第三章 邪鬼祓の札

「ここが…江戸時代の鬼桜葉神社…!」

 豆狸についていった先には、見覚えのある鳥居とお社があった。


(…やっぱりそうだったんだ)

 私の頭の中には、初めてこの江戸の町を目にした時…この時代に飛ばされた時にいた場所と全く同じだということしかなかった。

〝もしかしたら〟鬼桜葉神社かも、だったのが、〝もしかしなくても〟鬼桜葉神社だ、に変わる。

 …なんだか鳥居の朱が私の知っている鬼桜葉神社より鮮やか…時代を感じる…

「この鬼桜葉神社は江戸の町でも有名な鬼神を祀る神社なのです。ただその鬼神というのが本当に夏夜の区の長の鬼神様かどうかはわかりませんが…」

「へぇ…そこは不明、と…なるほど」

「でも鬼神っていうのが何人もいるって感じじゃなさそうだったけどなぁ…」

「あの鬼神様が何人もいたら隠世も現世も大変なことになりますね…」

「うーん…」

「…あの、何か用ですか??」

「「「「「「わぁっ!?」」」」」」

 突然目の前に現れた男の人──20代半ばくらいだろうか──に、みんな誰だこの人、といった顔をしていたが、彼岸花の柄が入った着物を着ているのを見て、私はここの神職であるとわかった。

 だって彼岸花の着物なんてここの神社くらいでしか着ているのをみたことがないし…

 だとしたら…

「あなたが…里藤守尋りとうかみひろさん…ですか?」

「ええ、そうですが…あなたは?うちの神社の模様の着物を着ていますが…」

 やっぱりそうだ…!

「守尋さん!こいつは里藤侑都って言って、ここの神社の者の血を引いているんだ!」

「…っ!?」

「ちょ、ちょっと光…!!あ、えっと、これは、そのー…」

 守尋さんは突然話し出した光に驚きながらも、必死に私について説明をする光の話を聞いていた。



 そして一通り光が今まであったことを嘘偽りなく話すと…

「…事情はある程度理解しました。とりあえず中へお入りください」

「えっ、いいんですか!?」

 予想外の言葉が返ってきた。

 絶対わかってもらえないと思っていたのだ、その理解した、ということを聞いた時の気持ちは嬉しさ以外の何でもなかった。


 そして私たちは守尋さんのあとを追い、守尋さんの家だというところで話をした。

 まず、隠世の存在のことは既に知っているようだったので鬼神の話をした。九尾の番や犬神、青行燈、白澤の話もすると、

「そんなことが隠世で起こっているとは…あの、無理な頼みだとは思うのですが、その鬼神様のところへ行って、戦をするのを止めることはできませんか…?やはりその話を聞く限り、江戸の町が大変なことになってしまいそうですし…」

 と、遠慮がちに守尋さんは言った。

 私たちはもとよりそのつもりだったので了承をしようとしたが…

「…おそらく鬼神様を説き伏せるなんて真似、誰がしたってできません」

「や、やっぱり…」

「あの犬神様でも鬼神様の言うことにとやかく言うことはできません。九尾の番の御二方が言ったことならば少しは聞いてくださるかもしれませんが…」

 豆狸はそんな辛辣な言葉を吐き、俯いた。

 しかし九尾の番の御二方は完全に鬼神様側のあやかし、こちらの言い分を理解し、協力してくれるなんてことはそうそうないのです、と零す豆狸の表情は俯いていて見えなかったが、申し訳なさそうな気持ちは伝わってきた。


「ならば、鬼神様とやらを倒すことはできないのですか?」


「えっ」

 その守尋さんの言葉にはっと私たちは顔を上げた。

「そ、そんなことできるわけが………あ、いえ、で、できるかもしれません…」

 否定しかけて思い出したようにその事実を告げた豆狸は、続けてこう言った。

 どうやら鬼神には弱点があるらしく、そこに強大な妖力が当たれば致命傷を負わせられるのだ、と。

「こ、こんな話、してくれるのは僕くらいなんですからね、い、犬神様や青行燈様はしてくださらないですからね…!か、感謝してくださいよ…!?」と震えながら言っていたが。

