290帖 やっぱり喉は渇く
『今は昔、広く
9月4日、水曜日。
ちょっと寒気がして目が覚める。空は薄明るくなった頃。
周りを見てみると、ビバークをしたこの場所は平野部から丸見えの場所やって、僕はまだ見えぬ得体の知れない「敵」に恐怖を覚える。
「ミライ、起きて」
「う、うーん。おにちゃん、おはよう」
「おはよう」
昨日は暗くて分からんかったけど、ミライの顔は砂埃でかなり曇ってた。髪の毛の砂を払い手拭いを水で湿らせ、まだ寝ぼけたミライの顔を拭く。それをミライは嬉しそうに受けてる。
よし、綺麗になった。やっぱり可愛い。
そんな事を思ってる余裕は無いけど、思わずキスをしてしもた。
「今度はおにちゃんね」
と、僕の手拭いを取り僕の顔を拭こうとしてくれたけど、
「僕はええわ。それにこの場所はヤバそうやし、直ぐに移動しよ」
と断わる。
「そうなの?」
「ああ、そうや。あっちから丸見えや」
パッキングも適当にして、このまる見えの場所を立つ。なんとか20分程で稜線を越えて反対側へ隠れられた。
まだ太陽は出ておらず風も冷たく、立ち止まると直ぐに体温が下がる。ミライは少し震えてる様や。
「何か暖かいもんでも食べよか」
「そんなの出来るの?」
「コッヘル(鍋兼食器)ならあるで」
「うん!」
稜線から少し下って、風を遮れる所でリュックを降ろす。ミライは自分の鞄から大きな布を出してそれを頭から纏い、辺りをウロウロしだす。
僕がリュックからコッヘルと携帯コンロを取り出して炊事の用意をしてると、そこへミライが枯れ草等を持って戻ってきた。
「もしかして、それを燃やそうと思って集めてきてくれたん?」
「あれ、そうじゃな無いの」
「これがあるから大丈夫や」
と、携帯コンロを見せる。
「へー、こんなのがあるんだ。やっぱりおにちゃんは何でも持ってるのねー」
と笑ろてた。
ポンピングしてガソリンタンクに加圧し火を点け、コッヘルに水を入れてコンロに載せる。それを見ながらミライは昔の話しをしてくれた。
夏の放牧に出た時、枯れ草や枝を集めてくるとそれを燃料にして石のカマドで「お兄ちゃん」が料理を作ってくれたそうや。時には肉を焼いたり、食べられる野草でスープを作ってくれたそうや。そやけどそのスープは余り美味しくなかったとか。そんな話しを懐かしそうに語りながら、僕の作業もじっと眺めてた。
お湯が湧くまでの間、残ってるはずのコンソメスープの元を探す。ラッキーな事にまだ3ブロックも残ってる。この先、
仄かにいい香りがしてきたけど、具が何もあらへん。これではお腹も膨らまへんし、まさかカロリー補給食品を入れる訳にもいかず困ってると、ミライが干し肉の塊を取り出した。ハミッドさんのカバンに入ってたヤツや。
「これを少し頂きましょう。おにちゃん、ナイフを貸してね」
ミライにナイフを渡すと、ビーフジャーキーみたいな乾燥した羊肉を細かく切りながらコッヘルへ入れていく。お玉でかき混ぜると、スープの色は濃くなり匂いもまんざらではない。それに、これもハミッドさんが持ってた袋から一つまみだけ香辛料を頂いてコッヘルに入れる。これで一気に香りが良くなった。
「もう良いわよ」
コンロの火を消すとミライが小コッヘルに取り分けてくれる。
二人で、今は亡きハミッドさんに感謝の気持ちを捧げつつお祈りをする。
ほんでスープを飲んでみると味は少し薄かったけど、香辛料もきいててなかなか美味しい。スルメみたいになった羊肉も歯ごたえがあって腹の足しになったし、なんと言うても身体が温まってくる。
そんな質素な朝ご飯やったけど、二人でニコニコしながら楽しむ。
インスタントコーヒーもまだ残ってたし飲みたかったけど、水が後500cc程しか無かったんで諦めて片付け、パッキングをする。
出発の準備が出来た所で太陽が出て来た。もう一度この先の進路を考えてみたけど、地図も無いんで、やっぱり昨日の夜に見えてたアルビルの街を目指す事にする。
朝ご飯を食べて気分に少し余裕が出てくる。すると何の根拠も無いけど、なんとなく敵はもう来うへん様な気がして気分的にも楽になった。それはミライも同じ様で、またしんどい登りが始まったけど、昨日とは違ごて時々会話をしながら登る。
それでも一応稜線に隠れながら進んで行く。太陽が出ると一気に暑くなってくる。途中小休止を取りながら進むけど、その度に水分を補給するんで次第にポリタンの水もなくなりかけていった。
暫く進むと稜線は東の方へ向かってる。昨日見えたアルビルの街は北西方向やし、一旦山を下る事にする。
お昼前、山の中腹で休憩をする。やっぱりお腹が空いてきた。
「ミライはお腹空かへんか?」
「うん。お腹ペコペコ」
それならと、最後の1袋となるカロリー補給食品を取り出して二人で分けて食べる。勿論お腹は膨れんけど、初めてこれを食べるミライは、
「美味しいねー。チーズの風味が素敵。ジャポンにはいろんな食べ物があるのね」
と喜んで食べてくれた。
残った最後の水は、ミライに渡す。ミライは気を使こて断ったけど、
「山登りに慣れてるさかい、僕はまだ大丈夫や」
と無理やりミライに飲ませる。
「ありがとう。おにちゃん」
そう言いながら申し訳なさそうに飲んでる。でもやっぱりミライにはこの山歩きは相当きついんやろう、一気に飲み干した。
水は無くなった不安はあったけど、
「1日位飲まんかっても大丈夫やろ」
と、明日にはアルビルに着く気で居った。
ほんでもやっぱり喉は渇く。僕は我慢できたとしたとしても、ミライにはちゃんと水を飲ませてやりたい。
「何処かにサボテンでも植わってて、それを切ったら樹液が溢れ出てきて喉の渇きが癒せる」
みたいな、昔見たアニメを思い出しながら辺りを見回してたけど、そんなサボテンは何処にも無かった。水無しで砂漠の山を越えられるんか少し不安になってたき。
つづく
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