24限目 彼女のおねだり
メゾネットタイプの1Kの部屋は全体が白が構成されており、殺風景だ。男一人が生活する分には必要なものはそう多くない。趣味の類のものをクローゼットに押しやってしまえば、あるのは大きなテレビと、床置のローソファとテーブル、そして一角には本格的なPCスペースがあるだけ。ベッドはハシゴを登った中二階だ。
そのテレビの前のソファに、緊張感漂わせる男女が座っている。
白鷲高校一年生の
眼前のテーブルには可愛らしいケーキが二つ置かれている。訪問に際して美月が買ってきたものだ。隣に置かれたシンプルなティーカップには紅茶のティーバッグだけが添えられ、奥のキッチンからは電気ケトルがコトコトとその内容液を温めている音が聞こえてくる。
なんだこの気まずさは。
俺と距離を空けた左で女の子座りをしている美月は、先程から口数が極端に少ない。玄関をくぐる頃は部屋のあちこちを見ながら「綺麗にしてるね」「掃除したの?」「ベッドが二階なんだ」と感想を述べ、ケーキを手渡ししてくれたのだが、このソファに座った途端、急にしおらしくなってしまった。ケーキを取り出すも飲み物が必要な事に気が付き至急紅茶を用意していたのだが、ケトルが沸き立つまでの間が異様に長く感じる。
隣の娘は一体誰だ?
顔は間違いなく美月なのだが、トーンを落としたメイクが妙に艶っぽい。特にあの目元だ。シャドーを塗っているのだろうか。足元を見るその横顔でさえ切れ長な目尻とそのまつ毛が印象的で、いつもより大人に見える。目線を落とせば、純白のワンピースからのぞく細い首、白い腕、そして綺麗な鎖骨と、その胸元。
今時の高校生というのは装い一つでこうも色気をまとうものなのか?数ヶ月前まで中学生だったとはとても思えない。
何より美月の態度だ。普段明るく振る舞っている彼女だが、この大人しさは一体なんだろう。口を開けばノーテンキ一辺倒、勝ち気で生意気なイマドキのジョシコーセーだったはずなのに。お陰でやりにくくてしょうがない。
そんなタイミングでケトルのボタンが「コッ」と鳴った。
「お湯が湧いたみたいだな」
そういって立ち上がる俺。振り返ると美月は虚空を見つめたまま耳に髪をかけている。
「うん」
「ちょっとまっててな、ついでにフォークも持ってくるから」
「うん…ありがとう」
この調子である。
美月の事だから部屋のあちこちに茶々を入れエロ本やエロゲーを探し回ったりするのかと覚悟していたのだが…
(緊張しているのか?)
まぁ見た感じそうであろう。考えても見れば、男の部屋に二人きりなのだ。社会人ともなればそれがどういう事か検討がつく、というか、覚悟をもって挑むというか。まぁ俺はそんな経験はないが。大変残念な事に。
だがそれは俺があくまで「異性」として認識されている、という前提が必要な事を失念していたと気付かされるのだ。男とはすぐに調子に乗る生き物なのである。
美月が察しの良い子なら「今後の事を話したい」と言った時点で、その狙いがわかっているのかも知れない。それを打ち明けるには相当な勇気が必要だろう。緊張も頷ける。それを解す意味でも、このティータイムは正解かも知れない。
紅茶に熱湯を注ぐ。芳しい匂いが立ち上っていく。普段はコーヒー派だが、紅茶も悪くない。
「ありがとセンセ。まかせちゃって」
「いいよ危ないから、座ってて。ここ俺んちだしね」
【いざという時のためにカップは二つ用意するのが男のたしなみ】とネット記事で踊らされ購入したカップがこんな所で役にたつとは。
「じゃあ、食べよっか」
ティーバッグを取り除いたカップを美月の前に差し出す。
「いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせて紅茶をいただく。エアコンが効きすぎているくらいの室内で飲む温かい飲料はまた格別だったりする。
「しかしわざわざ悪かったな、ケーキなんて。美味しそうだ。見た目がいいだけにもったいないな」
若者に最近話題のお店で、SNS映えする嗜好を凝らしたスイーツがその人気の秘密だそうだが、こうして間近でみると納得の出来栄えだ。クッキー生地の土台にたっぷりの生クリームとフルーツが添えられ、シフォンケーキで仕切られ二層になっている。それが一個がモンブランのように丸く型取りされていて、トップにはモモといちごが可愛く乗っている。
「お母さんが好きで、良く買ってくるんだ。先生の家に行くって言ったら、買って持っていきなさいって」
「そっか、んじゃ味は保証付きだな。って、ん?」
俺は即座に疑問に感じた事を聞き返す。
「え、お母さんに言ったのか?俺んとこ来るって」
「うん、言ったよ?」
美月は何事もなくケーキにフォークを挿入している。
「…何も言われなかったのか?」
「んー別に?あ、忘れてたんだけど、先生によろしくって。あとは、頑張ってねって」
最後の一言が妙に気になるのは俺だけだろうか。
「なぁ、美月のお母さんってさ…」
「ん、はいセンセ。あーん」
「ああ、うん、あーん…あーん!?」
突然の展開に驚き振り向くと、上目遣いの美月がフォークに手を添えそれを寄せてきていた。それは油断するともう唇についてしまうくらい近かったので、悩む間もなく思わず口を空けてしまった。生クリームつきのいちごが俺の口の中に優しく押し込まれる。
「おいし?」
首を傾け、俺の返事を待っている美月は、やはり何か色っぽい。胸周りがこちらに向けられ、綺麗な鎖骨が眩しい。
お前一体何を、と言いかけたが口の中に物を入れたまま喋るのは行儀が悪いので急いで
「んああ、美味しい。確かに美味しいが…」
「良かった」
それがよほど嬉しかったのか、彼女が今日初めて見せた笑顔が、俺に言葉を無くさせた。
「じゃあ、こっちも。あーん」
俺は抵抗することが出来ず、そのまま二口目をほおばる。今度はフレッシュな桃の酸味と生クリームが、口内に幸せを運んでくる。
「どう?」
「おいしい」
「ふふ。よかった。じゃあ私も」
そう言ってそのフォークをそのまま使って自分の口にケーキを押し込む。唇の周りについてしまったクリームをペロっと舐めている。味に納得したのか二口目も美味しそうに食べていた。
こうして彼女によくわからない主導権を握られた俺だが、流石に「あーんして」とは言われなかったのでそのまま完食した。隣の美月も満足そうだ。
「ごちろうさまでした」
「ごちそうさまでした」
そう言ってやはり二人同時に手を合わせる。美月は両手を伸ばして気分が良さそうだ。
そして。
――コロン。
あぐらをかいた俺の腿の上へ、横になってきたのである。
「おいちょっと!?」
俺は紅茶に向かって伸ばしかけた手を急いで引っ込めた。驚きのあまりひっくり返してしまいそうになる。
「んー、お腹いっぱいになったら眠くなっちゃった」
「いやだからってお前な」
そうして彼女の肩へ左手を置いた瞬間。俺はそれ以上追求するのを辞めた。
彼女の肩はこわばり、震えていたのだった。
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