19限目 バトルロワイヤルというジャンル
俺のキャラクターは中腰になりながら、古民家の壁面をなぞるようにゆっくりと移動する。銃声の方角を見ると、道路を挟んだ対岸の民家入り口で、死体を漁っているプレイヤーがいた。そいつがこちらに気がつく様子はない。先程手にしたアサルトライフルに切り替え、慎重に狙いを定め…
ダン!と音と共に相手の脳天から血しぶきが舞った。
「わぁナイスヘッドショット、センセ」
「これでアイテムゲットですね」
しかし俺のキャラクターは死体に近づかない。身を隠すように民家の裏側を回って侵入し、二階の窓から死体を眺め、辺りを偵察する。
「あれ、取りに行かないんですか?」
悠珠の声がけに、顎でモニターへの集中を促す。死体の先30メートル程の草むらに、ヤツはいた。
「銃声が聞こえたから駆けつけて来たんだろう。俺を探している。あのまま取りに行っていたら見つかって撃たれていた」
ヤツは慎重に辺りを見回し、塀などをうまく使って身を隠しながら、二つの死体に近づいていく。死体にたどり着いても態勢を低くし、くるくると辺りを見回している。どうやら相当慎重なプレイヤーのようだ。
「だが甘い」
それもしばらくして、周囲に敵がいないと思ったのだろう、アイテムを漁り始めた。その頭に、レティクルが合う。次の瞬間、血しぶきを上げて倒れた。
「おおお、太センセ、やるねぃっ」
これで3キル。プレイ時間は約4分だ。
「画面右上の数字を見てくれ、開始時には100だったのが今じゃ61人だ。こうして、最後の一人になるまで戦うんだ」
先程の場所には三つの死体が並んでいる。かなりのアイテム量が期待できるだろう。一階まで走り抜け、扉を開けてさぁアイテムを取ろうと道路を跨ごうとしたまさにその瞬間だった。
ガァン!
「ひっ」
「きゃあっ」
突如炸裂音がして、俺のキャラクターは地面に仰向けになった。直ぐ側に、玄関のドアの死角にしゃがみ込む男の姿があった。
「っくりしたぁ~…」
「すまん、気が付かなかった。こいつ、こっそり近づいていたんだな。待ち構えられてショットガンを密着で撃たれたんだ。この距離で撃たれれば即死だ」
画面には俺の死体を漁る敵キャラクターと、順位58位の文字だけが大きく描かれていた。
「はい、これで試合終了。これがG甲子園ならここで予選敗退だ」
「え?」
生徒達は一瞬にして凍りついた。
「このゲームは、サバイバル。生き残る事に重点を置いた作品なんだ。だから死んだらそこで終わり。そこまでどれだけ敵を倒していようがいいプレイをしていようが関係ない。最後の一人になれなきゃ、それでおしまい」
生徒たちは58位という数字に釘付けになった。鮮やかに3人をキルしておきながら、半数にも至っていない順位。これがSoDなら、1回死ぬまでに3人キルしていれば好成績だ。だが、これでおしまい。
「予選はフォーマンセルロイヤルルール、つまり4人一組。最大100人だから、25チームがこのルールで競い合う。この周辺の学校のゲーム部が一斉に同じ島に降り立って戦い、死んだらそこで終了。今の俺のプレイは4分だったから、甲子園はわずか4分で終了する事になる。そしてその次はない。あるとしたら来年だ」
シビアな現実だと思う。参加するであろう学校の数、大会の規模を考えると、この選定方法にも納得は行く。だがこの日のために努力してきた生徒のことを思うと、非情としか言えない。
「俺がこのゲームをまだプレイさせていないのは、まだ早いと思うからだ。今の俺の死因はドアを出る時の確認を怠ったこと。たった一瞬集中を切らしただけで、そこで試合終了だ。だからみんな慎重になる。銃声がすれば警戒する。どんな音にも神経を使い、いかに敵を先に発見し、無傷で倒すか。後半になるとプレイ時間が40分に達することもある。その間常に集中力を保ちつづけるのは至難の業だ。だがそれができないと、今のように負ける。負けたら来年まで甲子園はない。これがこのゲームの現実なんだ」
しばらくの沈黙の後。井出は手に顎を乗せ頷いていた。
