13限目 フィードバックの好ましいやり方

 全員がデッサンモードに入ったのは残り一分を切ろうかという所。最後に入ったのが美月だ。


「ずあっ。やったー!」


 そう言ってふんぞり返りまたブラウスの胸元をパタパタさせている。女子高生の恥じらいの基準が俺にはもうわかりません。


 ちなみに一番最初に突入したのが悠珠だ。二番手は灯里、そして琢磨だ。

 キャラごとに多少の誤差はあり、その中でも悠珠が選んだキャラは少し長めだったのだが、流石優等生の速読力だ。美月と違って涼しい顔で、というか進行するにつれ目の虹彩が失われていく感じがちょっとアレだ。他の部員には聞こえていなかっただろうが、途中、ふふっと不敵な笑みを浮かべた。今ではいつもの柔らかな優しい笑顔だ。あれは俺の気のせいだったのだろうか。


「よし、じゃあ質問していくぞ。神崎、その子の部活はなんだ?」


「家庭部です」


「正解だ。じゃあスキなものはなんだ?」


「しろくまのもーさんです」


「それも正解だ。流石だな神崎」


 ありがとうございます、と言って会釈する神崎はやはりおしとやかだ。育ちの良さがよく出ている。目の前の美月は少し見習ってもらいたいものだ。


「井出、その子は何の部活のマネージャーだ?」


 続いて琢磨に質問をする。


「サッカー部ですね」


「じゃあ、スキなものはなんだ?」


「ええ、っと…あれ、そんなものありましたっけ」


「残念、井出、お持ち帰りだ。ちなみにその子のスキなものはユニフォームだ。ココらへんでその子の依存性の高さがわかる大事なアイテムだ。次からは気をつけるんだぞ」


「はい、って、え?家では続きを進めるんですか?」


「そうだ。男にとっては悪くないと思うが?」


 琢磨は爽やかながらその笑顔に汗マークが描かれているような、そんな苦笑いだ。


「はい、次からは気をつけます…」


 しょうがないだろう井出。これは部活なんだ。仕方のないことなんだ。先生も胸が苦しい。


「よし櫻井、その子の部活は?」


 質問された美月はぱぁっと明るくなる。


「あ、それわかる!空手部!」


「そうだ。んじゃその子のスキなものは?」


「え、うーんと、あんまん?」


 そんな設問はどこにもない。


「…不正解だ。お持ち帰りな」


「えー!答え教えてよ!」


「答えは自分で探すものだって誰かが言ってたぞ」


 美月はものの見事にふくれている。ぷーっと効果音が聞こえてきそうだ。

 余談だがこのキャラはロリルックスでありながらインナーマッスルを鍛えている分適度に引き締まっていて、お腹まわりの描写が素晴らしいのだ。特におへそがいい。それだけでご飯三杯はイケるとネットで話題だ。あくまでネットの意見だ。


「じゃあ岩切、その子の部活はなんだ」


「部活、えっと、生徒会長だから、…生徒会?」


「おお、ひっかけ問題にも対応するとは流石だな」


「あ、ありがとうございますっ…」


 あまり褒められ慣れていないのか、灯里は褒められるとすぐに俯いてしまう。それによって気道が細くなってよりその声のエロさに磨きがかかってしまうことに気がついていないらしい。


「もう一問だ、その子のスキなものはなんだ」


「べ、ベルト、です…」


「その通りだ岩切!すばらしい!」


「は、はいぃいいっ…」


 このキャラは「スキよ、先生のベルトも」という名フレーズを生んだことで有名になった。それが意味する所は攻略していけばわかる。


「では早速デッサンモードに取り掛かる。デッサン開始♡ボタンをクリックしてくれ」


 ぽろろろーんという効果音と共に美麗立ち絵が表示される。


「うわぁーかぁいい!」


 みんな思わず感嘆の声を上げた。その中でも声が大きかったのは美月で、続いて「妹にしたい」とつぶやいている。彼女の画面には上目遣いで生意気にはにかんでいる制服姿の女の子が写っている。たいていのロリコンはここでノックアウトだ。


