第3話/Aパート

 クリスマスイブ。どこか浮かれた雰囲気の漂う、県立おこげ学園高等部の放課後である。

 体育館への通路は裏門への近道なので、帰宅途中に通る生徒はかなり多い。家の手伝いのため、いつもの通り助っ人の誘いを断り終えた料馬は、校舎の影をポツンと歩く二つ結びの黒髪を見つけた。白緑 亜緒である。


「亜緒ちゃんはカニクリームコロッケが好きなの?」


 亜緒が勢いよく振り返る。まんまるく見開かれた瞳に、料馬もしばし面食らった。苦笑して、


「毎日買って行ってくれてるだろ。ご贔屓にありがとうございます」


 手を上げてにんまりとする。亜緒は、名前で呼ばれた困惑もあり、斜め下の柱に視線を落とした。


「別に……帰り道にあるだけだから」

「そうなのか? ま、いっか。じゃ、またうちの店でな!」


 亜緒は、軽快に走り去る背中を見つめていた。体育館通路の空気は冷たい。スカートがそよぐ。


「……そう、だよ」


 呟いた声は中庭の土にぽとりと落ちて、誰にも届かなかった。



 その晩。

 またも忍び寄る悪の気配に、コージン様が騒ぎ立て、今宵も料馬はオフクローへとその身を変えた。


「割烹慈母神・オフクロー! ほいじゃ、ちょっくら行ってきます!」


 いつも通りの名乗りを上げながらも、かすかに顔に陰りがある。心の片隅に、昨晩現れた謎の女が引っ掛かっているのだ。

 まさに飛び立とうと身を沈めたその瞬間、勝手口から小柄な影がぬっと出た。


「待ちな!!」

「!? お、おふくろっ!」


 料馬を呼び止めたのは、はたして先代オフクローの芳江だった。

 腕を組み、息子、いや次代のオフクローを睨みあげる。


「……コージン様に聞いたよ。昨晩は、ジャンキーホワイトとかいう女の子に、無様にぼろ負けしたそうじゃないか」

「えっ、ちょ、なんで知って……! コージくん!」


 コージン様を思わず睨むが、炎は揺らめくばかりである。母は、バッと手を広げて、息子の視界を遮った。


「いいかい。今夜もどうせ、彼女は出るよ。そして今の未熟なあんたじゃ、そのジャンキーホワイトって子には、おそらく勝てない。張り合っても負けるだけさ」

「なんだって? どうしてそんなことが分かるんだ!」

「長年の経験からくる、『勘』さ。それでも、どうしてもというのなら……ひとつだけ、方法がある。今夜限りの方法がね」


 辰巳家遺伝の笑い方で、母はニヤリと口の端を上げた。

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