「なるほど、だから長時間の耐久練習ばかりだったんですね、先生」
「そうだ」
「他のゲームやテニスなら、一点取られても気持ちを切り替えれば、一試合内という枠の中で挽回出来るチャンスがあるけど、PSBRにはそれがない…たったワンミスで試合終了」
生徒たちの空気が一気に張り詰める。たったワンミスで努力が全て水の泡になるという現実。
「それともう一つ。このゲームはエイム練習に全く向いてないんだ」
「え、それ、どうしてですか?」
灯里が聞き返す。
「先にもいった通り、このゲームではいかに殺すか、よりもいかに殺されないか、が重要だ。敵と戦わずに隠れる逃げるが戦法としてアリなんだ。だからみなここぞという所でしか発砲しない。そんな環境で射撃練習とばかりに銃を乱射していては狙い撃ちにされるだけだ。何より落ちている武器がそもそもランダムで、加えて弾丸は有限だ。的は99人しかおらず、しかも隠れている。効率的な射撃練習に根本から向いてないんだ」
「確かに、SoDなら4分あれば20や30人はキルできますものね」
悠珠が同意する。
「あっちは敵は無限湧きだしルールによってすぐ復活したり出来るからな。的が多いから練習に最適、という訳だな」
「で、でも、SoDと武器が違うし、性能とかも違うんじゃ…」
「そうだ岩切。ちなみにこのゲームでドロップする武器の種類はな、30種類を超えてる」
「30!?それが全部ランダムで出るの!?」
美月が一際大きな声で驚く。
「ああ。なので全武器の性能を把握しておく必要もある。しかし武器の性能を把握しようにもそもそも拾えなければ練習出来ないし、拾えたとしてもゲーム内でどれだけの射撃チャンスがあるか分からない。しかしその武器を扱えなければそのチャンス時に返り討ちに合うだけ」
「それって運ゲーじゃないですか!」
琢磨が言った。
「確かにそうだ。運の要素は否定できない。だが、その中でも勝ち続けるヤツは確実に上手いヤツだ。全ての武器の性能を把握し、どんな武器が来ても冷静に有利な位置で戦い、相手のミスは確実につく。経験と、実力。そして運を味方につけ、なおかつワンミスしない集中力と仲間との連携プレイ。相手の裏をつく発想と立ち回りのスキル。それらが高次元で求められる。しかも一発勝負でだ。このゲームで強くなるのはもちろんやりこみが大事だが、そもそものFPSゲーマーとしての土台が出来てないと、為す術もなく殺されていき、結局練習にもならないなんて結果が待っている。最低でも、どんな武器でも相手の頭に即座に打ち返せるだけの技術を持ってなければ、学べるものも学べないという事なんだ」
現実にはそのランダム性が毎回違った試合展開を生み、それが抜群の緊張感を生み出す。運が良ければ初心者でも勝ち、プロでも負ける。だから面白い。
だがそれは試行回数が多い一般プレイだからこそ言える話。予選は一発勝負。運があろうがなかろうが、与えられた条件で最高のスペックを発揮出来なければ、敗退するのだ。
「と、言っても、そう考えなければこのゲーム自体は超楽しいんだけどな。全世界に3000万人以上のプレイヤーが居るんだぞ。今回のG甲子園公式種目に選定されたお陰で、参加生徒含めて日本だけで300万人は増えるだろうからますます盛り上がるだろう」
「先生、僕達はいつからこのゲームの練習が出来るんでしょうか」
「7月、かな。7月に入ると大会練習用サーバーがオープンする。ここでは本番で使うアカウントで練習が出来るようになるみたいだから」
その話を聞いて明るくなる生徒たちの表情だが、一人だけ、神妙な面持ちなやつがいた。
「…先生。それはつまり、その時点での実力が全国のライバル達に知れ渡る、という事ですか」
それは悠珠だった。やはり頭の回転が早い。他の部員たちは呆気にとられている。
「…その通りだ。学校によっては台頭するプレイヤーのデータを取る所も出てくるだろう。ゲーム部の部員が多ければそれも可能だ。だがうちは4人で全員がプレイヤーだからそれは難しいだろうな。なので、正直この練習用サーバーでは目立ちたくない
