291帖 草叢の奥
『今は昔、広く
軽食を摂ってから1時間位歩いた。喉も乾いてきて、僕もミライも口数は減ってる。
飛行機の音が聞こえたんで空を見上げてみる。かなり低空で飛んでる様や。
確か制空権は
ダメ元で手を振ってみるけど、やっぱり何の反応も無かった。
徐々に山を下って行く。このまま街に着いてくれたらと思たけど、見える範囲には何も無い。岩と砂だらけの山ばっかり。
それでも小さな谷底に下りてきた時、久しぶりに青々とした草木が見えた。
川でもあるかなぁ。
気温は40度を越えてたし、既に喉はカラッカラ。なんとか望みを掛けて草木が生えてる所に行ってみる。
草の中を進むと川らしきもんがあったけど、それは水が流れた跡で今は干上がって湿ってもない。
「ああ……、残念」
と思てたら、
「おにちゃん、こっち!」
と言うミライの声。ミライが進むその先に小屋らしきもんがあった。
「おお!」
誰か居るかと期待して近づく。
「これは夏小屋だよ」
「夏小屋?」
「そう。夏に放牧で山に来た時に泊まる小屋よ」
僕はそうっと小屋に近付いてみる。
結構ボロい小屋。壁は隙間だらけで中が見える。
中は何も無いけど、なんとなくつい最近まで使こてた様な形跡や焦げ臭い匂いがまだ残ってた。
その間、ミライはあちこちの
「何かあるんか?」
そう叫んだけど、ミライの姿は見えんようになってしもた。リュックを降ろし、背中の汗を乾かしてるとミライの声が聞こえた。
声のする方へ少し坂を登って行くと岩の向こうから、
「おにちゃん、こっちだよ」
と言うミライの声。
岩の先には少し大きめの木々が生えてて、草もぎょうさんある。その中にミライの姿を見つけた。
「ほら、見て」
ミライの指差す先には石で囲った風呂桶ほどの広さの水溜まりがある。
深さ30センチ程の水底には落ち葉や枯れ草が溜まってたけど、水は無色透明で何となく冷たい気がする。
我慢できず僕はその水を手で掬い飲もうとすると、
「おにちゃん。そこは羊や山羊が飲む所よ」
とミライが笑いながら言うてる。
「へっ?!」
「こっちへ来て」
ミライに付いて草叢の奥へ行ってみる。そこには岩の隙間から水が染み出してた。
「ここならいいわ」
「飲めるよな?」
「ええ、飲めるよ。だって夏小屋には何日も泊まるのよ。だから小屋があったから絶対に泉があると思ったのよ」
と得意そうに言うてる。
「ほんなら……」
手で水を掬う。冷たくて気持ちいええ。ほんで口に運ぶ。
何時間ぶりの水やろう。喉を通った水は直ぐに身体に吸収されていく。
ミライも飲む。僕ももう一口飲んだ。なんか生き返る様やった。
僕は小屋に戻ってポリタンとシェラカップを持って再び泉へ。ポリタンに水を入れながら、シェラカップで水を汲んでたらふく飲んだ。
ミライはと言うと少し奥の林でゴソゴソしてる。2つ目のポリタンに水を入れてるとミライは笑顔で戻って来る。
「ねーねー、おにちゃん。見て見て」
ミライの両手には黄色い木の実が5つ程載ってる。
「何、それ?」
「えーっと……、アプリコットよ」
アプリコット! スモモ? ああ、杏か。
そう思たけど、僕の認識してる杏や無い。杏て言うとどうしても乾燥したもんしか思い出せへん。もしくはジャムや。
「食べられるんか?」
「ええ、甘いわよ」
もう既に旬は過ぎてるんやろ、皮はしなびてたけど、その分完熟してる様や。
ミライは草の上に腰を降ろし、杏の皮を剥きだす。その実は完熟した桃の様な色で見てるだけで涎が出てきたわ。
「はい、おにちゃん。食べて」
皮を剥かれた実を受け取り、一口食べてみる。酸っぱいかなと思たけど、そんなことはない。めっちゃ甘く感じた。
「美味しいわ。めっちゃ甘いなぁ」
思わずがっついて食べてしもた。
「もう一つ食べる?」
「ええのんか」
「どうぞ」
あまりの美味さ甘さに惹かれて立て続けに2つ目も頂く。少し酸味は感じるけど、それが甘さを挽き立ててなんとも言えん美味しさや。最後は種までしゃぶってしもた。
「まだ食べる?」
「ええよ。ミライも食べや」
「それじゃぁ」
ミライも杏に齧り付く。
嬉しそうにニコニコしながらその実を頬張るミライ。その仕草がなんとも可愛らしく、食べる姿に見とれてしもた。
そんな僕に笑顔で応えてくれる。なんとも幸せな瞬間。ミライが杏の妖精に思えてしもた。
剥いてくれた杏をもう一つ食べて僕は立ち上がる。
「まだアプリコットはある?」
「うん、もう少し残ってるわ」
それを聞いて僕は奥の林へ向かう。
木にはまだ5、6個程実が残ってたけど、それは全部梢の上の方。背の低い木やったけど、ミライは木を登って取ったんやろか。僕も木に登ってみる。
ガサガサと音を立てながら登ると、実を手にする前に杏は落下していった。
なるほど。落ちた実を拾ったんや。
僕も思いっきり木を揺さぶったり蹴ったりしたけど、あと3つは落ちてけえへんし、諦めて落ちた4つだけ拾う。
他にも無いかなと思て奥の木を眺めると、色が紫色の実がなってる木を見つけた。
その木の実は幹を蹴っても落ちてけえへんし木に登る。まだ熟してないんか、しっかりと枝に付いてた。それを一つ取ってミライの所へ戻る。
「こんなんもあったけど」
とミライに見せると、
「それはプラムだよ」
プラム? 梅かぁ?
それにしては実がでかい。
「食べられるんか?」
「食べられるけど……」
と言うミライは笑ろてる。
食べられるんやったら食べてみよと思い、皮を剥いて齧り付いてみる。
酸っぱ!
味はスモモに似てるけど、めっちゃ酸っぱくて食べられたもんやない。思わず遠くへ投げ捨ててしもた。
それを見てミライは、
「もう少し経たないとね。まだ早いから酸っぱいのよ」
と言うてケラケラと笑ろてた。
「はい。これを食べて」
皮を剥いた杏を僕に渡してくれる。
それを食べてお口直しをする。さっきより余計に甘く感じたわ。
この夏小屋のお陰で僕らは命拾いをした。
つづく
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