12限目 ノベルゲームの正しくない楽しみ方

「おかえりなさい!あたしの先生♡」


 インストール後起動する度に黄色い声が教室にこだまする。四台のPCにインストールしたので合計四回鳴り響いた訳だが、テンションが上がったのはどうやら俺だけだったようだ。美月はかなりわかりやすくヒイている。


 だが俺はそんな空気に負けてやる気はない。正義は勝つのだ。


「さて、さっそくだが説明する。よく聞いてくれ」


 「高校妻と始める異世界新婚生活」は、美術の先生である主人公が生徒と交流し、そのデッサンのモデルを引き受けてもらう事をきっかけに関係を深めていく、というストーリーを基準に進行していくノベルゲームだ。最初は制服姿だが攻略するにつれ体操服、水着、とその際どさを増していき、最終的には諸君らが想像する通りになる。最後まで攻略しきると生徒との関係が学校にバレてしまい異世界に飛ばされることとなるのだが、当の本人達はしがらみが無くなり自由を得て、様々なシチュエーションでのデッサンを楽しむ日々を送るという、いわば異世界後はボーナスモードだ。


 特徴的なのはそのデッサンモードだ。モードが開始されると攻略対象の女の子の美しい立ち絵が表示される。これには紙を見立てた白いフィルターがかかっており、透けるその輪郭をマウスを使ってなぞって行くと、鉛筆風のラインが引かれて最終的に一枚の絵になる、という仕掛けだ。うまい絵を真似る時にやるアレに近い。完成した写しは自動判定によってクオリティ値が与えられ、一定の基準をクリアしていると相手も喜び次のステップに進めるが、反対に値が低いとブサイクに描かれたと勘違いして傷つき、関係はうまく行かなくなってしまう。デッサンモード中では女の子達がセリフを投げかけてくれるのだが、親密度が上がる程それが嬉しい内容になるなど、夢中にさせる仕組みがふんだんに搭載されている。

 有名絵師の技法を勉強しながらも、輪郭をプレイヤー自らが丁寧に描くことで、女の子をより深く現実感をもって愛情を注ぐことが出来るという、画期的なゲームなのだ。

 またやりこみ要素として難易度をハードに変更するとデッサンモードにタイムリミットが設定されるようになっており、その長さは女の子の性格や状況によって異なるというこだわりっぷりだ。せっかちな子に水着を着せるとわずか三分でデッサンが終了してしまうという鬼畜難易度が掲示板を沸かせた。残念ながら俺でもクリアできなかった代物である。

 今回はタイムリミットの無いノーマルでプレイだ。


「…なので、正確なマウスコントロールを感覚で理解してもらうために、このデッサンモードを使っていこうという訳だ。抵抗はあると思うが、まぁやればわかる。文句はやってから受け付けるから、櫻井、そのつもりで」


 美月はたいそう不満そうだ。だが自身のツッコミが円滑な部活動を阻害しているという認識はあるようで、渋々といった様子で唇を尖らせている。相変わらずグロスが塗られてプルプルしている。一方の俺はかっさかさだ。


「それじゃあマウスをクリックして開始してくれ」


 ポップな効果音と「今日はどんなわたしを描いてくれるの?♡」というSEが一斉に鳴り響いた。


「あ、かわいい」

「ああー、かわいいー!」


 画面には7人の女の子が描かれている。有名絵師複数名を起用したその立ち絵は女の子から見てもかわいい絵柄だ。この時点のルックスではエロゲー要素は全く感じない。何を隠そう、このゲームは女性ユーザーレビューでも高評価を獲得したゲームなのだ!


