ゲームティーチャー「斉藤太」の鬼畜プロゲーマー調教講座

2限目 櫻井美月（さくらいみづき）

　週明けの月曜日、急遽（きゅうきょ）執（と）り行われた全校集会で校長自らによってそれは発表された。

「…よって、白鷲（はくしゅう）高校はゲーム部を設立する。ついては希望者は…」

　同時にその顧問として俺、斉藤太が紹介されることとなった。

　白鷲高校は今年で創立60年を迎える学校法人白鷲会の高等教育部門だ。その生徒数は450人程で、各学年150人、30名クラスが５つとなっており校舎の規模の割にその生徒数は少ないが、逆に教員数は多い。これはゆとりある環境での教育を謳（うた）う本校の教育方針に則（のっと）った配置で、高い学費にも関わらずその人気はべらぼうに高い。少ないクラス構成ゆえその倍率は抜きん出て高く、それが本校のブランドにさらに箔をつけている。

　対して中等部は800人と倍近い受け皿を持つため、エスカレーター式に上がっていくためにはライバルを蹴落とさなければならない。友人と離れたくなければ優秀な成績を示す必要があり、自ずと進んで勉強する環境が構築される仕組みだ。

　高等部への進学生の８割は同校中等部出身ということだから、他校からの入学は狭き門だ。生徒の自尊心の高さにも納得が行く。

　高等部の男女比率は３・７で、女生徒の方が多い。ちなみに教員の男女比は1･９で、もちろん男が１だ。

　そんな環境で若い男性教師はモテモテに違いない。

　そう思ったあなたは甘い。

　そもそも俺はリアルの女子高生にモテようなどと思わない。

　これは別に斜に構えているわけじゃないぞ。

　女子高生にモテるためには身だしなみを整える必要があって、健康さのアピールために体も鍛えないと行けない。

　俺はそんな金があればガチャを引くし、そんな時間があれば一体でも多くのモンスターを狩る。

　別にモテない事の言い訳ではないから、諸君らは勘違いしないように。

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「斉藤先生」

　翌日。教員室で話しかけてきたのは石橋先生だ。

「ああ、石橋先生、おはようございます」

　俺は軽く会釈した。

　グレーのスーツから覗くブラウスは今日もボタンがはち切れそうだ。

　メガネで巨乳。つまりそういうことだ。

「財務の方からこれを預かってきまして…斉藤先生にお目通し頂きたくて」

「おお！それは！」

　俺は思わず立ち上がって受け取る。

「指定の場所に運び込んであるから確認してほしい、とのことですよ」

　その上に書かれた文字を斜め読みで確認する。流石は校長、仕事が早い。

「見慣れない単語がたくさん書いてありますね…H,E,F,O,R,C,E…ヒーフォ…これはなんなんですか？」

　石橋先生が不用心に覗き込んでくると、その豊満な何かの感触が俺に幸せを運んでくる。

　やはり年上はいい。

「HeForce（ヒーフォース）、ですね。これはパソコンの部品なんですよ」

「はぁ、パソコンの」

「そう、こいつがあるのと無いのでは大違いでして。組み込むのが今から楽しみですよ」

「え、パソコンって、組み立てられるんですか？」

　先生はわぁと分かりやすく驚いて見せる。その仕草が実年齢をわかりにくくしている所が、石橋先生の魅力だ。

「ええ、ゲームをプレイするには市販のPCでは力不足な場合が多いですからね。ましてゲームで競い合うならその性能は妥協出来ませんから」

　納品されたHeForceX80Tiはグラフィック性能を飛躍的（ひやくてき）に高める部品で、市場でも８万円をくだらない高級部品だ。その他に高級部品が名を連ねている。

　ゲーム部を開設するにあたり、その資材の選定を一任された俺は、どうせならという事でこれでもかというハイスペック部品を書き出し提出した。その指定どおりに納品されている所が、本校の財務の恐ろしい所だ。これだけで軽く200万円を超えている。

