18限目 エイム力向上のメソッド
6月中旬。季節は相変わらずの梅雨で、校内は不快な高湿度に覆われていた。廊下中の窓が結露し、ところどころくだらない落書きや相合傘が描かれている。掃除道具はたいてい前日から乾かず、教室内にその異臭を放ち始めていた。室内での練習を余儀なくされたスポーツ部のストレッチの呻きには、不平不満が混ざりあっている。
そんな時期だ。
一方、ゲーム部の部室である視聴覚準備室は快適そのもの、除湿がしっかりと効いてむしろ寒いぐらいだ。
にも関わらず、その部屋の中央で向かい合った男女の高校生は、額が汗ばんでいた。
「っちゃ~!」
ときより漏れる声は日本語かどうかも怪しい。声の主は鬼神のごとく形相の美月である。
彼らが取り組んでいるのは
彼らに課したのは45分間耐久プレイだ。この四名には最終地点での「キル数(倒した数)」と「デス数(死んだ数)」、それと効果的射撃である「ヘッドショット率(頭部への命中)」を競い合わせている。片時も集中力を切らさずにプレイし続ける為、体力を相当消耗する過酷な課題だ。下位二人には当日の部室掃除が課せられる為、みな必死だ。
ゲーミングデバイスを購入した翌日、それぞれに併せたセッティングを探すのに一日かけ、さらにその翌日からはとにかくそれに慣れるようにと、このBOT撃ち練習を長時間課していた。
部の発足から一ヶ月。部員達はめきめきと力をつけていた。
「終了ー!」
掛け声と共に手を叩くと、一斉にヘッドフォンを外す。青春の汗が眩しい。
「ふうっ…」
「あっちゃー!」
この時変な掛け声が出るのが美月の癖だった。肩で息をしながら、ブラウスをパタパタとさせている。相変わらず第二ボタンが閉じられていないが、その指導を俺は半ば諦めている。暑いのだからしょうがない。その光景を毎日見たいから、では決して無い。ちなみに今日は黒だ。
美月の集中力は素晴らしく、プレイ中に途切れることがない。他の部員は時間とともに精彩を欠いて行くが、彼女は違う。むしろその逆で、アクセルを踏み込んだ車が徐々に加速していくように、その深度が増していくのだった。そうなってくると俺も驚くファインプレーが出ることがある程だ。実際この数日で最も伸びたのが美月だった。
「センセ、飲み物買ってきていい?」
「おう、いってきな」
その美月の一言をきっかけに、部員達は自販へ向かう。これも見慣れた部の光景だった。水分補給は集中力を保つのに必要不可欠だ。夏に向け冷蔵庫の設置を検討しよう。
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現在、ゲーム部ではG甲子園出場に向け、強化トレーニングメニューをルーチンで行っている。
部に到着したらまずは腹筋と背筋だ。部室入り口には大きな表が貼られており、これに各自行った回数を記入していく。筋力アップはもちろんだが、狙いとしてはここで筋肉に刺激を与えておくと、後のゲームプレイでの姿勢に影響し、疲れにくい体にする事が出来る。回数をそれぞれ記入させる事で競い合わせている訳だ。
それが終わったら、「高校妻と始める異世界新婚生活」のデッサンモードで、マウスを繊細にコントロールする感覚を各自で養ってもらう。皆かなり上手くなってきて、特に悠珠のデッサンは相当なものだ。一番上手いのは灯里だが、相変わらずすっぽんぽんばかり描くので素直に褒められない。
全員が揃った後は、このBOT撃ちだ。そしてBOT撃ちが終わった後は、四人全員で殺し合うデスマッチ。それも日によって使う武器を限定しているいわゆる縛りプレイだ。これによって一日かけて、各武器の特性と立ち回りを学んでもらう。
これを毎日行っている。学生の感性は鋭敏であり、毎日のルーチンでメキメキと力をつけていく。学生は吸収がいいと言うが、それを肌で感じる所だ。
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部員達が戻り、一通り汗もひいてきたかという所。真っ直ぐに手をあげているのは悠珠だ。この湿気の中でもハネない綺麗な黒髪がたなびく。きっといい匂いだ。
