285帖 スピン
『今は昔、広く
車はどんどんと高度を上げ、山の稜線直下を走る。気温は40度を越えてきてるけど、空気が乾いてるんで車が走ってるとそれほど暑くは感じひん。
ほんでもそろそろ喉が乾いてきたなぁと思てたら、尾根を越えた所に10戸程の小さな村があったんでそこで休憩をする事に。
ところがドライブインや店は無かったんで仕方無く、ハミッドさんはまた車を走らせる。
次の尾根を越えた所に、さっきの村より少し大きな村がある。ハミッドさんはその村の中心で車を停めた。
店は無かったけど、ハミッドさんは近くの民家に入ってチャイを貰ろてきてくれる。それを飲み干してから車を降りた。
ここでも、微かではあるけど遠くに爆発音の様な音がたまに聞こえてくる。
戦闘地域に近いんやろか?
広場を歩いてると、
何も無い砂漠の山の中腹の小さな村。それでも子ども達の目は透き通る様に輝いてる。
そこへミライがやって来て、子ども達に僕の事を説明してくれてるみたい。
「泉は無いか聞いてみて」
と、ミライに通訳を頼む。
すると子ども達が、
「こっちにあるよ」
みたいな事を言うて手招きしてる。僕は車からポリタンを持ち出して子ども達に付いていく。ほんまに東洋人が珍しいのか僕の顔を見入って、
「ジャポン、ジャポン」
と言うては喜んでる。たぶん日本が何処にあるかも知らんやろうなぁ。
民家の裏の林の中に小さな泉はあった。
「飲めるんか?」
「ええ、飲めるわよ」
無色透明で冷たい水。飲んでみると味は無いけどやっぱり水は美味しい。僕はチャイより真水の方がええわ。
子ども達と記念写真を撮って別れを告げた。
少し陽が傾いてきたからか、
「先を急ごう」
と、ハミッドさんは車のスピードを少し上げる。
相変わらずのガタガタ道やけど、下りが続いたんでかなり距離が稼げたと思う。
坂を下ると山の中の盆地に果樹園や畑が見え始め、小さな街の
ほんでも街の建物は、壁も屋根も全て地面と同じカーキ色や。街全体が砂漠と同化してると思てしもた。
「ここは以前に来た事があるぞ」
「従軍してた時ですか」
「そうだ。
それなら心強いと安心して僕はミライとのお喋りを続ける。
ほんの1分程で街を抜け、また砂漠の中の山間部を走る。対向車も無い緩やかな下り。何処までも続く直線の道ではスピードも上がる。
暫く快適に走ってたけど、なんか風が埃っぽくなってきたと思て前を見ると、小型のトラックが土煙を上げて走ってる。
「後ろを走ってると煙たいから」
と、ハミッドさんは加速して一気に追い抜こうとする。ところがトラックはトラックで「抜かれまい」と速度を上げてる様に見える。対向車が無いんで2台並んでのデッドヒート。
僕は事故でも起こらんやろかとヒヤヒヤしてたけど、ハミッドさんとミライは興奮して、
「追い抜け! 追い抜けー!」
みたいな感じで盛り上がってる。
流石にトラックは諦めたか、どんどん減速して後方の砂煙の中に消えていったわ。
そこから快適に直線道路を走り、大きく左に曲がって小さな街を抜ける。
そこから道幅が狭くなり、と言うても元々砂漠と道路の境は
何事も無く全て順調に進んでると思てたのに、暫くしてハミッドさんの様子が変わったのんに気が付いた。
さっきまでは僕とミライのお喋りに時々口を挟んで笑ったりしてたのに、今はずっと黙ったまま前だけを見て運転してる。ほんで右手に川が見えてきた所でハミッドさんは車を停めた。
ハミッドさんは、辺りを確認し終えるとまた車を走らせる。ほんで暫く走り今度は小さな道路標識の様な看板の前で車を停めた。
「どないしたんですか?」
「うーん……」
そう言うと地図を出して説明してくれた。
この川は昨日
「途中で右に曲がるはずだった」
とハミッドさんは悔しがってた。
何処で間違えたんか分からんけど、多分トラックと競争してた時に見過ごしてしもたんとちゃうかなと、なんとなくそんな気がしてた。
「戻りますか。どうします?」
「そうだな……。今から戻ると更に遅くなるから……」
地図を眺めてたハミッドさんは、
「この先の街に橋があるはずだ。そこから向こう岸へ渡ろう」
「了解です」
そう言うと直ぐに車を動かし出す。
道を間違えてしもた事で車内の雰囲気が少し変わってしもた。さっきまでご陽気やったミライも辺りが暗くなってくると不安そうにしてる。
それをなんの根拠も無く、
「大丈夫、大丈夫」
と励ましつつ、
「今晩は何しよかぁ」
とか、
「アルビルでもお祭りをやってたら行こなぁ」
とか言うて気を紛らわす。
その直後、轍から外れて走ったんやろか大きく車が跳ね上がった。
「危ない、危ない」
と言うハミッドさんの顔はかなり緊張してる様。
「ゆっくり行きましょう」
「そうだな」
そう言うものの車のスピードは余り落ちてへん。ハミッドさんはかなり焦ってる様に見受けられた。
ほんで4度目に車が跳ね上がった後、
バンッ!
と言う大きな音と共に車がスピンする。
「キャッ!」
ハミッドさんは必死にハンドルを操作して、なんとか無事止まる事は出来た。僕は咄嗟にミライを抱きかかえる。
「もしや攻撃か……」
身体から血の気が引いていく様な感覚に見舞われる。
車内の僕ら三人に緊張が走った。
つづく
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