第3話/Bパート


 オフィスビルの隙間にささやかに存在する、小さな緑地。昼休みはOLたちの憩いの場ともなるその公園で、オフクローとジャンキーホワイトは激しい戦闘を繰り広げていた。

 ちらほらと雪が降りだし、お互いの弾む息は白い。

 どこかで、クリスマスパーティーでもしているのだろうか? 遠くで、朗らかな鐘が鳴り響いている。さながら二人の運命を決する、裁きの鐘のように…!


「ぐぅっ……! くそ、これならどうだ!! オール・グリン・ピース!!」

「効かないって言っているでしょっ!」


 オフクロー渾身の攻撃が、またも容易く弾かれる。しかし、ジャンキーホワイト自身も慣れない戦闘のせいだろうか、既に体力の限界のようであった。だが、それでも不敵に笑ってみせるところが、彼女の強さであろう。


「いい加減に諦めたらどう? おまえの攻撃は、あたしに通用しないのよ!」

「く、くそっ!」


 悔しがるふりをしながらも、オフクローは、慎重に彼女の隙を窺っていた。今彼が習得している攻撃は、ことごとく通用していない。

 ――それでも。母に託された奥の手、これがある。信じがたいが、もはやその「奥の手」以外に手はないところまで追い詰められていた。

 彼女の疲労はもはやピーク。繰り出すならば今しかない!


「さあさあ、さあさあ! 負けましたと言いなさい! もう、働く人たちをあなたの都合で左右するような、そんな正義気取りはやめなさいッ!」

「断る! 身を粉にして働く背中は、生き生きと労働に打ち込む姿は、確かに尊い! だがそれは同時に、けして強制されるべきものではないんだ! その影にある涙を、悲しみを、報われない忍耐をッ!! 俺は見過ごすわけには、いかないっ!!」


 オフクローは! 雪空に向けて、力いっぱい手を掲げる!!

 その手の先に、光るはほのかな蝋燭の灯。ポッポッポ……と、弾けるような音を立て、円周上に灯った24本の蝋燭が、雪風に負けず急速回転し始める……!


「雪の日の、今宵限りの奥の手だ!」


 にまりと笑うオフクローの手には、真っ白なデコレーションクリームと贅沢に苺をあしらった、サンタの砂糖菓子が乗ったもの!

 そう! クリスマスケーキだ!!


「食らえッ! クリスマス・ケーキ・シュガークラアアアアアアアアアッシュ!!」

「ふん、手作りケーキとでも言うつもり!? そんなもの効くはずが……!? きゃああああッ!!」


 予想外のダメージに、ジャンキーホワイトが弾け飛ぶ。


「なっ、なぜっ!?」

「そのケーキをよく見ろ、ジャンキーホワイト」

「えっ? はっ……!!」


 ぺろりと、頬についたクリームを手の甲ですくい、舐めとると――ジャンキーホワイトは驚愕に眼を見開いた。


「こ……これは手作りケーキじゃない! ケーキ屋さんのケーキでもない! どこにでも……それこそコンビニにでも置いてある、メーカーの、量産型のホールケーキに、サンタの飾りを置いただけのものじゃない! これのどこが、『おふくろ』のクリスマスケーキだッていうの!?」


 立ち上がろうとして、ガクリと膝を折る。回復できない彼女の前に、足音を立てて、割烹着姿が近づいていく。


「……さすがだな。その通り、遅くまで開いているコンビニのケーキだよ。ジャンキーホワイト」

「なっ……おまえにはオフクローとしてのプライドはないのっ!? こんなの『おふくろの味』じゃない!」

「そんなものは関係ない。君は、何か勘違いをしているよ。手作りが『おふくろの味』だなんて、決まっているわけじゃないのさ」


 ちらつく雪が、肩に乗る。その冷たさにか、別の理由か、ジャンキーホワイトの肩が震えた。


「クリスマスとは、想い出だ。例えクリスマスケーキを手作りする暇もないほど忙しい親でも、クリスマスに何かを用意してやりたいと子どもを想い、精一杯準備したものなら。 出来合いのケーキでも、フライドチキンのパックでも、例えコンビニのお菓子でも!! それは『おふくろの味』なんだ! 君にも、そういう想い出があった。だから、攻撃が効いたんだ」

「そ、そんな屁理屈……っ!」


 わなわなと震えるしなやかな指先を、伸びた白木の菜箸が打ち付ける! 初めての有効な攻撃に、彼女の武器、オニオンリングが消滅した。


「あっ……!」

「今日こそ正体を明かしてもらうぞ。ジャンキーホワイト!」


 ジャンキーホワイトは慌てて欠けた仮面を腕で隠し、最後の力を振り絞って飛び退った。

 料馬の錯覚か、はたしてその下には彼のよく知る顔が……!

 硬直したオフクローから、さらに大きく距離をとり。大きくかぶりを振って、悪の衣服をまとった少女が絶叫する。


「うるさいうるさいうるさい! 『おふくろの味』なんていらない! 手作り料理なんか大っきらい!! あたしには、パパがいればそれで十分なんだものっ!!」

「ジャンキーホワイト……君は、まさか」

「……今夜は負けを認めてあげる。でも、その傲慢を忘れないで」


 一度、しゃくりあげるように肩を上下させ。仮面を腕で隠したまま、ジャンキーホワイトは遥か雪の向こうに走り去っていく。


「ジャンキーホワイト!!」


 呼ぶ声は雪に消されて届かない。ホワイトクリスマスに沸く街の片隅で、彼は小さな背中の消え去った場所をただ、見つめていた。



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