287帖 心臓マッサージ

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 ハミッドさんの身体に付いてるガラスの破片を払って心臓に耳を当てる。そやけど鼓動は聞こえへん。

 ほんでも、


「もしかしたら蘇生出来るかも」


 と心臓マッサージをする。


 ハミッドさんっ!


 喚きたい気持ちと涙を堪えてハミッドさんの胸を押す。

 そやけど押せば押すほど口と鼻から血が吹き出し、腹から血が滲み出してくる。

 目の前で起こってる事がなんなんか訳が分からん様になってた僕は、それでも最後の望みを掛けて必死に胸を押す。


 ハミッドさん!


 と心の中で叫びながらも何度も何度もハミッドさんの胸を押す。


 その時、一瞬ハミッドさんの身体が動いた様な気がしたけど……、でもそれっきりやった。その後、何回も押してみたけど反応は、無かった。


 諦めたくないけど、終わった様な気がした。

 僕は心臓マッサージを止め、見開いてるハミッドさんの目をそっと閉じた。



 それからどれくらいか経ったか分からんけどハミッドさんを眺めてた。


 なんでこんな事になったんや……。


 あれやこれやと頭の中がこんがらがって考えられん。できれば今起こった事はナシにして欲しい。戻れるなら時間が戻って欲しい。


 すると車が攻撃されるまでの記憶が何度も蘇ってくる。そしてハミッドさんの、怖い面構えやけど、車を運転しながら振り返りざまに見せるあの笑顔が何度も頭の中に浮かんできた。


 足を伸ばし、両腕を地面に付いて空を見ながら泣いた。悔しくて涙が止まらへん。嗚咽も漏れて、多分顔はくしゃくしゃやったと思う。


 どんだけ時間が経ったか分からんけど、涙が枯れる程泣いた。泣いてもハミッドさんはもう戻って来うへんけど、泣かずには居られんかった。



 その時、遠くでまたシューっという音と共に爆発音が聞こえる。台地の下の方、僕らがやってきた道の傍で爆発したみたい。地面を振動が伝わって来る。それでハッとして、僕の視界の中に居るミライの姿を認識できた。


 このままやったら二人とも死んでしまう。


 そう思て僕は逃げる事を考える。


 山の方へ行ったら隠れられるし、ほしたらなんとか逃げられるかも。


 ミライの身体を抱きか抱え岩陰から立ち去ろうとして、ハミッドさんの亡骸が目に入る。どないしよと考えながらも少し坂を下った所にある大きな岩の向こう側に入った。少し窪みがあって、ここなら安全かも。


 ミライを岩にもたれかけて考える。ハミッドさんの亡骸をこのまま放おって置けへんと思い、もう一度さっきの岩陰に戻り亡骸を岩の窪みまで運ぶ。そしたらまた涙が溢れてきた。


 そやけど泣いてたってどうしょうもない。これからの事を考えんとあかん。兎に角ハミッドさんの亡骸は砂に埋めよと思い、窪みの砂が溜まってる所を掘る。なかなか掘れへんしどないしよかと思てたら、折りたたみ式のスコップを思い出す。確かリュックに入れといたままや。


 そや、荷物を持って来んと。


 これから逃げるにしても水も食料も必要や。そやし僕は車に戻る事を決意した。


 辺りは大分暗くなり多少動いても敵には見つからんやろう。そやけど暗視カメラや赤外線カメラで見られてたら見つかって射撃されるかも知れんと思い、少しずつ進み安全を確認しながらなるべく姿勢を低くして車に近づく。漏れたガソリンやオイルの匂いが鼻を突く。


 ひっくり返った車のトランクは開いてて、僕のリュックが転がってる。その傍にミライとハミッドさんのカバンもあった。


 僕はリュックをそうっと車の陰に引きずり込む。同じ様に2つのカバンも回収して引きずりながら大きな岩の窪みまで戻ってきた。


 リュックを開け、まずポリタンを出して水を飲む。飲んでから気が付いたけど、口の中はカラカラに乾いてた。

 ほんでスコップを出して組み立て、真っ暗の中で穴を掘る。気温も少し下がってきたけど、汗が涙と一緒に顔を流れていく。


 月が出てき明かりが差してきた。ふと見ると、ハミッドさんの顔が月明かりで青白く照らされてる。


 身体が半分程入りそうなとこまで掘ったら疲れてしもた。そやから少し休憩。またポリタンの水を飲む。ミライは相変わらず目を閉じたままで動かへん。


 地図とか他にここから逃げるのに必要なもんも取りに行こう。


 そう思て僕は身体を低くしながら坂を登る。さっき居った岩陰の近くまで来ると車の方が明るくなってるのがわかった。


 もしかして敵がやってきたんか?


 緊張が走った。見つかったら殺されるかも知れん。一気に心臓の鼓動が高鳴る。

 見つかりませんようにと祈りながら、息を凝らして固まってた。


 そやけど、暫くしても人の気配は感じへんかった。そやしそうっと車の方を覗き込んでみる。

 あの明かりは……、なんと車が燃えてる炎やった。


 ええーっ!


 また攻撃されたんか、それとも漏れてたガソリンが引火したんか分からんけど、車は炎に包まれてた。それを呆然としながら見入ってた。何もかも炎に包まれてた。


 地図は諦めて、仕方無くミライの所へ戻ろう坂を下ってると、


「ギヤァーー!」


 と言う叫び声がした。ミライの声や。


 ミライが敵に見つかった? ミライの身に……。


 僕は岩陰の窪みに急いで走った。



 つづく

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