「さて今回は速度は求めない。とにかく出来るだけ正確に、その輪郭をなぞるんだ。右クリックで直前の線は消せるし、マウスのホイールで拡大も出来る。操作はマウスだけだ。とにかく彼女達をきれいに描いて差し上げろ。んじゃはじめ!」


 みんな一斉に作業に取り掛かった。

 俺はその間、2台のゲーミングPC、

MONSTERWEARモンスターウェア」に「高校生妻と始める異世界新婚生活」をインストールしておく。


 時折、美月は「おねえちゃんが描いてあげるよ~♪」と独り言を言ったりとルンルンだった。「かわいく描いてよねー!」というセリフに反応しているのだろう。設定上は同い年なんだぞと突っ込みたくなったが我慢した。何れにせよ彼女にメロメロのご様子だ。

 隣の灯里はなんとなくハァハァ言っている気がするが気が付かない事にした。


 30分が過ぎ、時刻は17時30分を回っていた。当校は教育上、原則18時までの下校としているので、ちょうどいい時間だ。


「はーい終了!そこまででいいから見せてみてー」


 一番楽しそうにやっていた美月のモニターを覗き込む。うむ、期待はしていなかったとは言え、なかなかひどい仕上がりだ。だがまぁ、初回はこんなもんだろう。


「頑張ったんだろうけど、ちょっと雑だな。これじゃギリギリ女の子の絵とわかるレベルだろう」


 俺はそう言って画面上のデッサン終了♡ボタンをクリックする。すると透かしで入っていた立ち絵が消え、プレイヤーのマウスで描いたデッサン絵だけが残る。値は2350♡だった。2000で初回クリアなのでギリギリ合格だ。美術教師が描いたものとは到底思えない代物だが。


「ひどっ!って、あれ…本当だ…私のりりちゃんが…」


 りりちゃんとはそのロリっ子のあだ名だ。


「マウスコントロールが不十分なのはしょうがないが、書き直した方がいい線がいっぱいあるな。そこはもっと集中した方が良かっただろう。次はもっと可愛く描いてやれ」


「分かった!センセ、たまにはいいこと言うね!」


 余計な一言だ。


「よし次は井出だが…これはっ!?」


 琢磨は「あははは…」と言いながら頭を掻いている。そこに描かれているのはマネージャーの女の子じゃなく、もはやストーカーの怪物だ。高性能なマウスを使っておきながらのこの仕上がりは、絵心が無いとしか言いようが無かった。

 だがよく見ると、やたらに細かく書かれている部分がある。これは…胸か?もはやロケットおっぱいになりすぎて判別が難しいが、たしかにそこに情熱を感じる。


「井出、よくやった」


 俺はそう言って親指を立てた。

 井出、お前のリビドー、たしかに受け取ったぞ!


「先生、言いたいことあったら言っていいですよ…」


 ちなみにデッサン値は1200♡だった。俺はこんな数字見たことない。


 さて次は灯里だ。


「次は岩切だな…。おお!これは!…?。だめだ岩切、これはやり直しだ」


 俺はモニターを見つめたあと、灯里の肩に手を乗せて言った。これは俺でも評価出来ない。


「ええ?なんで先生、うまく描けてると思うんやけど…」


「ああ、たしかにお前はうまいよ、だがな…」


 そこに描かれている女の子がすっぽんぽんじゃ無ければな!


「なんで服着てないんだよ!?早すぎるだろ!じゃなくてどう見ても立ち絵は服着てるだろ!お前のメガネどうなってんだよ!?」


「だって!あまりにもキレイだから、この子のラインはどうなっとるんかと思ってぇ…ほらこの腰の辺りとか、すごぉい…ドキドキせん?」


 道理でハァハァ言ってると思ったよ!


「ああわかるよ!ドキドキするよ!じゃないよ!服着せろよ!」


「ええー!?服着せたらもったいないやん!」


「何が!?」


 覗き込んだ美月も顔を真っ赤にし、その目を手で覆いつつもしかし隙間からしっかりと見つめている。


「これじゃあデッサン値を稼げな…7880♡だとぉ!?」


 俺ですら出したことのない高ポイントだ。7000♡を超えると次回のデッサンで選べる立ち絵が増えるのだが、これは容易なことでは無い。全裸は正義なのか?