「体の部位なら簡単に攻撃を当てれますが、傷口などの場合、その中まで力を届かせなければなりません…それに、特別な選ばれし“人の子”が当てなければ効果はないのです…」

「そんなっ…!」

 それでは誰がその人の子かどうか分からないのではないか。そう思ったが、豆狸は、犬神なら人の子を見るだけで特別な選ばれし人の子かどうか見分けることが出来る、と言った。

「まず強大な妖力って…何なんだ…?」

 光がそう言うと、守尋さんは少し待っていてくださいと言って、何かを取りに行った。


 そして戻ってきた守尋さんの手に握られていたのは…

妖力札ようりょくふだ、と言います」

 妖力札と呼ばれるお札だった。

「…これが妖力札…」

 見れば、呪文などが書いてあるわけではなく、中央に彼岸花と鬼火を融合させたような模様が入っているだけだった。

 本当にこんなものに強大な妖力が込められているのかと疑問に思ったが、豆狸が少し震えているのを見る限りそれは本当なのだろう。

「この妖力札は、この鬼桜葉神社の者が、その身と引き換えに生み出したとされる、強大な妖力の込められたもの。要は人の命…ただの人の命ではなくこの神社の者の命でなければ作ることはできないもの…」

「これがあれば…鬼神様を倒せるかもしれない…ということですか…?」

 優花が聞くと、守尋さんではなく豆狸が首を横に振った。

「な、なんでだ!?豆狸…!」

「倒せるんじゃねぇのかよ…!?」

 どうも納得がいかないという様子で真と光は豆狸に詰め寄った。

「その妖力札の妖力はあまりに強すぎて、我々が隠世に行く際に隠世独特の妖気と反応してしまい、大変なことになるので持っていけません…」

「…っ」

「でも…唯一持っていける方法があるとすれば…侑都さん、あなたが持って行くことです」

 な、なんで私なの…!?

 私は心の中で叫んだが、今は口出しせず、豆狸の話を聞くことに集中した。

「僕の見たところ、侑都さんはほかの四人の方々や、そこらの人の子より一層妖気や妖力に対する耐性があります」




 そしてそこから初めて聞かされた事実を前に、皆目を見開いた。なぜなら…


 ──私なら妖力札を自由に扱える、というのだから。



 *



「でもだからって妖力札を渡すだけ渡してあとは任せるって…」

「あの神職さん、実は結構面倒くさがりなのかな」

「さぁな…」

 衝撃の事実を告げられた後、頑張ってくださいね、と断りずらい笑顔で言われ、お社を出ることを余儀なくされてしまった私は、妖力札を握りしめたまま悩んでいた。

「これからどうするんだよ…」

「そんなこと僕に言われても…」

 頼りの豆狸も頭を抱えていたが、何かに勘づいたようにふっと顔を上げると、

「でも…なんとかなりそうです」

「ど、どういうこと…?」

「…青行燈様が迎えに来てくださいました」

 その言葉に私も顔を上げると…

 現世に行くとなった時と同じように、再び私たちの視界は青の鬼火で埋め尽くされた。



『おかえりなさい』



 優しく包み込むような柔らかい声が聞こえ、目を覚ますと…

「青行燈…様……??」

「そうよ、気がついた?」

 そこは青行燈のお社だった。青行燈の声で起き、体を起こすと、まわりには横たわるみんなの姿があった。

「彼らはまだ起きなさそうよ。ほら、豆狸様なんて死んだように寝てるわ。久々の現世に妖力無駄遣いしちゃったみたいね」

 そう言われて青行燈の視線の先には、本当に茶色い毛玉のような小さな狸になった豆狸が。

「獣のあやかしは妖力使いすぎると人に化けるための力が無くなってこうなっちゃうの。まだ会ったことないでしょうけれど、犬神様や九尾の番も疲れすぎるとたまにころっころのもふっもふの、こんな姿になるのよ」

