281帖 洗いっこ

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「おにちゃん、そろそろ身体を洗うわよ」

「おお、わかった」


 僕はそれとなく前を隠しながらタオルを取りに行き、腰に巻いて石のベッドに俯せに寝る。

 ミライはタオルに石鹸を擦り付け、泡が立ってきたらそれで僕の背中を擦る。


「わーお!」

「うふふ」


 こしょばいと言うか、なんと言うか……。誰やろう、こんなん考えたの。めっちゃ気持ちええわ。


 ミライは背中から首、そして腕へとタオルを滑らせる。


「気持ちいい?」

「うーん。めっちゃええでー。天国に居るみたい」

「そうなのねー。もっと気持ちよくして上げるね」


 な、なんやてー! 何をしてくれるねん?

 期待と妄想が膨らむばかり……。


 ミライは、僕の腰に巻いてあるタオルを外し、お尻から足先まで洗い始める。それがなんともこしょばくて、


「うううーふっ」


 と思わず声を漏らしてしもた。それが面白かったんかミライはケラケラ笑いながら何度もこしょばしてくる。


「もう、ミライ止めてや」

「えー、だって面白いんだもの」

「あかんって。ホンマに止めて」


 ほんでないとおかしなってしまう。


「もう、いいわ。お湯で流すわね」


 はぁー。やっと拷問が終わった。


 お湯を掛けてくれて石鹸の泡を流し終わると、


「今度は上を向いてね」


 と言うんで仰向けになる。


 あっ、しもた。丸見えや!


 僕はちょっと恥ずかしかったけど、ミライは何も気にせんと石鹸を擦って、ほんで僕の胸から洗い始める。


 優しく、そして滑らかに……。


 胸から首筋、首筋から腕に行ってお腹から足へと僕の身体は洗われていく。気持ちええと言うか、安らぐと言うか、不思議と変な気持ちは湧いてこんかった。ただただ心地よさが僕の全身を包んで行く。


