280帖 バスルーム

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 ミライに日本を見せてやりたいと思いながら暫く街の夜景を眺めてたら、現実に戻ってきた。


「おにちゃん。そろそろシャワーを浴びようよ」

「そやなぁ」

「今日一日のドライブで、髪の毛が砂でパサパサになってしまったわ」


 確かに。窓全開で砂漠をドライブしたせいか、髪の毛が砂でコテコテになってる。


「よっしゃ! シャワールームを見てみよ」


 なんとなくシャワールームが気になってた。

 ほんでシャワールームの入口に行ってみると、なんとドアのプレートには「Bathバス Roomルーム」と書いてある。


「あれ。バスルームって書いてあるなぁ」

「なーに、バスルームって?」

「まぁ。中を見てみよ」


 ドアを開け、中に入って電気を点けてびっくり。

 広い脱衣所は大きな鏡と洗面所があって、そこに高級そうな瓶がいくつも並べてある。棚にはたくさんのタオルやバスローブが綺麗に畳んで置いてあった。


 やっぱりここはスイートルームやなぁ……。


 次にガラスの扉を開けて中を見てみると浴室は更に広く、凡そ20畳程。左の壁にはシャワーが3つあって、その隣にはサウナみたいな部屋も見える。

 右の壁際には白い椅子が2つ置いてあり、中央には石で出来た少し小さめのベッドの様なテーブルの様なもんがある。

 驚いたんは奥の窓際には半円形の大きな湯船らしきもんがある。


「ありゃぁー」


 一瞬不味とこに来てしもたと思た。


 なんぼするんや、この部屋は?


 ミライも物珍しそうに眺めてる。


「凄いね」

「ああ……。僕もこんなん見たんは初めてやわ」


 恐る恐る中に入ってみる。


「おにちゃん。これは何?」


 奥へ進んだミライは、湯船を見たんが初めてなんか、興味津々や。


「これはな、お湯を溜めて中に浸かるんや」

「へー。面白そうね」

「ジャポンの家には普通にあるんやで」

「そうなんだー」


 京都の下宿には風呂は無かったけどね。そやし何時も銭湯通いやった。


 僕は試しに、赤いマークの付いた蛇口をひねってみる。するとまず水が出て、暫くするとお湯が出てくる。


 おお、凄い!


 そんな事で感動してしまう。

 温度はそんなに熱くは無かったけど、浸かるのには充分や。


「わー。泉みたいねー」


 ミライは嬉しそうに燥いでる。久し振りの湯船での入浴に僕もテンションが上がってきたわ。


「ねーねー。これは何かしら?」

「えっ。ああ、それかぁ……」


 問題は中央のベッドの様なテーブル。テーブルの様なベッドかな?

 これはどうやって使うんやろか。エステでもするんやろか?


「そうや! 部屋にあるインフォメーションを見てみよ」

「そうね」


 一旦バスルームを出て、部屋の明かりを点けてテーブルの上の冊子を開いてみる。何ページか捲ってみるとバスルームの写真が載ってた。

 その写真から想像するに、身体を擦ってくれるサービスがあるみたい。ほんでもクルド語やし読めへん。


「なぁミライ。これ、なんて書いてあるんや」

「えっとね……。この石のベッドに寝るのね。それから……、身体を擦ってくれるみたいねー」

「そうなんや。なんか気持ちよさそうやな」


 ほんでも値段を見てみると、150ディナールって書いてある。


「結構高いなぁ」

「そうだねー。いいよ。私がおにちゃんの身体を擦ってあげるよ」

「えっ! やったことあるんか?」

「ううん。無いわよ。でも私がやってあげる」


 ミライがサービスをしてくれるって事か?


 僕は瞬時にいろんな事を想像してしもた。


「ほら。おにちゃん、早くバスに入って」

「う、ううん。そやけど……。ええのんか?」

「ええ、いいわよ」

「ほ、ほんならお湯が溜まったら入るわ」

「うん!」


 僕はドキドキしながら、お湯の溜まり具合を見に行く。まだ半分位しか溜まってへんかったんで一旦部屋に戻ると、ミライは嬉しそうに冊子を眺めてた。


「もうちょっとしたら入るわ」

「うん。分かったよ、おにちゃん!」


 僕はウロウロしながらお湯が溜まるのを待つ。ミライに身体を洗って貰うんを想像しながらソワソワしてた。


 ああ、どうなるんやろ。もしかして最後は一緒に入るとか……。


 想像しただけでウキウキワクワク。妄想は広がる一方や。


「ほんならそろそろ入るわ」

「うん。後で洗って上げるね」

「お、おおきに……」


 僕はバスルームに入り、服を脱いで先ずシャワーを浴びる。


 そやけど、何でシャワーが3つもあるんやろう?


 疑問に思たけど、解明には至らんかった。


 それから湯船に入る。


「ああ……。気持ちええわー」


 思わず声を漏らしてしもた。実に4ヶ月ぶりの湯船での入浴はめっちゃ気持ちええ。湯船から溢れるお湯の音まで気持ちよかった。


 窓からは、もうすっかり暗くなった空に綺麗な星が見えてる。僕は星を見ながら手足を伸ばしてくつろいだ。


「ああぁ、風流やなぁ……」


 やっぱり日本人には、シャワーだけより湯船がええね。お湯は普通やねんけど、ほのかに上がる湯煙りがなんとなく日本の温泉を思い出してしまう。


 まさか砂漠のオアシス都市で、こんな湯船に浸かれるとは思ってもみんかったわ。

 僕は湯船に満たされたお湯の感触をじっくりと味わい、今までの旅の疲れを癒やしてた。


 するとドアが開き、


「おにちゃーん」


 というミライの声が響いた。


 振り返ると……、白いバスタオルを纏ったミライがこっちへ向かって歩いてくる。僕は思わず二度見してしもた。


 バスタオルの裾から伸びる白い足。めっちゃ弾力性がありそうで、しかも柔らかそうな太もも。やっぱり胸は相当に大きいんやろ、バスタオルで余計に胸の谷間が強調されてる……。


 顔はいつもの笑顔のミライやのに、僕のドキドキ感は最高潮に達してきた。


 ミライは、呆気にとられただポカンと口を開けてた僕を見ながら湯船の横に座り、お湯に手を漬けて感触を試してる。


「おにちゃん、お湯に入るってどんな感じなの?」

「あ、ああ……。お湯に浸かってると疲れが取れるって言うか、なんかめっちゃ気持ちええんよ」

「へー、そうなんだー」

「ミライも一緒に入るかぁ?」


 と、勢いで冗談っぽく言うてみる。


「うん、そうね。おにちゃんを洗ったら一緒に入りましょう」


 と、普通に返された。


 えっ! 拒否せえへんのや。


 僕の妄想はどんどん広がっていった。



 つづく

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