4限目 はじめての部活動の執り行い方

「あら、既に入部希望の方がいらしたのね」


 悠珠ゆずは二つ折りになった入部届けをブラウスの胸ポケットから取り出し、それを俺は受け取った。全くシワが寄っていない所が悲しい。いや、むしろ喜ばしい。


「あなたはたしか、櫻井さくらいさん。E組の」


 美月は目元をこすると立ち上がり、その挑発的な目を悠珠に向けている。弱った姿を見せたくない、という気丈きじょうさが見て取れる所が教師の俺には微笑ましい。なぜ第二ボタンをもう一度開けたのかは分からないが。


「櫻井美月。あたしは知ってるよ、神崎サン。生徒会の書紀だもんね」


「美月さんね、よろしくお願いしますわ。共に励みましょう」


「入部って本気?生徒会と掛け持ちなんて大変なんじゃないの?」


「ええ。でも、生徒会長にも頼まれていますし」


「へぇ、ゲームが好きって訳じゃないんだ…」


「興味は以前からありましたわ。せっかくの機会ですから。そういう櫻井さんはどうなのかしら」


「あ、あたしは、そりゃあもうやりまくりよ」


 明らかな嘘だった。どういう訳か美月は牽制けんせいしているが、悠珠は全く動じない。その柔らかな笑顔が崩れることはなく、それが逆に怖い。


「まぁ、ではきっとお上手なのでしょう。よかったら教えてくださらないかしら?同学年の、しかも同性に教えて頂ける機会なんて中々ないでしょうし」


「え、あ、ちょ」


 悠珠は美月のその手を両手で握りしめた。その笑顔からは謎のキラキラが溢れている。

 対照的に美月の表情は謎の黒い縦線によってどんよりとしている。


「美月さん、って呼んでもいいかしら。私の事は悠珠と、呼んでください」


「よろしくね…えっと、悠珠」


 勝敗は決した。それが何の勝負かは分からないが。


 

 ときに青少年の人間関係というのは面白い。ピュアで不器用だからこそ、その集団で不思議な化学反応のような事が起こる。


 やる気があって教員になった訳ではないが、やりがいを感じていない訳では無い。大人になるにつれすっかりれて利己的になった俺が、彼女たちから学ぶことも多いのだ。そして自分の一挙一投足いっきょいっとうそくがその子の将来に影響を及ぼし成長していく過程は、中々胸を打つものがある。


その意味をもう少し真面目に考えておけばよかったな、と後になって俺は思うのだ。



「二人とも、たしかに入部届けは貰ったよ。歓迎するよ。ようこそ白鷲高校ゲーム部へ」


 俺はそう言って二人に着座を促した。その前には青紫一色のモニターがある。


「よろしくお願いします、斉藤先生」

「よろしく、太センセ」


「それで、早速だけれどやってもらいたい事がある」


 指差した先には先程のモニターがある。クリーンインストールを終えたばかりのOSアカウント管理画面だ。


「そこに、個人情報を入力してくれるか」


 そう言うと、悠珠が美しい姿勢で片手を上げていた。さぞかし育ちがいいのだろう。当校のランクから考えると育ちが悪いとはもとより考えられないが。


「これは何の画面なのでしょうか。パソコンは扱ったことがありますが、初めて見ましたわ」


 無理もない。高校一年生で1からアカウント作成を含むセットアップをしたことがある生徒は稀だろう。

 

 こういう時、素直に誠実に答えてやるのが教員として大切だ、ということを俺はこの数年で学んだ。決してラノベの主人公のようにふんぞり返って「いい質問だ」とか「自分で考えてみろ」等と言ってはいけないのだ。


「これはアカウント作成画面だ。PCを使う時、ログインをするだろう。家庭や授業でPCを扱う時は既に用意されたアカウントを用いると思うけど、それをイチから作ってもらう」


「この画面の指示に従って入力していけばいいのですね」


「そうだ、注意点として特にパスワードは慎重に設定してくれ。間違っても名前+誕生日なんて安直なものにしないように」


 率先そっせんして入力をしていた美月の背中がぴくっと揺れた。


「ゲームをプレイするためにも、このアカウントの取得作業は都度必要になる。が、特にゲームにおいてはアカウント乗っ取りなんて事が横行しているからな。他人から容易に推測されるものを用いてはだめだ」


「はーい」


 間延びした返事は美月のものだ。中空に指を回して何やら描いているが、おそらくパスワードでも考えているのだろう。


 アカウントの取得は比較的順調に終わった。既にSNSなどでログインの文化に触れている世代なのでどうという事はない。俺はその傍ら残り2台のPCのセットアップを終わらせておく。


「今ログインしたPCが君たちのものになるから」


「これが…私達のPC…」


「…早い!」


 表示されたデスクトップ画面を見て、美月が驚く。


「超ハイスペックPCだからな。それにまだ何も入っていないからね」


「PCってこんなに早く画面が表示されるものだったんだ…あたしのスマホより早い」


 スマホより早い、というのが世代を感じる言葉だ。


 この世代になるとかえってPCに触れる文化がない。思春期になればより直感的に扱えるスマートフォンを手にすることになるからだ。親がPCを扱わないなら、最初に扱った電子機器がスマートフォン、という事もざらにある。そしてそういう家庭に限ってPCは半分ホコリを被っている年季物だったりする。そうなるとこの感想が出てくるわけだな。