「先生、最近ずっとSoDをやっていますが、G甲子園のゲームはやらなくてもいいんですか?」
いよいよもって切り出してきた、という感じだ。大会使用のゲームが発表されてから早一週間という所。他の部員達もその回答が気になるらしい。
「僕も気になってました。ゲームの種類が違うのに大丈夫なのかなって。ちょっと不安で」
というのもここ数日、あえて俺はその理由を語らず、また聞きにくい雰囲気を演出していたからだ。それは豆腐メンタルな俺にとって結構苦行だった。
「うむ、そうだな。ココらへんで触っておくのもいいかも知れないな」
週明けに
俺は手招きして生徒を呼び寄せた。モニタにはPSBRが映し出されていて、生徒たちはそれを背後から覗き込んでいる。
「今から俺が実際にプレイしてみるから、ちょっとみててな」
画面には自分のキャラクターが映し出されていた。荒廃した様子が伺える小さな島に、多数のプレイヤーキャラクターがひしめいている。画面右上には参加人数を示す100という数字が、中央にはカウントダウンの数字が大きく描かれていた。
「うわー……キレー……」
波には間もなく沈む夕日が眩しく反射していた。美月はその美しさに感嘆していた。
PSBRは
準備カウントが終了すると、突然飛行機に収容される。飛行機は島の上空を飛び、プレイヤーはそこから落下傘を背負って飛び降りる、ところからゲームスタートだ。
「わ、落ちた!」
プレイヤーはみるみる高度を落とし、パラシュートを展開、ゆっくりと降下していく。風切り音が見事に再現されており、ちょっとした絶叫マシンの気分が味わえる。
「このゲームはな、サバイバルをテーマにしているんだ。その最大の特徴は、全てが現地調達ということ」
降下した先には古民家があった。パラシュートを脱ぎ捨て、そこへ駆け込むと、ショットガンが落ちていた。素早くそれを回収し、装備し、弾薬を込める。
「凄いリアルですね…まるで現実みたい」
悠珠が感心していた。キャラクターの動きは現実の軍人がモーションキャプチャーを使用して撮影したものなので、そのリアルさが半端ではない。弾を込める指の動きまで再現されているのだ。
「え、先生。まさか武器が選べないんですか?」
琢磨が続いて驚く。画面には続いて降下してきたプレイヤーが隣の民家に駆け込む所が映し出されている。ショットガンを構え、慎重に追跡する。
「そう。拾ったものしか使えない。さっきの場所にあったのはこのショットガンだけだった。今こいつが向かった先に遠距離武器があったら、俺は負ける。なのでこうして…」
敵プレイヤーは民家の中で何か武器を見つけたらしい。懸命に床から何かを拾い上げ装備している。が、その背中へ、ショットガンが放たれた。
ドァンッ!!!
「わっ」
音の大きさに驚いたのは美月だ。実銃よりサンプリングしたその音はリアルそのもの。室内でぶっぱなしたのでその音響効果でけたたましく響き渡るのだ。
「…先にやる、という訳だ。そして倒したヤツの死体からアイテムを奪うんだ」
亡骸には対象が装備していた品が封入されているバッグ型のアイコンがドロップする。今まさにヤツが装備しようとしていたアサルトライフルが手に入った。
「倒したら奪えるんですね」
「そうだ井出。んで殺されたら奪われる。まぁ殺されたらそこでゲームが終了だから本人には関係ないけどな。試合展開には大いに影響がある」
そうこうしているうちに付近から銃声がした。同時に画面右上に誰かの死亡を知らせるアイコンが表示される。これはつまり、付近に敵プレイヤーがいるという事だ。
「見ててな、このゲームの恐ろしさが味わえるから」
生徒は食い入るように見ている。先生としてかっこ悪いところは見せられない。俺はマウスを強く握り直した。
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