議題Ⅱ 部活動の具体的な活動と効果的運営のノウハウについて
8限目 FPS(ファーストパーソンシューター)
「さて、それではいよいよ持って、本格的な部活動を開始しようと思うのだが」
「まず最初に、
各々のPCから「ピョーン」という効果音と共にポップアップがでた。これは簡易グループトークアプリで、こういった部活動の際に情報共有として役に立つのだ。
「わ、なんかでた」
「そこに表示されたURLをクリックすると、STORMのページにジャンプするようになっている。そこで会員登録をする。一応言っておくが安易なパスワードは絶対にするなよ」
「はぁーい」
やる気のない返事の主は美月だ。
そしてその向かい側で素晴らしい挙手をしているのが悠珠。守ってあげたい。
「先生、作業内容はわかりました。所でこのサイトはなんなんでしょうか」
俺とした事が失念していた。目的を教えずに個人情報を入力させるなんて、振り込め詐欺よりたちが悪い。
「すまない、このSTORMというサイトは、ゲーム販売・配信の世界最大手サイトなんだ。ちょっとした無料ゲームから大作ゲームも揃ってる。ほら、モンバスもあるぞ。今回、競技ゲームの基本的な技術の向上のためにプレイしたいゲームが、このサイトで配信されている、という訳だ」
「なるほど。こういう販売方法もあるのか…」
顎を触りながら関心しているのは井出だった。
「あの、先生…」
灯里が申し訳なさそうに挙手をしていた。角度的に上目遣いになり、それがいい雰囲気を演出している。細かいことはあえて述べない。
「どうした」
「わたし、アカウント持ってるんですけど…新しく作ったほうが、いいですか?」
「ああ、そうだな、そうしてくれ。これはあくまで部活動で行うものだから、本質でないプレイをすることもあるし、それが個人のアカウントに反映されると困るだろう。あとは競技甲子園でのアカウントの管理方法についてまだ情報がないからな。そういう意味で、部活専用のアカウントを持っていたほうがいいと思う」
「わかりました…すみません」
灯里は赤面してモニターに向かっている。
いちいち謝る必要はないんだぞ、と言いたかったが、注目される事は嫌がるだろうと思われたので、それは別の機会にしておいた。
そうして皆のアカウント登録が完了し、STORMを利用出来るようになった。そのアカウントへ、部費でネットマネーを購入した俺の部活用アカウントよりプレゼントを送る。
「何か、来ましたね」
「今画面右上にでているアイコンをクリックしてくれ。それが本日から行いたいゲームのダウンロードリンクだ。代金は既に部費で購入済みだから、クリックすればインストールが自動的に行われるようになってる。どうだ、出来たか?」
みんなの返事を確認する。ココらへんまでは流石に問題なさそうだ。
PCの操作速度はやはり灯里が一番はやい。逆に一番遅いのは井出だ。やはり井出のPC操作が遅いのは、不慣れなだけでは無いようだった。
「ではインストール完了までにそれなりに時間がかかるから、ここで今日プレイするゲームの説明をしておこうと思う」
そういって俺は立ち上がり、わざわざ事前に印刷しておいたそれを壁に貼り付けた。A3で印刷されたそれには、暗闇を見つめる戦士と多数の血痕が描かれている。
「
おおお、と、ちょっとだけ教室が沸き立った。そのビジュアルからいかにも本格的ゲームの香りがするので、いよいよ部活らしくなってきたという喜びだろう。
「
説明するより早く美月が反応する。なかなかの応答速度だ。マウスで言うと感度がいい、だ。深い意味は無い。
「FPSはファーストパーソンシューターの略で、一人称視点型シューティングゲーム、まぁ簡単に言うと、まるで自分が見ているかのような景色が映る画面を操作して、敵を銃で打ち倒していくゲームだ」
「それはアクションゲームとは違うんですか?」
間髪入れずに聞いてきたのは井出だ。彼はアクションゲームをプレイするようなので、当然の質問だ。
「まぁ、見てもらえばわかる。ただ先に言っておくと、最大の違いは自分のキャラクターが画面に写っていないって事なんだ」
そうこうしている内にインストール完了を灯里が教えてくれた。勝手がわかっている子がいるとものすごく助かる。
「FPSは今までのゲーム大会でも採用されてきたゲームだから、今回の大会でも採用される可能性が極めて高い。と、言うわけで今回はレクチャー編だな」
手早く説明し、まずは4人で、2VS2をやってみることにした。
「わ、本当だ!なにこれ、すご」
「きれいだなー…まるで現実みたいだ」
このSoDはFPSゲームの中でもかなり高画質で、現実的な描写が話題となっていた作品だ。町中のマップなんて現実と勘違いしてしまう程だ。
「まず操作について説明する。左手はキーボードのここだ、この指でキャラクター、つまり自分を動かしていく」
説明している途中から動かしている。みんな好奇心を持ってくれている証拠だろう。これが何よりうれしい。
「そして右手はマウスを持つ。マウスを動かすと自分の向いている方角を変えられる。まずはこれを使って自由にマップを歩いてみてくれ。応用すれば、右を向きながら真っ直ぐ走ったり、上空を見ることも出来るぞ」
FPSというゲームは、キャラクターを最も人間的に動かせるゲームだと言われている。それゆえ、立ち回りが人間的になり、より現実的な駆け引きを出来る所が人気のジャンルだ。が、これが中々に慣れるのが大変だ。
「さて、それでは操作に慣れた所で、ここからが特訓だ」
俺は各テーブルに周り、それぞれのキャラクターの持つ武器を削除し、ナイフだけにした。
「今日は、1時間耐久鬼ごっこをやってもらう」
部員達のざわめきが一瞬で消える。