 PC世代としては全くなげかわしい。


「それが終わったら、こっちにもログインを頼む」


 指し示したのは、昼のうちに起動しておいたゲーミングPC、MONSTERWEAR-GXモンスターウェアジーエックスだ。家庭でも効率的な練習ができるよう、備品として発注しておいたものだ。

 正直俺がほしい。


 そこからは基本的なPCの操作の復習、それの応用としてあるゲームソフトのインストールを行った。


「先生、終わりました」


 悠珠の真っ直ぐな瞳がこちらを見据えている。かわいい。


「センセ、こっちも。あーつかれた」


 美月はそういって肩をもみほぐしている。肩こりというのも本当のようだ。巨乳なのかどうか気になって目をやるが、ブラウスが透けていたので注視するのを辞めた。

俺はセクハラなんてくだらん理由でクビになる訳にはいかんのだ!


 だが読者のために「なかなかいいおっぱいだと想像出来る」と付け加えておく。


 時計を見ると18時になろうかという所だった。


「さて、じゃあさっそく宿題だ」


 美月があからさまに「げっ」という顔をする。悠珠はカバンから手帳を取り出しメモを取る姿勢だ。この応答速度で優等生かそうじゃないかの区別がつく。


「いやなに、神崎、メモはいらない。宿題といっても、勉強や何か調べてこいっていうんじゃない。ただ、ゲームで遊んできてもらいたいだけだ」


 その言葉にふたりとも目を輝かせている。純粋っていいなぁ。壊したい。


「さっきインストールしたやつがあっただろう。とりあえず、それを一時間、やってきてもらいたい。それとそのPCは持って帰っていい」


 悠珠がまた真っ直ぐに手を伸ばしている。はいっと聞こえてきそうないい挙手だ。


「先生、私はまだゲームの操作方法など教えてもらっていませんわ。大丈夫でしょうか…」


「大丈夫だよ悠珠!勉強と違ってやってみればなんとかなるって!」


「勉強は自分で答えを探すものしょう?」


 美月のフォローは悪意ない迎撃によって見事撃沈した。


「そうだ神崎。櫻井の言うとおり、やってみればなんとかなる。このゲームはそもそも複雑な操作を一切必要としないんだ」


「そうでしたか。ゲームというと複雑な操作を要求されるものだとばかり思っていましたわ…弟はよくコントローラーをもの凄い音で動かしていましたので…」


なるほど、悠珠の弟はカチャぜいか。


「トゥムトゥムより簡単?」


 スマホを持ちながら上目遣いで聞いてきたのは美月だ。親指は中空をぐるぐるとかき回している。


 トゥムトゥムとはSNSの付録ゲームで、いわゆる連鎖系パズルゲームだ。丸型ブロックにはブサイクな動物のアイコンが描かれていて、それを移動させて数を揃えて消してゆくのだが、たいていは指をぐるぐるかき回していけば偶発的ぐうはつに連鎖したりしてクリア出来てしまうので、俺はゲームだと認めていない。


「そうだ。それよりある意味で遥かに簡単だ」


「なーんだ、じゃあ超余裕じゃん」


 やはり純粋っていい。大切にしてやりたいと思う。

 世の中そんなに甘くない、と教えてやるのは俺なのだが。


「そうだ、超余裕だ。ちょっとPCが重いから、そこは申し訳ないがな。管理上の問題もあるので、今日プレイしたら明日必ず持ってきてくれ」


「はーい!ね、センセ。楽しかったら一時間と言わずもっとやってきてもいいの?」


 俺は最高の笑顔で答えた。


「ああ、それはもちろんだ」


 出来るものならな。


「それじゃ、今日はしまいだ。入部おめでとう!明日、放課後にまたここに集まるように。では解散!」



--------------



 二人を見送った後、部室の戸締まりをし帰路についた。いつも立ち寄るコンビニで買ったのは、奮発してプレミアムビールだ。これが最高にうまい。


「あいつら、ちゃんとやってるかな」


 俺は教師人生で初めて、出勤が楽しみになった。早くあいつらの顔が見てみたい。そう思うと笑いが止まらなくなった。



--------------



 美月は風呂上がり、タオルで髪の水分を取りながら自分の部屋に入った。入り口には持ち帰ったカバンとMONSTERWEARが置いてある。

 これはまぎれもなく部活の備品だった。自分が再び「部活」というものと繋がりをもてる事がなんだか嬉しかった。


「ちょっとやってみよっかな」


 ログイン画面を通り過ぎると、必要最低限のアプリのショートカットアイコンが左詰めで並んでいる。その中に、インストールしたゲームのアイコンがある。



 タイトルは「ひぐらしの鳴き止む頃には」



 少女は知らなかった。それが歴史に名を残すホラーゲームだという事を。

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