10限目 e-sports(イースポーツ)
マウスのクリック音とキーボードを叩く音が延々と鳴り響いている。
部屋の中央には長方形の大机が二個組み合わせて島にされ、そこへ四台のPCモニターが向かい合うように立ち並んでいる。そこへ座っている青春真っ盛りの高校生達だが、阿修羅も真っ青な顔つきでそのモニターを睨みつけ、一心不乱にマウスを振り回している。
私立田園調布白鷲高校のゲーム部の光景である。
先の音以外には、
「だっ!くやし!」
と時たま日本語かどうかも怪しい声が聞こえるだけだ。
彼女達が取り組んでいるのは、FPSゲーム「
「っんもぉぉおおっ!」
アドレナリンが全開になった人間というの時に言葉を忘れるらしい。
「はい終了ーー!」
ヘッドフォン越しでも聞こえるよう大きく手を叩く。開始してちょうど一時間という所だった。
「あーっ!疲れたーっ!」
「っぷはぁっ」
「っふー!」
「っつぁ」
合図を期にそれぞれがヘッドフォンを脱ぎ捨てた。青春の汗が眩しい。小一時間殺し合いをしていたにも関わらず爽やかとは、これも青春の特権だろうか。
「よーし、とりあえずみんな水分補給だ。みんなで自販機に行ってくるんだ。はい、これ」
そう言って悠珠に500円玉を渡す。いいの?という顔で上目遣いしてくる悠珠にウィンクで返した。ぱぁっと明るくなる笑顔に保護欲をかられる。大丈夫だ、それは部費だ。
「ありがとうございます。じゃあ、皆さん行きましょう」
部員が立ち去った後の画面を見る。戦績画面を見ると、一番殺しているのが琢磨、続いて美月。一番死んでいるのが悠珠で、二番手がこれまた美月だ。
それらのデータを素早くパワーポイントでまとめ、各々のPCへ送信しておく。
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「さて、今送った戦績を見てほしい」
部員が戻ってきたあとそのデータの説明に入る。
グラフにはキルした回数と、そのキル時の射程距離が距離別に棒グラフで示されている。ページをめくるとキルされた時の距離が示してあった。その他には使用弾薬数、命中率、ヘッドショット率が書かれている。ヘッドショットとは最も高いダメージを与えられる頭への命中であり、的が小さい分難度が高い。ゲームを初めて三日という事もあり、今回は全員0だ。
「凄い…とても詳細に出ていますね…」
関心しているのは悠珠だ。
「今は操作になれる事が基本だから、そんなに気にしなくてもいいが、まぁ一時間のプレイでこれだけの情報が取れる、という事は覚えておいてほしい。これを見ると、井出は遠距離から狙っていて、櫻井は積極的に接近しているのがわかる。最も弾を消費しているのが櫻井だから…ある意味で一番積極的に参加しているのが櫻井とも言えるな」
井出が遠距離戦闘重視になるのは、先のマウスセッティングの影響が大きいだろう。そのほうが戦いやすいのだ。
「こんな感じで戦績は日々取っていく。ただ闇雲にやってもうまくならないから、タイミングを見てこのデータを元に指摘していくから、そのつもりで」
「いやぁ、これ結構性格でるもんなんですね」
髪をかき上げながら言ったのは琢磨だ。ナチュラルにイケメンだ。ちくしょーめ。
「おお、よく気がついたな井出」
「灯里なんてコソコソと動いてましたからね。後ろから狙われているとも知らずに」
「…うっさい、いちいち構わんで」
赤面し唇を尖らせているのは灯里だ。その声は相変わらずエロい。俺には「もっとかまって」に聞こえるから不思議だ。
「…でもこれ、本当体力使うよね…あっつい…」
そう言ってブラウスを掴んでパタパタしているのは美月だ。相変わらず第二ボタンが開け放たれ、ぶっちゃけ谷間が見切れてしまっている。教師の俺としてはそれを凝視する訳には行かない。気がつかないフリをしてやるのも、大人として大切なのさ。
なぜだか無性にあんまんが食べたくなったのだが、皆、その理由を教えてくれ。
「そうですね…飲み物飲んでから気がついたのですが、結構のどが渇いていたんだなぁって感じました」
「僕もだよ。炭酸が喉にしみるよね。なんだか懐かしいよ」
それもそのはず。FPSは格闘ゲームと並んで「最も体力を使う」ゲームジャンルの一つだ。
オリンピックでの公式競技採用が発表される前から、これら競技性の高いゲームはその大会などで「
「競技ゲームって言うのは、本当に体力が必要なんだ。長い試合になると数時間に及ぶこともあるから、その間集中力を保ち続けるには体力が重要だ。ま、そのうち体力づくりも始めるけど、今は慣れが優先だな」
「体力づくり?太センセ、筋トレとかやるの?」
見るからに驚いているのは美月だ。
「おーやるぞ」
「うっそ、じゃあランニングとか?」
「必要に応じてだな」
「げー」
と舌を出した後机につっぷしていたせいで、ブラウスが背中に密着して透けている。
今日は黄色だぞ諸君。ちなみに俺は黒派だ。
「美月ちゃん、本当に暑がりなんだね」
「うえー、灯里センパイは暑くないんですか?」
「え?うーん、わたしは普通、かなぁ?」
隣の灯里はといえば濃紺のカーディガンをしっかりボタンを締めて着込んでいるから、対照的に寒がりなのかもしれない。ジャストサイズのそれが肉付きの少ないラインを強調していて、そこがいい。
「ところで先生」
そう言って手を上げているのは悠珠だ。だぼっとしたサイズのカーディガンからでる白くて小さな手は真っ直ぐに天井に伸びている。
「この後は何をやるんでしょうか」
真面目な悠珠らしい。流石優等生だ、切り替えが早い。時間を無駄にしないという感性はとても重要だ。一方で社会にでるとこの無駄なコミュニケーションが何よりも大事な時というのがある。全く社会は世知辛いのである。
「ああ、それだがな、実はもうやることは決まっている」
そう言って俺が俺が取り出したのは、自宅から持ってきたパッケージだ。ふんだんに美少女たちが描かれたそれは見るからに「それ」を表している。
我ながら、この作戦は中々素晴らしい。寝る前にエロゲーをやりながら10分も考えたんだから、自信満々だ。
「今日はな、お絵かきをしてもらう」
そのパッケージの笑顔と俺の笑顔を見比べた生徒達は、絶句していた。
取り出したそれには「高校妻と始める異世界新婚生活」と書かれていた。
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