「今、諸君らの武器はナイフにしてある。左クリックで攻撃出来るが、これで相手を倒してもらう。密着しないと当てられず、移動速度は全員が同じ速度だから、必然的に追いかけっこになる。死んでもすぐに生き返るぞ。最初に追いかける側は井出・神崎チーム、逃げるのは櫻井・岩切チームだ。30分後、その役割を交代する。加点方法は、攻めの時のキルが2点、死亡が-1点。逃げの時がキルが+1点、死亡が-2点だ。つまり反撃は可能だが、本来の役割どおり動いたほうが点数がいい、という事だ。ここまでで質問は?」
まだ本格的にプレイした事がないメンバーはお互いの顔を見合わせている。想像は出来ないが、特に質問はない、といった所だろう。流石に名門校だけあって飲み込みが早い。
本当の恐怖はここからだがな。
「最終的に点数が多かった方を勝ちとして、負けた方は一週間、部室の掃除だ」
「えええ!ちょ、ちょっとまってよ!それいきなり重くない?」
「重くない、さて開始するぞ、よーい…」
「わーちょっとまって、センセ、ちょっわ」
「スタート!!!」
号令と同時にキーボードを叩く音が教室に響き渡る。
マップは程よく狭い市街地に設定してある。薄暗い雰囲気がなかなかいい。
FPSゲームをプレイした事がある人なら想像できるだろうが、キャラクターの移動速度が同じ以上、基本的には追いかける側が若干有利となる程度の差しか開かないため、熟練者同士でこれを行うと延々と勝負が付かない、という事が発生する。
しかし彼女達は今始めたばかり。操作もおぼつかない中、ナイフを持たれたキャラクターに接近されると…
「きゃあ、ちょっと、まってたんまたんまこないキャー!!」
と、なる。描写がリアルなだけにその迫力は相当なものだ。
ちなみに今のは井出が美月をやった所だ。美月のキャラクターは首と胴体が分かれてしまった。その姿に美月は唖然としていた。
井出は早くも操作のコツをつかんだようで、次は灯里を追っている。しかし灯里も筋は悪くないようで、多少なりともゲームをやっていたというのが伺えるプレイをしていた。
一方、悠珠は明後日の方向を見ながらその場でぐるぐる回ってしまっている。
「な、なんか気持ち悪くなってきました…」
3D酔い。FPSゲーム初心者あるあるの症状である。
「神崎、そういう時はこうやって…画面を水平にするんだ」
その手の上からマウスを動かし、水平に戻してやる。
手があったかぁ~い。
「あ、普通の画面になりましたね」
「さっきまでは天井みちゃってたんだな。基本マウスは水平に動かすといいぞ」
そうこうしている間にキルの音がする。
「あ!たっくんひどい!待ち伏せしよったやろ!」
たっくん!?
と美月と悠珠が振り向いた。俺はもう驚かない。
視線に気がついた灯里は思わず立ち上がってしまっている事に気が付き、赤面しながら座った。最後の咳払いがわざとらしい。
「だって追いつけないからさー。ここに回っておけば灯里はくるだろうと思って」
「つ、次は絶対倒してやる…」
「いいけど、今は逃げる番だよ?」
「き、来たら殺す!」
やはりこの灯里という少女、地味な見た目に反して良いキャラをしている。
来たら殺す、がなぜかエロいのもポイントだ。
「なんか、いいね、悠珠」
二人のやり取りを見て微笑ましかったのか、美月が笑顔で話しかけている。
「…そうですね。私も早く、こんな風に楽しめるようにうまくなりたいです」
「あたしも。…ほんと、頑張ろうね」
「スキありです(ぶしゅっ!)」
「ああああああああ!!悠珠あんたーぁぁ!!」
「甘いですね。ほら、いいんですか、このままでは掃除当番ですよ」
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最初はこんな感じで楽しそうな雰囲気だったが、攻守を逆転させたあたりから徐々に口数が少なくなっていき。終わる頃にはみな顔つきが修羅のようだった。特に美月の顔はひどかった。
しかし意外なことに、勝ったのは美月・灯里チームだ。
「一応言っておくが、勝ったチームは負けたチームの手伝いをしちゃだめだぞ。厳しいと思うかもしれないが、競技の一貫だからな。負けた方はしっかりとやること。いいか?」
そこらへんは素直に納得してくれた。勝つのが申し訳ない、などと言い出したらそれこそ骨だ。勝負の世界には禁物だ。
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本格的な部活動が初日だったこと、部員の3D酔がひどかった事などから、早めに部活動を切り上げることにした。櫻井と岩切には帰ってもらい、井出と神崎には「どうしたら快適な部室になるかと考えて掃除してみて」と伝えておいた。
その晩、いつものようにコンビニでビールを買った俺は、しかし珍しくエロゲーをやらずに考え込んでいた。
競技ゲーム甲子園では十中八九、FPSというジャンルのゲームが一つは選定される。これはゲームにおいて最も運という確立要素に左右されない、つまり実力がダイレクトに反映されるタイプのゲームだからだ。
しかし井手の右手。明らかに手首になんらかの問題を抱えている。まだ完治していないからか?
早めに対策を打っておいた方がいい。俺の感がそう言っていた。
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美月はその震える肩を抱きながら家路につき、駆け込むようにしてシャワーを浴びた。排水口に吸い込まれて行くその自身を伝った水が、ひどく汚れたもののように感じた。全身を洗い流しても、震えはすぐには止まらなかった。
「センセ…助けてよ…」
その声は泡と一緒に流れていった。
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