「ほらぁ!これが本当の蒼ちゃんの描いてほしい姿なんですよー!」


「と、とにかくだ。今回の目的は正確なデッサンなんだぞ?女の子の深層心理を読んで本当に描いてほしい姿を描く、なんてロマンスが目的じゃないんだから…」


 ゲームやアニメに造詣が深いと聞いてはいたが、まったくけしからん、いやとんでもないものを持っていた。恥ずかしがり屋の癖に喜々として女の子を全裸にするのだから、今時の女子高生の恥じらいは俺にはやっぱりわかりません。


「真面目な神崎はきっとちゃんとやってるぞ、ほら、おお、これは上手いな。よく描けている。集中力は流石だな…ん?」


 悠珠の描写は見事だった。背景の立ち絵を正確にデッサン出来ており、特に顔までしっかり描き込まれているのが素晴らしい。制服もすごく良く描けているし、リボンも…。と、そこで俺の目が止まった。

 

 そこにあるはずの胸が無くなっているのだ。


「…神崎、なぜこんなひどい事をした」


「おっしゃっていることの意味がわかりませんわ」


 悠珠はなぜか自信満々だ。


「いやいや!この子は巨乳だろ!?なんでそれ無くしちゃうんだよ!アイデンティティって言葉お前なら知ってるだろ!?」


 悠珠は目を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。そこには一切の迷いがない。


「先生、私は考えました。デッサンとは正確に対象を映し出す事…リアルさを追求すること」


「ああそうだよ間違っちゃいない。それがどうしてこうなった」


 そして目を見開き、モニターに向かって人差し指を立てて睨みつけた。


「こんな巨乳は現実にありえません!なので本来あるべき姿に正しく修正しました!これが真実のデッサンです!」


 なん…だと…!?


「いやそうじゃねぇよ!というかいくらなんでもこれはやり過ぎだろう!もうちょっと優しくしてやれよ!こんな絶壁に…」


 自身の失言に気がつくが時既に遅し。悠珠は腕を組み、暗黒よりも深いオーラを放っている。


「ほう…先生は女学生と乳房の大きさについて語ろうとおっしゃるのですか?」


 笑顔から放たれる謎のキラキラがブラックキラキラにレベルアップしている!


「まさかまさかと思いますが、そんなことはありませんよねぇ?我が歴史ある白鷲高校において、乳房の大きさなどというバロメーターで個性を推し量ろうなどという、教師の風上にも置けない方が部活の顧問を持つだなんて」


「ぐ…」


「きっと私の勘違い。先生は個性の重要性を生徒に説きたかったのであって、まさかまさか、おっぱいの大きさに拘っているなんで事は、ありませんよねぇ?」


 なんという事だろうか。成績優秀な悠珠はその口撃においても優等生だったとは。


「もちろん、そんなことはない…」


「そうですか、ならば問題ありませんね。良かった。私は尊敬する先生を失わずにすみましたわ」


 とういって悠珠は自らデッサン終了♡ボダンをクリックする。


「7140♡…!」


 うなだれる俺の前に立つ悠珠は俺を見下ろしている。


「斉藤先生、なにか問題はありましたか?」


「…俺の負けだ。アイデンティティを軽視していたのは俺の方だった。すまなかった…」


 その瞬間、悠珠が放つ謎のブラックキラキラは浄化されたように明るいキラキラになった。


「これからもよろしくお願いしますね、先生」


 そして立ち去り際、うなだれた俺へ耳打ちしていった。


「先生、かわい」


 満面のスマイルが見下ろしていた。


 壊したい、だなんてとんでもない!これは触れちゃいけないヤツだ。俺の本能がそう強く警告していた。


 この日をきっかけに、部員の中に眠る「何か」が少しずつ目を覚まして行くのを、俺は実感していく事になるのだった。

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