11限目 ノベルゲームの正しい楽しみ方
人は理解できない現象に直面すると、言葉を失うらしい。
「さ、ではさっそく準備をしよう」
俺はそう言って美月のPCへディスクを挿入する。
最近のダウンロードインストールも簡単便利でいいが、やはり今ひとつ味気ない。光メティアからのインストール作業がまたゲームへの期待感を煽っていいんだよな。何よりパッケージがあるのがいい。
「ちょっとまって?」
マウスを握ろうとした俺の手を取り、いや、腕を掴んだのは美月だ。睨みつけているのは俺の左手で、その先には「高校生妻と始める異世界新婚生活」のパッケージがある。
「何、してんの?」
「何って、インストールだが?」
「じゃなくて、何、入れようとしてるの?」
「見ての通り、練習用ソフトだが?」
振り払って作業を続けようとするのだが、掴まれたその腕はピクリとも動かない。
こいつ、こんな力をどこに隠し持っていた!?
「練習用ソフトだが?じゃないわよ!!!どーみてもそれ、いかがわしいヤツじゃない!そんなフケツなもの私のにいれないでよ!」
最後のセリフの方がよほどいかがわしい。
「ほう、櫻井はいかがわしいゲームとやらをプレイしたことがあるのか」
「なっ…」
美月の顔がゆでダコのように赤くなった。
「それは驚いたな。俺にはどんな内容か全く想像出来ないなぁ、なぁ岩切」
岩切は返事をせずうつ向いている。そのメガネは視界ゼロの真っ白だ。
こいつ、知ってやがるな。
「先生」
一方で全く動じていないのが一名いた。腕を垂直に伸ばす悠珠である。
横にいる琢磨は爽やかな笑顔ながらもしっかりとヒイている辺り、事態が飲み込めず反応できなかっただけのようだ。
「それはいかがわしいゲームなのでしょうか?」
俺は最高の笑顔で答える。
「全くいかがわしくないゾ」
「悠珠嘘よ信じちゃダメ!」
「では、書かれている高校生妻、とは一体なんなのですか?高校生であって、妻でもある、という事でしょうか」
「流石神崎、飲み込みが早い。優等生は違うな」
「なんで私が今ディスられる流れなの?!正しく飲み込んでるのは私だと思うんだけど!?」
「ではそのゲームは、高校生兼妻と異世界で新婚生活を始める、という、内容なんですね」
「そうだ神崎。タイトルでそこまで内容がわかるとは、先生は嬉しいぞ」
「だからちょっとまって!?私が間違ってるの!?」
美月は混乱のあまり俺の腕をぶんぶんと揺さぶり、抱きかかえてしまっている。
「法律上女子は満16歳で結婚が認められているので、おかしな所はありませんわ。異世界、というものの定義が私には分からないのですけれど…。それより美月さん、胸を男性に押し付けるその行為の方が、如何わしいのでは?」
「っひゃー!?」
指摘された美月は今まで聞いたこともないハイトーンで飛び上がった。俺の腕へ提供されていた幸せはここで打ち切りだ。今更恥ずかしそうに第二ボタンを締めている。
しかし無表情の悠珠には謎の迫力がある。カーディガンにいなされたその貧乳にコンプレックスでもあるのだろうか。
「斉藤先生、流石にちょっと。美月さんも不安になっているし、説明してほしいですね」
爽やかに指摘する琢磨はさすがイケメンの立ち振舞だ。しっかりと後輩をフォローするあたりがデキる男の証である。美月は着席すると同時に再び第二ボダンを開け放った。俺はこの子に正しい制服の着用を指導できる気がしない。
「た、たっくんダメだよっ…説明させるなんてそんな…酷だよ…」
灯里はそのか細い声をさらに細めてほとんど吐息だ。多分お前が考えている程エロい内容じゃないから安心してほしい。ほら、深呼吸してー。
「そうだな、すまん井出。俺はいつも事前の説明を忘れてしまう。悪い癖だな」
気がつけばパッケージは悠珠の手に渡っていた。目を見開いたその先には一番の巨乳キャラがいる。ちょっと怖い。
「まず、競技ゲーム甲子園で勝ち続けるにあたって、何が必要かという事を俺なりに考えてみた」
「それでどうしてこんなの出てくんのよ!?」
「まぁまて櫻井。話は最後まで聞いてくれ。現在、大会で使用するゲームは発表されていないが、おおよそほとんどのゲームをプレイするに当たって、身につけているのとそうでないとでは大幅に差がつく要素があると俺は考える。それは二つのスキルだ。一つは完璧なマウスコントロール、そしてもう一つは速読能力だ」