」
「本格的な練習をするなら実戦形式でやるしかない、ということですね」
「そう。しかし先にも触れた通り、基本的なスキルがないとそもそも他のプレイヤーと渡り合えない。なのでお前たちには、何が何でもマウスコントロールを高めて、エイム力を高めてもらわないといけないんだ」
生徒たちは一斉にため息をついた。重苦しい空気。
「なぁんだ、やることわかってるなら簡単じゃん」
しかしそれを最初に破ったのは、以外にも、美月だった。
「マウスが上手く扱えるようになればいいんでしょ?なら練習すればいいだけじゃん。悩むこと無くない?どんな敵がいたって、脳天かち割れば勝てるんでしょ?FPSは。じゃあ練習したもの勝ちじゃん」
美月の表情には活気があった。自信、期待。そういった高揚感が彼女を包んでいる。
「…ほぉぅ…頼もしいな櫻井」
いつもの上目遣いの彼女の目は生意気そのものだが、こうして下から見上げると、勝ち気なその目は頼もしく見えた。長いまつげが見るものをそこへ釘付けにする。
「私達毎日練習して上手くなったからさー、このまま行くと太センセより上手くなっちゃうかもよ?てか、既に余裕、か・も・ね?」
どうやらすぐ調子に乗るのはどんな時もらしい。クソ生意気な笑みがコチラを挑発していた。
「大した自信だな」
こちとら現国教師を隠れ蓑に、毎日数時間はプレイしている生粋のゲーマーだ。大会に出場したプライドだってある。それがこんな小娘一人に舐められるなんて……
まったく。面白いじゃないか。
「そこまでいうなら、いっちょやってみるか?」
「いいよー全然?」
立ち上がる俺に近づき、胸を精一杯張って挑発している。灯里がその袖をひっぱり「美月ちゃん、まずいよっ」と小声で引き止めているが、勢いに乗った少女は止まらない。もちろん俺も引き下がるつもりはない。
「センセ、負けたら晩御飯おごりだからね」
「ああわかった」
「男に二言はないよね」
「もちろんだ。その代わりお前らが負けたら筋トレ今の二倍だからな」
「いーよどーせ負けないし」
灯里は絶句していた。悠珠は頭を抱えてしまっている。琢磨もやれやれと言った様子だが、確かな闘志が沸き立っている。
「いいだろう。じゃあ俺VSお前たちチームだ。俺に殺される数よりも殺した数の方が多いヤツが一人でもいればお前たちの勝ちでいい」
「えー?4対1だよ?そんな条件でいいのー?後悔してもしらないよー?」
若いっていいよな。ここで先生が社会の厳しさを教えてやろう。
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10分後。教室には生徒たちの悲鳴と、教師一名の奇声がこだましていた。
「あーもうキャー!なんでこっちばっか来るのー!?あーもうだー!」
「ふははははは!甘い甘い甘い!!ほらほらお尻が隠せてないぞ!!」
「くそっ!また一発も当てられなかった」
「あまいなぁ!そんなチンタラエイムじゃ俺を仕留める事なんてできんわ!ほれほれぇ!」
「ぎゃっ!うちまだ何もしとらんのにぃ!」
「立ち止まってるのが悪いんだ!さぁさぁかかってこい!!どうした櫻井、お前の実力はそんなものか!!」
「そんな反則…げ!飛んできっ…こっちこないで!キャー!!!」
「真っ直ぐ走ってくるとは限らんぞー!ほら神崎!そこでコソコソやってるのはお前だなー!」
「あああ!ライフルなのに…ハンドガンに負けました…」
「狙撃なんて10年早いわ!ふはははは!」
「10年って、その頃にはうちら先生と同じ歳に…ダッ!だーかーらー先生!うちまだ何もしてない!」
ゲームを初めて一ヶ月ばかりの生徒達を本気で蹂躙する大人げない教師がそこにはいた。名前は斉藤太。後に彼らを鬼畜ゲーマーと呼ばれるまでに育て上げ、その功績からこう語り継がれる。伝説の
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