17限目 ゲーミングデバイスの選び方
校長先生は早速願書を仕上げ、部員にはその日の内に持ち帰ってもらった。その端的でわかりやすい願書の影響からか、持ち帰った翌日には皆、親からの了承を貰ってきてくれた。善は急げ、という事で早速直近の日曜日に買いに行こう、となった訳だ。
さて、秋葉原ヨコバシカメラである。
ここは最早巨大な倉庫だ。主要な商品ならまず間違いなく置いてあると言ってもいい。マウスとキーボードだけでコンビニ一つ分以上の売り場を持っているなんて尋常では無い。何よりも素晴らしいのはそれだけの在庫品のほとんどにデモ機を用意しており、実際に手に触れてその感触を確かめることが出来ることだ。
「ひゃー!すっご!これマジ?」
「凄い…これら全てがゲーミングデバイスなのですね…」
真っ直ぐに伸びた売り場棚が左右に展開し、それぞれ目線の高さまでレイアウトされた商品群が並んでいる。新商品にはディスプレイポップアップで動画レビューつき、あちこちに商品の優位性や選択の基準などが示してあり親切この上ない。洗練されどこか未来的なその売場は独特の雰囲気を放っている。俺は今でもこの雰囲気が大好きだ。困っていないのに新調したい欲求にかられる。
「よし、まずはマウスを選ぼう」
生徒たちはそのコーナーへ駆け出していく。次々に目に飛び込むそれらに心躍らせ、代わる代わる手にとって感想を言い合って大盛り上がりだ。女子高生がきゃっきゃしてる様子はどう見てもこの場に不釣合いで、客達も妙にそれを意識してしまっている。なんか申し訳ない。
「先生」
直ぐに戻ってきたのは琢磨だった。
「僕は先生に借りていたものと同じやつを買おうと思っているんですが」
「ああ、なるほどな、じゃあこっちだ」
はしゃぐ女生徒達を横目にコーナーの奥へ進んでいく。最奥の一角にそれはあった。
「お、新作になってるな」
グリーンのLEDが印象的な
「何か違うんでしょうか」
俺は仕様書のポップに目を凝らす。この手の商品は年次改良が施されるのが普通で、この商品もその例に漏れないようだ。
「井出の使っているG4と比べると、クリックのスイッチが新設計になっているみたいだな…設計上は耐久性が上がっていて、より壊れにくくなっている、と書いてあるが、まぁここはそんなに気にしなくていいと思う。握ってみた感触はどうだ」
琢磨は言われるより早くデモ機に手を伸ばし、いつものように優しく握って腕をスライドさせている。
「違いがわかりません。あ、でも、クリックの感触がちょっと違う…ちょっとしっかりしてる感がありますね」
「押しにくいか?」
「いえ、慣れのレベルだと思います。音とか静かになってていいと思います」
「そうか、んじゃそれでいいんじゃないか。信頼のブランドだし、使い勝手が変わらないからその分集中出来るしな。いいマウスだと思うよ」
琢磨は商品パッケージを一つとり、そこに書かれている内容を見返した後、フロアを見渡している。
「先生、灯里達が見ている方にある、あっちの青いやつと比べて、どうなんですか?」
「ああ、あれな」
女生徒達が群がるあたりはイメージカラーのブルーで統一された販売コーナーだった。それはどのコーナーよりも大きい。
「気になるか?」
そこはゲーミングデバイス最大手の
「いえ、あまりにも早く決めてしまったので…。なんかもうちょっと比較検討した方がいいのかなと少し」
その目線の先に美月達はいた。ボタンがたくさんあるタイプのマウスを発見し、その奇抜なデザインや運用方法について盛り上がっていた。
「ちょうどいい」
俺は琢磨を連れそこに合流する。「センセ、これどうやって使うのw」と盛り上がる美月をさらっと受け流した。
「マウスの選び方について説明しておこうと思ってな」
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なおここから次段まではマウスの基本的な内容についてのウンチクだ。知っておいて損はないが興味がない人は読み飛ばしてもらっても構わない。
マウスの形状は大きく分けて二種類ある。IEクローンと呼ばれるシンプルなタイプ、そしてもう一つがマルチボタンタイプだ。井出が選んだのは前者、美月達が見ていたのは後者だ。
IEとは過去に発売された名作マウスで、右手専用にデザインされた抜群のフィット感が多くのゲーマーを虜にした。IEが絶版になった後も、この形状を模した高性能マウスが各メーカーから販売されており、それらはIEクローンと呼ばれている。この商品群はデザインが踏襲される為フィット感がほぼ同じで、親指ボダンの数も2個と仕様も画一化されているのが特徴だ。大きなボタンや確実性の高いマウスホイール等、主にFPSゲームで威力を発揮する仕様だが、その握り心地から普段使いでも気持ちよく使える。各メーカーによる差異は比較的少なく、好みで選んでいいだろう。
一方マルチボタンタイプは親指の所に複数のボタンを配し、それらに別々の機能をあてることでマウスで操作可能な内容を増やして利便性を向上させるのが狙いのマウスだ。RPGやアクションなど、多数のショートカットボタンを使用するゲームに向いている。印刷ボタンや保存、複製などの機能を割り当てる事もでき、事務仕事等でもなかなか捗る優れものだ。弱点はそのボタンの多さから握りにくくなることと、誤操作の危険性だ。
G甲子園に出場するためにはまず予選を勝ち抜く必要があり、その予選はPSBR、ゲームジャンルはFPSだ。ここはFPSに適正の高いIEクローン系マウスをオススメしていく。
そしてマウスで重要なのが、有線・無線の差だ。