「その中から好みの女の子を選ぶんだ」


 この選ぶ作業が中々楽しい。キャラクターを選ぶとその女の子の簡単なステータスが確認出来る。学年、身長、胸の大きさなどの外見に関わる要素はもちろんのこと、性格や代表的なセリフまでも示されており、ひと目でそのキャラクターを把握出来るようになっている。最初に選択したキャラクター以外は進展しないようになっている点も親切で、好みじゃない女の子のルートに入ってしまい攻略を余儀なくされる苦痛を味わうことがないのだ。セーブファイルは複数個保存出来るので、新たに別の女の子を攻略することも出来る。攻略完了後のデータはいつでも異世界でデッサンが出来る。


「わぁ…この子かわいい…あたしこれ!」


 美月が選んだのは妹系キャラクターだ。ロリルックスでせっかちツンデレ生意気かつ実はドMという、色々と美味しいキャラクターだ。先に上げたハードモードで最もクリア難易度が高くなる、しかし最もけしからんキャラだ。


「うーん、難しいなぁ…無難そうなこの子かな」


 琢磨が選んだのはスポーツ部のマネージャー系女の子だ。明るく快活で積極的だが、デッサンに失敗すると傷つき関係の修復が難しいキャラだ。これを無難そうと言ってしまうあたりに琢磨のイケメンとしての素質を感じる。


「この子きれいやなー…」


 と、灯里が吸い込まれるように選んだのはお姉さん系キャラだった。モデル体型のクールビューティー系で生徒会長をこなすなど聡明だが、実はドSというダークな一面があり、進行すると自分から「私を描きなさい」と上から言っきて主従関係は完全に逆転するという、ドMに幸福をもたらすキャラだ。


「………」


 悠珠はノータイムかつ無言で癒し系巨乳キャラを選択した。なんとなくその展開は読めた。


「さて、ここからが重要だ」


 デッサンモードまでは通常のプレイで概ね30分。現国教師の速読術を用いて10分程度と言った読み物だ。セリフは全てフルボイスで早送りに対応しており、途中で選択肢もでるが間違えても進行に影響はない。ただそこでそのキャラの「スキ」なものがわかるようになっており、覚えておくと二回目以降のデッサンモードでの立ち絵が変わる。ここにその「スキ」なものが見切れており、併せてデッサンすると更に高得点、という隠し要素がある。


「今回は20分以内にデッサンモードに入ってもらう」


 しゅっ、という風切り音と共に真っ直ぐに手を伸ばしたのは悠珠だ。いつも以上に気合が入っているように感じるのは俺だけだろうか。真顔なのも怖い。


「それは読み飛ばしていけばいい、という事でしょうか」


「あ、そっか、そうすれば20分もいらないね」


 反応したのは琢磨だ。

 そんな単純な作業をこの俺がさせると思っているのか。馬鹿めっ!


「甘いな。デッサンモードに入った時点でその子の「スキ」なもの、所属している部活などを俺が質問する。中には会話文にしか含まれていないものもあるが、俺は攻略サイトを見ながら聞くからな。これに答えられない場合、本日このゲームを持ち帰って再度挑戦してもらう事になるから覚悟しとけ」


「ええ!ちょっとそれ本気?」


 驚いたのは美月だ。しかし先程から落ち着きのない様子を見ると、実際は早くプレイしたくてしょうがないのだろう。


「そんな、家族の前でプレイさせるなんて…先生、ひどい」


 灯里よ、頼むから自室でだまってこっそりプレイしてくれ。


「なので適当に読み飛ばす訳には行かない。会話文の他にも女の子の表情もヒントになる。気を抜くな。自分の可能な限り最速で読み、最速で選択肢をクリックしろ。そして表示された内容は全て頭の中に叩き込むんだ。いいか、これは速読の練習だ。分かったら返事!」


「はいっ!」


 弾けるように返事をした四人は素早くスピーカーの電源を切り、ヘッドフォンをかぶった。これがゲーム部の戦闘態勢だ。


 しっかりと教育された学生達は素直だった。一瞬で集中モードに切り替わっている。この順応性の高さが若さだなと思う。大人になると気持ちの切り替えには結構苦労するだよな。


 感心して、実感する。ようやく部活らしくなってきたな、と。プレイするのはエロゲーだけど。


「深呼吸して…いくぞ、3、2、1、スタート!」


 再び教室にはマウスのクリック音だけがこだまするのだった。


 そして俺は衝撃的なデッサンを目にすることになるのである。

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