第2話/Aパート

 期待に満ちた母の意向に反し、当初料馬はその役目を断った。


「やらない」


 母に殴られた。

 ひりひりと痛む頬を押さえながら、塩むすびを頬張る。痛い。

 が、海苔をまいただけの塩むすびは美味しかった。

 ひとしきり食べ尽くしてから反論する。


「だいたい、オンナがやることなんだろ。そんなキューティアメープル(※作者注・四年前に日本で流行っていた少女の変身アニメ)みたいな奴が必要なら、いとこのレミ姉にやらせればいいじゃないか。一応、同じ辰巳家だろ?」

「そりゃ、玲実ちゃんがうちの娘だったらどんなに良かったか!」


 息子の目の前で目頭に前掛けを押しつけ、芳江はおおげさに溜め息をついてみせた。

 料馬は少なからず傷ついた。ような気がした。母親のちょっとしたジョークが子どもの心にさり気ない傷を残す例である。

 代々女性が継いできた「おふくろ亭」だが、料馬はあいにくの一人息子。母の芳江は、当時、アルバイトとはいえ親戚が看板娘となってくれたことに大喜びだった。


「つまみ食いもしないし、服も毎日何枚も汚さないし。可愛いエプロン買ってやれるし! お客も増えるし! ほんっとに娘が欲しかったよ!! それでも、うちの子は料馬、あんたしかいないんだ。『割烹慈母神・オフクロー』は一子相伝。これは侵しちゃならない伝統なのさ」


 と、言葉を切り、頬に手を当て。


「まあ……料馬が玲実ちゃんと結婚してくれるなら、別に玲実ちゃんでもいいんだけどねえ」


 料馬は慌てた。


「な、何言ってんだよ! 無理だよ! レミ姉は高校生じゃないか!!」

「だろ?」

「『だろ?』じゃないよ! おふくろの味を思い出してもらうだけなら、この店頑張ればいいだけじゃないか! そんな……オ、オフクローとか恥ずかしいことしなくても、俺はこの店を今より大きくしてやるよっ!!」


 言い捨てて席を立った料馬を眼だけで追い、芳江が笑顔で涙を光らせる。


「ふっ……立派になったのは図体だけかと思っていれば……父ちゃん。あんたの息子は、料馬は立派に育ってるよ……」



「かーさん。僕の書類カバンどこ行ったかね? またちょっと会社に顔出してこなくちゃいけないんだけどー」

「知らないよ! 今忙しいんだよ見れば分かるだろ!」


 なお、婿入りのさがか、たまにぞんざいな扱いを受ける料馬の父親であったが、実際はきちんと毎日会社に行っていた。



 そんなこんなで。

 母からの変身要請に反発しながらも、オフクローの修行は定食屋の跡継ぎとしての勉強と被るところが多くあったため、料馬はしぶしぶながら、毎晩戦いに出る母親を、コージン様の傍で送り、帰ってきた母を出迎える日々を続けていた。

 それでも、自分自身の意志で変身することも、街に出て組織と戦うことも、けしてなかった。母の裏の顔を知ってもなお、料馬には、24ブラック達と戦う意味を見いだせずにいたのだ。

 ――だがしかし。

 ぬるま湯のような日々は、唐突に終わりを迎えることとなる。

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