3限目 神崎悠珠（かんざきゆず）
その一方的な発言と態度にすぐに返答出来なかった俺をよそに、櫻井美月はPCのモニターを覗き込んでいる。髪を耳にかける仕草がちょっとだけ色っぽい。
「しばらくお待ち下さい…もう少しでセットアップが完了します…へぇー、こんな画面みたことない」
明るめの髪、パーマと思われるウェーブ、ブラウスのボタンは第二ボダンまで開け放たれ、そこにあるはずのネクタイが無い。学校指定のカーディガンを腰巻きにし、捲り上げたスカートを隠そうともしていない。
当校の生徒にしてはかなり攻めた格好、というか校則違反だ。
「ね、これいつになったら使えるようになるの？」
無邪気に訪ねてくるが、やはりその表情はどこか生意気だ。
それが印象的な切れ長の目尻と長いまつ毛がそうさせるのだと気がつくのに少し時間がかかった。
「えっと、櫻井さん、だっけ」
「そう、櫻井美月。美月でいいよ、太センセ」
「そうか、じゃあ櫻井」
櫻井美月はペースを崩されキョトンとしている。
人心の
「制服をちゃんと着なさい。ネクタイは？カーディガンは着ないならカバンにしまいなさい」
「あつい。ネクタイは肩凝る。カバンは教室においてきちゃった」
ならば何故カーディガンを持ち歩く必要があったのだろうか。
「…せめて第二ボタンは締めなさい」
「ふーん、分かった」
美月はわざわざ俺の近くに歩いて来ると、上目遣いで見つめながらそのボタンを締める。
「意外とカタブツなんだね、センセ」
俺はため息をついた。
なるほどね、こういうキャラか。
思わず頭を
「櫻井、人を試すのはやめなさい」
そういうと美月は目をまんまるにしたあと、盛大に吹き出した。
「あははは！センセ、面白いね！超偉そう！」
そのセリフをそのまま返してやりたかったが、ここは黙っている。
たいていの女学生は男性教諭に対してぞんざいだが、この櫻井美月はその中でも突き抜けているようだった。
生意気な少女を可愛いと思えるのは二次元の中だけだ。
「ごめんね、センセ。そんなつもりじゃなかったの。でも良かった、なんか安心しちゃった。これからもよろしくね」
美月はスカートのポケットから半分に折りたたまれた入部届けを差し出した。少ししんなりしているあたり、暑いというのは本当だったようだ。
「一応きくけど、どんな部活かわかっている？」
「ゲームをやる部活でしょ？」
「テストなら△だ。重要な要素が抜けている」
「じゃあ、競技ゲーム甲子園に出場するためにゲームをやる部活。ね、座っていい？」
美月は返事をする前にPCの前へ腰掛けた。画面には新規ユーザー入力画面が表示されている。
「○だ。所で、さっき留年がどうとか言ってなかったか」
「言ったよ」
「留年しそうなら部活動なんてしている場合じゃないんじゃないのか？」
美月は口を尖らせながら言う。グロスが塗られて、プルプルだ。
「足りないのは成績じゃなくて単位日数だから。ゲーム部で優秀な成績を収めたら進級させてくれるって…聞いてない？」
聞いてない。
「…それは誰が言ったんだ？」
「コーチョーセンセー」
ふと校長の言葉がよぎった。ときには手を焼くことも…。
なるほど。
「それが櫻井の入部動機か？」
「うん、そう」
小さく「それだけじゃないけど」と聞こえた気がした。
いかにもPC,ゲームとは無縁そうな少女がこの部活を選んだ理由は分かった。もとより途中で新設された部活だ、校風から言っても多数の入部希望者がいるとは想えなかったが、しかし最初の一人がこんないわくつきとは。
これはモチベーションを上げてやるのにも苦労しそうだ。
「しかし、単位が足りなくなるほど穴をあけるなんて、どんな理由だ？遊んでいたなら自己責任だと思うが…進級にそこまでこだわるなら最初から頑張っておけばよかったじゃないか」
そうこぼすと、美月は急にシリアスな雰囲気になっている。
「…頑張ったもん…」
「え？」
「あたしにだって色々理由があるって言ってんの」
苛立ちを隠そうともしない美月に、俺も思わず苛立ちそうになる。しかしそれに釣られては教師失格だ。
「理由を聞いてもいいか？」
「それは…」
美月は急に弱気になる。肩を細腕で抱いて、その目は
泣く。
美月の「助けてよ」が頭をよぎった。
「失礼します」
そんな時だ。既に開け放たれてしまっているその扉を叩く音と同時に、別の女生徒の声がした。
「お取り込み中、申し訳ありません。ゲーム部の部室はこちらでしょうか」
流れるような滑舌と柔らかな声だ。その女生徒は美しい所作でお
俺はその少女の姿に驚いた。なぜなら、彼女は学年一の有名人にして、こんな部活にそぐわない存在だったからだ。
「一年A組、
神崎悠珠。驚くほどきめ細やかで真っ直ぐな黒髪と、白い肌、小柄で愛らしいその容姿。今季一年生の中最高得点で入学を果たし、同時に生徒会書記に就任した才女。
一見ゲームとは無縁の、全てのロリコン事情を満たすような、貧乳少女。
この時の俺は想像できなかったのだ。健康優良な彼女に、あんな才能があったとは。
そしてそれを開花させてしまうのは、この俺なのだという事を。
「我が校の繁栄の為、全力を尽くす所存です。よろしくお願いします。斉藤先生」
競技ゲーム甲子園はその高いエンターテイメント性から多くのファンが生まれ、そして一部の層に圧倒的な支持を集めるアンチアイドルが誕生する事となる。
「共に高みを目指しましょう」
人は彼女をこう呼んだ。
デビル・サマナーと。
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