第3話/Cパート
翌日。
クリスマス当日は、昨日からの雪が降り続き、電車が止まるとのニュースが流れていたせいか、驚くほど客は少なかった。
そんな時間にも、僅かならいつもの通りやってくる客はいて、白緑 亜緒もその中の一人だった。
閉店間際、火を落とそうかという時間帯に、傘をさしては訪れる。最後の客に彼女を見つけ、玲実がニコニコと料馬のことを呼びに来た。
「ね、料馬ちゃん。お客さんもいないし、ク・リ・ス・マ・ス・だ・し~☆ もう閉店だからさ。ちょっとお話してきたら?」
「レミ姉その口調やめて」
料馬は半眼でいとこを押しのけた。
カウンタ前には、雪に降られた亜緒が、ぽつんと一人立っている。
「……あの、もう帰るし。いいから」
「そうだな。せっかくだから、おいでよ亜緒ちゃん」
遠慮する彼女に構わず持ち帰り用の店を閉めて勝手口に回り、裏口から出た。
今年初めの本格的な雪は、音もなく振り続いている。彼女を庇の下に招き入れると、よく見ればフライドチキンのパックを抱えていた。亜緒は帰りたいのに玲実の手前断り切れなかったのが不満らしく、ぶすくれていた。料馬はそんな彼女を腕を組んだままでただ見ている。
「……何見てんのよ」
睨まれた。
「それ、パーティー用のパックだろ。家族とクリスマス?」
「帰っても誰もいないし」
「じゃあ友達と?」
亜緒がキッとなって振り返る。
「一人よ、ひ・と・り。悪い!?」
かち合った視線に軽く赤面し、こほんと二つ結びの毛先を跳ねさせ、咳払い。
「い、いいの。構わないでよね。……どうせ、またすぐに転校するかもしれないし、この街にずっといるわけじゃないんだから。友達なんて邪魔なのよ」
「そうなのか?」
「パパの仕事はいつも急なの。世界中日本中、あっちこっち。うちに帰ってこないことだって多いし……佐原君にも言っておいてよね。あたしの食生活に文句は言わないで。そりゃ、ジャンクフードばっかりが良いって思ってるわけじゃないけど。これまでだって死ななかったもの」
料馬は、高い位置から彼女を見下ろし苦笑した。
見上げるのと見下ろすのでは、だいぶ印象が変わるものだ。
「なあ、亜緒ちゃん」
「ん?」
「さっき前にいたガキもさ。よく亜緒ちゃんの後に時間ぎりぎりにやってきて、いっぱい持って帰ってくれる工場の兄ちゃんもさ。この先、皆がずっとこの街にいるわけじゃないじゃん? 俺だって、定食屋を継ぎたいとは思ってるけどさ。潰れちゃったり、気が変わって進学するかもしれないだろ」
訝しげに眉をひそめた亜緒に、料馬が照れたように笑う。
「ずっとここにいるわけじゃないのは、亜緒ちゃんだけじゃないんだよ。でもな、帰ってきて、このコロッケ食べたら、帰ってきたなーって思ってもらえるようになるのが夢なんだ!」
開けっ広げな笑顔に、僅かに目を見開いてから。
亜緒はふうん。と呟いて、先ほど買ったばかりのコロッケに視線を落とした。
「辰巳くんは、この街の人の、おふくろさんになりたいの?」
「あはは、鋭いな。実はそうなんだ」
ある意味では、既にそうなのだ。
辰巳 料馬は笑ってみせる。彼女に正体を知られていようがいまいが、この事実だけは変わらない。
「……そ。せいぜい頑張ってね、「オフクロ」さん」
「ああ! ……でさ。どうせ一人なら。よかったら、うちでクリスマスケーキ、食べていかないか? うちはみんな仕事で忙しいからさ、コンビニの売れ残りなんだけど、それでよければ」
断ろうと口を開き掛けた彼女に、広げた掌を突きつけてにっこりと付け加える。
「――ああ、そうそう」
出動前の、いつもの顔でにまりと笑う。
「知ってるか、亜緒ちゃん。クリスマスケーキだけじゃない。最近じゃ手作りじゃない冷凍食品や惣菜も、おふくろの味って言うんだぜ…?」
「……! …――そう……。あなたの決意は分かったわ」
満足げに口の端を広げる料馬を見返して、無表情だった白緑 亜緒は、意地悪そうに、それでも確かにくすりと笑った。
肩の脇に上げた右手は大きく広げられ、何時の間にかフライドチキンのパーティーパックから取り出した円盤状のリングが五本指の上を高速で回転している。
「せっかくのクリスマスだものね。オニオンリングも一緒にいかが? きっと、油切れが良いと思うわよ」
そう――オフクローとジャンキーホワイト。どちらが正義で、どちらが悪なのか。それは、勝敗がつくまで分からない。決まらない。
この先も毎晩続く戦いの、素顔同士の初の対決。
一触即発のクリスマスの夜が、始まろうとしていた。
『オフクロー!』/完!
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