「そうなんですね…」

「ふふっ、すっごく可愛いわよ、まぁ普段獣になるよう言ったらそれはもう恐ろしい獣になっちゃうけど、疲れてるときの小さな姿なら可愛らしいわ」

 青行燈の言うそれを私は見てみたいなぁと密かに思いながら、暇つぶしにでも、と話し出した青行燈の、普段の沙冬の区の様子の話などを静かに聞いた。

 町で売られる行灯や提灯の鬼火を商店の店主に定期的に分け与えたりする話や、春麗の区の一つ目小僧がよく小鬼を連れて遊びに来る話、沙冬の区ではよく池が凍るという話などを青行燈は話してくれた。

 初めて知ることばかりで聞き入っていると、ふと気がついたように、

「あ、そろそろ起きる頃なんじゃないかしら?」

 と言って、青行燈はみんなのほうを見た。

「ん…あれ、戻ってきてる…?」

「俺確か江戸の町に…」

「しっかりしろ真、隠世に帰ってきたんだぞ」

「え、いつの間に…」

 ようやっとみんながのそのそと起き出した。

「豆狸様はまだ寝てるのね」

 そう言って青行燈は豆狸に鬼火をすっと飛ばし、半ば強引に起こした。

「…まだ寝てたい……んーー……って、うわぁぁっ!?青行燈様っ!?!?」

 豆狸は起こしたのが青行燈だと気づくと飛び起きて「わぁぁすみませんんんん!!」となかなか起きなかったことを超高速で謝った。

「相変わらず妖力消費が早くて燃費悪いのね」

 …妖力の消費に燃費が良い悪いなんてあるんだ……

 豆狸は自らの頭をかきながら申し訳なさそうにしている。

 言われてみれば確かに…なんだろう、どこか元気というか活気というか…なんだか無い気がするなぁ…

「まぁ今現在の現世の状況を知ることができたようだから、秋風の区に行くための特別な提灯…燈提灯ともしびちょうちんを作ってあげるわ」

「ほ、本当ですかっ!?!?」

「ええ勿論」

 青行燈の口から嬉しい言葉が出てきたことで寝起きでぼーっとしていたみんなの顔がぱっと明るくなった。



 *



 燈提灯を作る過程はとにかく凄まじかった。

 青行燈が両手を合わせてからふっと離すと、手と手の間にバチッと青白い火花が散り、今までの青い鬼火とは全く違った色味の鬼火が出現した。

 そして、火の灯っていない提灯の火をつける部分にその鬼火を近づけ、火を灯し、火袋を引き上げる。

 よく見ればその火袋は薄く水色に色づいており、その綺麗さに思わず見惚れてしまった。

「わぁ…綺麗…!!」

「す、すげぇな…」

「でしょう?この提灯はそこら辺の売っている提灯とは違うのよ」

 青行燈は、沙冬の区のあやかしが簡単に秋風の区に行けるようになると犬神に数秒で喰われてしまう可能性が高いから容易にそこら辺ですぐ秋風の区に行けるようになるものこれを売ることはできないのだと教えてくれた。

 にしてもこれは本当に綺麗だ…

 私は頭の中で平成の世にあるほうの自宅に置いてある提灯を思い浮かべる。

 確かにあれはあれで彼岸花の模様も付いていて綺麗だけど…

 やっぱりあやかしがつくり出すものには敵わないらしい。

「よし、これで秋風の区にいくための準備は整いました…!」

「豆狸様、あなたが秋風の区に行くだけでも結構危険なのに、さらに犬神の大好物の人の子を連れて行って危なくないの?」

「その点に関しては、この人の子の中に特殊な体質の者がいるので大丈夫です!」

 胸を張りながら私たちのほうを向いてそう言う豆狸。

 特殊な体質…?

 それってやっぱり…

「そう…気をつけてね?いってらっしゃい。また暇があれば戻ってきなさい」

 にこりと微笑む青行燈に私はさっきまで考えていたことをぶんぶん頭を振って他所にやり、行ってきます、と言うと、沙冬の区を出るため、お社から秋風の区の門まで歩き出した。



 ───青行燈に気づかれないように細心の注意をはらって隠していた妖力札を握りしめながら。

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