「どうしたのおにちゃん」


 余りにも気持ちよすぎて、ブルッときてもた。


「いやー、めっちゃ気持ちええわ。おおきにな」

「いいえ。もっと擦りましょうか」

「もう少し、お願い」

「いいよー」


 もう一度、胸から順番に擦ってくれた。その度にゾクゾクとして気持ちよかった。

 最後にお湯で石鹸を流して、


「はい、終わりよ」

「おおきに」


 さっぱりして再び湯船に浸かる。4ヶ月分の垢が全て落ちたみたいに爽快やったわ。


「プァーっ!」


 と息を吐いてると、傍にやって来たミライは、なんと身体に巻いてたタオルを外し、湯船の脇にしゃがむ。


「私も入るね」


 白い肌の細い身体。それに不釣り合いなぐらい大きな胸を右手で押さえ、湯船の縁に座って足を付ける。

 僕は手を伸ばしてミライの手を取り、エスコートする様に湯船へ導く。ミライはゆっくりと湯船に滑り込む。


 まさかミライと混浴するとは……。


 ドキドキしながらミライに見惚れてたら、ミライは少しずつ近付いて来る。傍に来たミライの肩に、さり気なく腕を回した。


「素敵ね。温かい泉だわ」

「そ、そやね。ジャポンでは毎日湯船に浸かるんやで」

「へー、そうなのね。面白いね」

「もっと大きな湯船のあるお風呂もあるよ」

「そうなの。なんだか楽しそうね。一度、入ってみたいわ」

「ジャポンに行ったら一緒に入ろう」

「うん!」


 そう言いながらも、ミライの顔に少し陰りを憶えた。そう簡単には日本に行けへん事を悟ってるんやろか。期待を裏切りたくないんで僕は必死にミライを説得する。


「大丈夫。行けるよ」

「行けるかなぁ?」

「うん。僕がなんとかする。それに戦争が終わったらまた自由に外国へ行ける様になるよ」


 あれやこれやと理由を付けてミライを励ましてみる。


「そうだよね。おにちゃん、ありがとう。大好きよ」

「僕も好きやで」


 深く考えず、感情のまま、話の流れで自然に出た言葉。


『好きやで』


 後悔は無い。寧ろ「やっと言えた」という僕の心に突っかえてた何かが消え去った様な気がした。


 それが僕の表情に出てたんか、ミライの顔にも笑みが戻ってくる。ほんでミライは柔らかい胸を僕にぎゅっと押し付け、上目使いに僕を見てくる。


 僕は、静かにゆっくりとミライの頬にキスをする。するとミライは僕の頬にキスを返してくる。すかざす僕も返す。その繰り返しが何度も何度も続く。


 そのうち目と目が合うと自然に口唇と口唇を重ね合わせた。

 僕がミライをそっと抱きしめると、ミライも両腕を僕の背中に回してくる。


 口唇と舌の感触。肌と胸の柔らかさ。背中を弄る手。そして吐息。


 それら全てが僕の五感を刺激し、頭の中が真っ白になっていく。まるで宙を浮いてる様な感覚やった。

 ミライは目を瞑り、安らかな表情を浮かべて僕に全てを委ねる。


 溢れるお湯の音をBGMに、僕はミライを抱擁し続ける。そうして時間だけが流れていった。


 いつまでも、いつまでも。


 そう願ってたのに……。


 お湯はぬるいけど、身体と身体が密着し、その柔らかさと舌が交わる感触も相まって、次第に頭がのぼせてくる。


「ふっー」


 と息が漏れ、口唇が離れると今度はミライが僕のオデコにキスをしだす。さっき出てきた月の明かりに照らされ青白く映える柔らかそうなミライの大きな胸が僕の眼の前でプルプルと弾む様に揺れてる。


「ミライっ」


 咄嗟に声を出してしまう。


「なーに。おにちゃん」


 もう限界や……。


 それを誤魔化す為に、


「こ、今度は、ミライの身体を洗ったげるわ」


 と言うてしまう。


「本当!」

「お、おう。ええよ」

「嬉しいー!」


 ミライはさっと湯船から飛び出すと、小さく丸いお尻を揺らしながら石のベッドへ向かう。

 ベッドに乗り俯せに寝ると、


「おにちゃん、お願いね」


 と嬉しそうにこっちを見てる。


「よし、任せとけ。ミライを綺麗にするからなぁ」

「うん。ありがとう」


 嬉しそうに足をバタつかせてるミライをよそに、僕は少し緊張してる。

 いくら綺麗にすると言うても、うら若き乙女の身体を擦りまくる訳やから、いらん事を考えん様に精神を集中して石鹸を泡立てる。


 眼の前のミライの身体は灯りの下でも分かるくらいツヤツヤしてて柔らかそう。

 僕は肝を据えて、白くキメの細やかな肌に手をそっと置き、背中から石鹸付きのタオルで擦り始める。強くやり過ぎたらあかんやろし、そっと撫でるように上から下へ、下から上へとタオルを走らす。


「どう? 気持ちええか?」

「うん。なんだかくすぐったいね」

「そっか、ごめん。もうちょっと強くする?」

「うん」


 ほんの少し強く擦る。背中から肩へ。肩から、髪の毛を束ねて括ってある首筋へタオルを走らすと、


「うふふ」


 と言う声が漏れ、ミライの身体が震えてる。

 そのまま首筋から二の腕へ。脇からはみ出てる白い脂肪がミライの胸の大きさを物語ってる。二の腕から指先にまで丁寧に洗う。白い肌が、石鹸でより白くなってる様で、僕はだんだんと楽しくなってくる。


 右手の指を洗ってるとマニキュアをしてる事に気付く。ちゃんとおしゃれもしてるんやと思てたら、ミライが僕の手を急にギュッと掴む。


「おにちゃん、ありがとう」


 そう言うミライの顔は可愛らしいく、幸せそうに見えた。


 次はいよいよ腰から下。小さく張りのあるまーるいお尻から、白くて長い足へタオルを滑らす。

 足の指の間を洗うとこしょばいのか足をくねらすミライ。面白がってやってると、


「もう、おにちゃん。止めてよー」


 と怒り出す。そんな膨れっ面もなかなか可愛いけど、しょうがないしそれは止めて、お湯を掛けて泡を流す。

 艶のある白い肌が更に眩しく輝きだした。



 つづく

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