有線タイプは軽量でシンプルという利点があり、無線のものはケーブルに操作を邪魔されないというメリットと引き換えに、充電池の影響で重くなるというデメリットがある。最近ではその両機能を使い分けることができる商品も増えてきている。中にはマウスパッドから常時電源を供給され充電いらずなんていうハイテクなマウスも登場している程だ。もちろんそう言った商品群の方が値が張ってしまう。先にも述べた通り基本機能は大差ない為、それらにどれほどの利点を感じるかが選択の基準となる。
基本性能部分についてはセンサーの良し悪し、センシの調整幅、応答性能等の非常に細かい部分で差がつくのだが、ここらへんを詰めるのはもっと先でいいだろう。
あとは本体重量の差。マウスを高速で動かすゲームではその影響は大きく、特に筋肉量が少ない女性にとっては無視できないポイントとなる。
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全員がマウスを決め終わるまでになんだかんだ一時間程度を要した。
琢磨は結局最初に選んだ
悠珠は
美月はL603
灯里は
こうして4人はそれぞれ別々の商品を選び、手元が色鮮やかに飾られる事となった。
「わー早く試してみたーい」
箱を胸に抱えルンルンなのは美月だ。新しい物を買うと早速使いたくるその気持ちはとても良くわかる。
マウスパッドはマウスの性能を発揮させるのに非常に重要なデバイスだ。これの良し悪しでマウスコントロールが劇的に変わるのだ。マウスの選択に時間が掛かったので、選んだマウスのメーカーが出している推奨品をそれぞれ選んでもらった。
「次はキーボードだ」
PC入力用のキーボードはマウスと同様ピンきりだ。しかし高級品は別次元の押し心地が得られる。この押し心地とキー自体の設計によって「入力の正確さ・速さ」がこれまたかなり変わってくる。一日に多くの文字を入力する事になるライター、データセンター業務なのでは高い信頼性を持つ高級キーボードが用いられるのが普通だ。ゲームではその高い信頼性に加えて、大会会場等の暗所でもしっかりとキーが読み取れるような工夫や、従来品より応答性能を高めてあるものもある。いずれもコンマ何秒の打ち合いの世界に入った時、差をつけるものだ。
「キーボードは価格が高いものが多いから、予め俺が選んでおいた。この中から好みの硬さの物を選んでくれ」
キーボードはマウス以上に触った瞬間にその良し悪しや自分の好みがダイレクトに分かる。それだけについ高額商品を選択しがちだ。ここはゲームに必要な性能を押さえたモデルを選択しておく。じゃないと簡単に2万円を超えてしまうからだ。流石にそんな買い物を生徒にさせる訳には行かない。
選定したのは
「めっちゃきれー!!!」
「あ、本当。色変わるんだ」
「確かにすごい綺麗ですね…でもこれ必要なんでしょうか」
この手のキーボードはキーにLEDがついていて、それぞれを個別に発光させる事が出来る。これにより暗所でも、感覚的に指のポジションを見失わずに済むのだ。だが単純にデコレーション出来て楽しいという方が大きいのが普通だが。
「本気で勝ちたいならキーボードは用意したほうがいい。がやはり値が張るので、よく考えてなー」
生徒達は夢中でキーボードを叩いている。実際このランクの商品になるとその心地よさは段違いだ。本当に自分に最適なものを見つけると、いつまでも触っていたいと思ってしまう。
結局生徒たちも実際に手に触れ気に入ってくれたのか、それぞれが購入する事となった。
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気がつくと13時を回っていた。昼食はファストフード店で済ませることとなった。
生徒たちの話題は自ずとゲーム一色になっていた。今までにないくらい、その会話が盛り上がっている。
「なぁお前たち」
数週間前までロクにPCに触ったこともなかった彼らが、今ではその魅力に取り憑かれてしまっている。顧問としてこんなにうれしい事はない。
「このワクワクを忘れないでな。それが上達に必要なんだ。明日からは今日買ったやつを使って、トレーニングを開始するからな」
生徒たちの明るい返事が気持ちよかった。
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帰路につき、いつものコンビニでプレミアムビールを買う。喉越しが一日分の疲労を拭い去ってくれるようだ。
こうして初めての課外活動は終わった。それぞれの専用デバイスも購入出来たし、明日からは最適化の設定だ。それが終われば、いよいよゲームの攻略となる。
おそらく大半の学校はスタートの時点でここまでの準備はしていないだろう。最高級のゲームPC、そして専用のゲーミングデバイス。それもプロ仕様。これだけで一歩以上先を行っているはずだ。ここまで来たら勝たせてやりたい。
そう考えているうちに、いつの間にか眠ってしまった。
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パジャマ姿で机に向かっていた悠珠は、本日の課題と復習、加えて予習をやり終え時計を見た。時刻は22:30。いつもより30分も早い。
就寝時間まで余裕があることを確認した悠珠は、机に置かれた
「ふふ。それでは今日も、お楽しみといきましょうか。んふふふふ」
暗がりの中、不敵な笑みを浮かべ、そのマウスを走らせた。
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