「斉藤先生、凄い！」

　石橋先生は急に俺の手を握ってきた。

「パソコンの部品は小さくて複雑と伺いました。それをこの手で、組み立てるなんて…」

「あ、あの、先生？」

「先生の手はとても…優しくて、繊細なのでしょうね…。触れたら壊れてしまいそうな小さな部品達を、その指で…」

　石橋先生のアツい視線がその指先に注がれている。

「…は！し、失礼しました、斉藤先生。ごめんなさい、私ったら…」

　今日の石橋先生はなんだかおかしい。周囲を見渡すと誰もその様子を気に留めていないようだ。

「いえ、いいんですよ、ははは…」

「あ、そう、校長先生が呼んでました！」

「校長先生が？」

「はい！時間がある時でいい、って言ってました！では私は！」

　先生はそう言い残し足早にどこかへ行ってしまった。

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　社会人において組織長の「時間がある時でいい」とは「今すぐ来い」という意味である。

「失礼します」

　ノックするとすぐに返事があったので入室すると、校長先生が窓から景色を見下ろしていた。その佇まいはどこかのラスボスのようだ。

「納品書、確認いたしました。早速の手配、ありがとうございます」

　相手の心象を良くするためにはまず謝辞（しゃじ）、謝罪を先行して行うことだ。

「うむ。財務にやらせたが、何分その手の類は扱ったことがないのでな、早めに確認してほしいとのことだ。」

「かしこまりました。午後までには必ず」

「いや、何、そこまで急ぐことでは無い。ただ納品ミスが不安なのだそうだ。察してやってくれ」

　校長はそういうとこちらに振り返る。ちょうどその背中に窓が重なっていてまるで後光がさしているようだ。間違いなくレベル100以上はある。

「さて、部員の件だが、さっそく関心を示すものが集まっているようだ」

「それは」

　いいですね、は言わないのもポイントだ。

「各担任には志願理由を確認の後、手引を頼んである。早ければ本日中にでも部室に現れるだろう。部屋の準備は順調か？大変なようなら言ってほしい」

　放つ雰囲気とは裏腹に、部下を気遣う姿勢は上司として素晴らしい。どうやら俺は上司に恵まれたようだ。こんな大人になりたいものだ。ラスボスの雰囲気は抜きで。

「準備は今しばらくかかりますが、そのほとんどはPCの組み立てですから…その生徒が早めに部室に来てくれるようなら、手伝いをお願いしてみます。PCの構造を知っておくことは、ゲーマーとして大切なことですから。もし何かあれば改めてこちらから相談させて頂きます」

「そうか、うむ、遠慮なく言い給え。ときに斉藤くん」

　校長はゆっくりと歩き、俺の前に立った。

　近い。

「私は、オリンピックの舞台にたつ人材が、本校から現れることを期待している。…中には手を焼くこともあるだろう…特にあの子は…」

「？」

「いや、なんでもない。大変な事だとは思うが、頑張ってくれたまえ」

「ええ、ああ、はい、わかりました。精一杯、努めます。それでは失礼します」

校長の言いかけたことが気になったが、校長室を後にした。

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　PCの組み立ては思いの外順調だった。何分同じパーツだったので半分流れ作業だ。午前中の授業が終わり、昼休みには４台分のPCが組み立て終わり、あとはインストールを残すだけだ。

　５、６限の担当授業を終え再び部活に向かった俺は、流れるようにOSのインストールを行っていく。

　そんな時だった。コンコン、と部室の扉を叩く音がする。時刻は16時を過ぎている。

「はい、どうぞ」

「失礼します」

　ガラッと音と共に声がする。声質は若く、どうやら石橋先生では無かったようだ。

「ここはゲーム部？」

　振り返ると、女生徒が一人、仁王立ちしていた。

「一年E組、櫻井美月（さくらいみづき）。入部希望」

茶色のセミロングから覗くそのつり目が印象的な、今時風な女の子。

櫻井美月はその挑発的な表情で言い放った。

「あたし、留年しそうなの」

後の競技ゲーム甲子園大会で、ある女性プレイヤーが注目される事となる。

常軌を逸したそのプレイは対戦相手を恐怖で震え上がらせ、聴衆を熱狂させた。

―ついた通名は、「FPSの狂気」。

「ね、助けてよ。太（ふとし）センセ」