俺はそういって美月の肩に手を置き、退席を促す。一瞬ビクッとなるも、スムーズに立ち上がって席を譲ってくれた。俺は説明を続けながらそのPCで動画サイトを開いた。生徒たちはそれを背後から覗き込んで一緒に見ている。
「ゲームジャンルは数多くあるが、大会で使用されるジャンルというのは数少ない。その中で、マウスでプレイ出来ないゲームは格闘ゲームだけだ。後はパズルにしろシミュレーションにしろボードゲームにしろ、アクションでさえマウス+キーボードでプレイ出来る。そしてたいていその操作は画一化されているんだ。そしてその形態でプレイするゲームの代表であるFPSは最も選出される可能性が高いジャンルだ。つまり、マウスの操作の熟練は極めてロスが少なく重要な要素なんだ」
そう言って更に次の動画を出す。過去に行われたゲーム大会の様子だった。
「そしてもう一つ重要な事がある。それはオンラインゲームは基本的に全てリアルタイムだという事だ。対戦である以上、少しの時間も無駄に出来ないし、時間を有効に利用できた方が有利になる。その思考時間を人一倍多く確保するために重要な事。それは画面に表示された内容を瞬時に把握する能力…」
「速読能力…」
「そうだ。ことチーム戦ともなると、この限られた画面内から実に多くの情報を得て、かつ素早く処理しなくてはならない。アイテムがあるアクションやボードゲーム等ではなおさらだ。この能力はいきなり高まったりしない代わりに、大なり小なり、どんなゲームでも役立つというメリットがある。見ろ、この選手と相手、アイテムの取捨選択の速度が段違いだ。そして、ほら、このようにスタートに差が出る」
この時行われていたのはFPSだ。スタート直後、ランダムにポップしたアイテムの中から好きなものを選択して装備し、マップ中央にある戦場に駆けつけるというバトル形式を取っている。アイテムの種類は100種類以上あり、そのうちポップするのはランダムに8種だ。最適な武器を選択した方が強いが、そこに時間をかけすぎると有利ポジションを陣取られ戦型としては不利になってしまう。
「この甲子園ではどの学校がどれくらい強いのか見当がつかない。ひどい話、ゲームに明け暮れているような生徒が多い学校、つまり学力ランクが低い学校の方が強い、という事すらありえる。その中でゲーム経験が少ない俺達が勝ち抜くには、これから先無駄がないトレーニングを積み重ね、その教養と知識で相手を出し抜くしかない。普通にプレイ時間を伸ばしても、経験値の差で負けるのは目に見えている」
「なるほど、たしかにこのTAK《タク》という選手、アイテムの取得がめちゃめちゃ早い…ほとんどアイテム名を確認せずに拾ってるように見える…」
琢磨に続いたのは灯里だ。
「わたしなんて最初の三文字くらいしか読めんやった…」
「全てのアイテムを記憶すればその分読み取りは早くなる。が、ボードゲームやカードゲームになってくるとその種類は1000を超えてくるものもある。それを覚えるのは計り知れない。以上から、競技ゲームの詳細が発表されるまでは、多様なゲームに触れつつも、主にマウスコントロールと速読、この二点を重点的に強化する。そのために必要なのが、これだ!」
俺は美月のPCに表示されたインストールボタンを押した。
「だからってなんでそれ!?結局納得いかないんだけど!?」
「まぁまて、俺がいつこのゲームを普通にプレイしろ、と言った?いくら俺でも、女子高校生を妻とするようなゲームをやらせるような悪意があるわけないじゃないか」
「あったじゃん!さっきまで満々に!」
モニターはわずかに反射して薄っすらと鏡のようになっており、そこには美月の胸元が実にいい景色として映し出されていた。画面輝度を落とそうかどうか迷ったくらいだ。
「まぁまぁ美月さん、先生の説明は最後まで聞きましょう」
そんな俺の視線に気がついたのか、悠珠は美月の第二ボタンをそっと締めてあげている。温かい光景だ。ただ振り向きざまに誰かの舌打ちが聞こえた気がするのが物凄く気がかりだ。
「そうだ、だから俺はいったろう?」
画面には多種多様な美少女たちが映し出されている。ほとんどの需要をクリア出来る選択肢だと言ってもいい。
「お絵かきをしてもらう、ってな」
PCから鳴り響いたのは、タイトルコールだった。
「高校妻と始める異世界新婚生活!おかえりなさい、あたしの先生♡」
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