隊を送り込んでくるのだ。


 このタイミングで初期装備の拳銃に変わって近距離専用のショットガンが手に入る。その入手方法もドアゲートに倒れ込んだ死体からもぎ取るというグロな演出付きなのがまたポイントだ。


「お、なんか拾ったよ」


「ショットガンだな。これで接近戦も出来るな」


「やったー! んじゃラクショーだね」


 ただこのゲームのショットガンは弾の拡散が他のゲームと比べて広く作られており、より接近しないと威力を発揮できないように調整されている。5メートルも離れると一撃で殺せない可能性が出てくるので、現実的に武器としてどうなんだとは思うのだが、閉所戦闘が多い本作にとってこのバランス調整は成功していると言える。これによって他の武器との使い分けがかなり楽しいのだ。


 ちなみに美月はショットガンが好きなようで、突進する性向と合わせて勝率があがる傾向があった。SoDシーンオブデューティーでの射撃訓練の際も、ショットガンの時はより楽しそうだった。


「え、なに」


 ゲームからサイレンが鳴り響く。画面は赤いライトエフェクトで満たされている。先に説明した通り、本格的な戦闘部隊が送り込まれる前兆だ。


 直後、目の前のハッチが吹き飛んでくる。奥から登場したのはマッチョなデーモン。ボディービルダーよろしくな外見だがそのサイズは人間の二倍程もあり、加えてかなりのダッシュ力を持っている。ゾンビライクな見た目だった研究員デーモンに比べて明らかに人デザインを意識しているそれは、ひと目で「強敵」だと分かるようになっている。


「なんかきた!」


 開口一番ショットガンをお見舞いするが、ヤツは怯まない。そのまま肩を突き出しながら猛スピードでタックルしてくる。


「うわっきゃっ」


 画面一杯にデーモンが表示され、突き飛ばされる瞬間。


 ――美月の動きが一瞬止まった。


「殴られてるぞ美月」


「え、うん、ちょっとまって避ける!」


 二発程殴られ、美月の操るプレイヤーのHPバーが赤く光っている。次に殴られれば死んでしまう。去り際にショットガンを二発程お見舞いしていくが、二発目にしてわずかに仰け反った程度で、再びエルボーでタックルを仕掛けてくる。


 このタックルは真横に避けないと回避が成立しない。真横に避けたあとヤツは反動で通り過ぎてしまう為、真横に避けつつその脇腹にショットガンを打ち込む、という動作が必要になってくる。猛スピードで突進してくるヤツを視界に収めながら反撃を行うにはそれなりの勇気と、冷静な精神状態が求められる。


 しかし美月にそれは出来なかった。


 画面一杯に表示されたヤツの巨体が振りかぶられる。そのまま横に移動していればギリギリ回避は可能だ。しかし美月は肩をすくめて固まってしまい、そのままヤツに殴られる。


 画面にはゲームオーバーの文字と、リトライボタンが表示されていた。


「おしいな美月、あと数発だったぞ」


 美月の額には汗が滲んでいた。エアコンがガンガンに効いてむしろ寒いくらいの室内。


「よし、もう一回やってみよう」


「え、うん」


 本ゲームの美点であるオートセーブ機能によってヤツが登場する直前に戻れるので速やかに再戦出来るのだ。


 しかし結果は変わらなかった。


 既に再戦4回目。敵の行動パターンも分かって立ち回りは向上しているが、やはりあのタックルを綺麗に回避できない。距離が開いてしまったショットガンは威力を発揮できず、致命傷を与えられないまま一番長い時で2分程度追いかけっこをしているような状態だった。生き残る時間が増えても致命傷を与えられないのでヤツを倒せず、そのうちヤツのタックルを食らって破れていた。


 その頃には美月の汗は隠しきれないものとなっており、明らかに肩で息をしていた。したたる汗が谷間に吸い込まれていく。手渡したタオルで額を拭ってはいるが、その汗が引く様子は無い。だんだん元気が無くなっていき、今や楽しそうなんてことはまったくなく、間違いなく辛そうだったのだ。


「美月、大丈夫か?」


「うん、大丈夫…うん」


 俺は冷蔵庫からスポーツ飲料をコップに注いで手渡す。ありがとうと言って受け取る美月はそれを一気飲みした。ふぅー、と呼吸を整え、その手を使ってあおいでいるものの焼け石に水。


「いいか美月。よく聞け」


「うん」


「あいつは人間じゃない。モンスターだ。ゲーム内でしか襲ってこないし、お前の方が強い。あいつの脇腹に5発決めてやればあいつは倒せるぞ」


「5発…」


「そう。美月はヤツを倒せる武器を持ってる。ちゃんと当てれば倒せる」


「うん…」


 そしてここで俺はちょっとした嘘をつく。


「それに、あいつは女らしいぞ」


「えっ?」


 美月が驚き振り向く。先程までの消沈した雰囲気が一瞬で明るくなる。


 今から話す内容は男性教員から女子高生に話すにはかなりアレな話題なのだが、この際しようがない。


「よく見ろ、あいつの股間にはキン○マがついてない」


 その瞬間、美月の顔が赤らんでいった。


 これは発売当初ネットを賑わせた検証スレで話題になった話だ。研究員タイプのデーモンは衣服を着ておりその股間部分に確かに質量感があるのだが、このマッチョタイプのデーモンは明らかに素っ裸であり、他のデーモンに比べて股間の部分がやたらとスッキリしているのだ。強固に隆起した胸筋は貧乳に見えなくもないし、登場した際の声も若干ツヤがあるのもその根拠らしい。プレイヤーはマッチョな女性ビルダーにタックルで組み伏せられ犯されるんだ、というなんとも下らない話題なのだが。


「センセ…いきなり何言うの…もう…」


 美月はガンコントローラーでその口元を隠していた。美月には相当に恥ずかしい事だったらしい。恥ずかしいで言えば今のその格好や抱きついたりの方が余程だと思うのだが、やっぱり女子高生の恥じらいが僕にはわかりません。


「いやいや大事な所だよ。あっちは素っ裸の女で、こっちはショットガンで武装したガッチガチの狂戦士だぜ? 負ける訳なくね?」


 俺は自身の恥ずかしさを封印しつつ、おどけてそう言った。間違ってもこれはセクハラじゃないんだからなっ。


「もう…センセのばか」


 そういってガンコントローラーで優しく叩く美月は笑顔になっていた。雰囲気を変えることにはなんとか成功したようだ。


「んじゃもう一回やってみっか」


「わかった」


「股間よく見とけよ」


「…ばか」


 モニターに向かう美月の表情に先程までの苦しさは無かった。



 そして彼女のプレイはここから変わるのだ。

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