279帖 お祭り?

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 夜のSulayスレイmaniyahマニヤは街灯こそ少ないけど、人々の活気で満ち溢れてる感じがする。昼間は40度近くまで上がってた気温も随分と下がり、Tシャツ1枚では涼し過ぎる程や。


 商店街の人通りも多く、家族連れで夕飯を楽しむ光景もあちこちで見られる。暑い昼間は家で隠れた人々が、涼しくなってきた街に出てきたみたい。

 そんな人混みの中、僕はいつの間にかミライと手を繋いで歩いてる。ミライも夜の町並みを楽しみながら、しっかりと僕の手を握って付いて来る。


 公園まで来ると、昼間にはほとんど人は歩いてへんかったのに、今は数少ない街灯の灯りでもはっきり分かるぐらい大勢の人が屯してる。どこからか怪しい雰囲気のペルシャ風の音楽も流れてきてる。

 みんな絨毯を敷いて車座に座り飲食をしたり、輪の中で踊ったりしてる。屋台も出てて、そこそこの行列も出来てる。


「まるでお祭りみたいやな」

「ええ。『お祭りfestival』ってなあに?」

「ああ、特別なspecialdayって事」

「そうなんだぁ」


 そうなんかなぁ。今日はまだ月曜日やぞ。これが土曜日の夜とかやったら分かるけど、なんで月曜日からこんなお祭りみたいに騒げるんやろう。


 もしかして、ほんまになんかのお祭り?


 それ位の活気に満ち溢れてた。

 僕はドリンクの屋台でコーラを2本買うてミライと一緒にベンチに座る。ミライに1本渡し、飲みながら雑踏を眺めてた。


「お祭りって楽しいね」

「そやなぁ。Sarsankサルサンクの夜は静かやけど、ここは賑やかやな」

「うん。楽しいわ。こんな所に来れて良かった。ありがとう、おにちゃん」

「いやいや、僕のお陰やないで。ミライが行きたいって言うてくれたからや」

「それでも嬉しいの。だってサルサンクの夜って何も無いでしょ」

「そーかぁ。いや、犬が鳴いてた」

「あはは」

「月も星も綺麗やったで」

「それだけね」

「そやな」

「ジャポンにもお祭りはあるの?」

「あるでー。これよりもっと凄いで。人も多いし、もっと眩しくて輝いてるでー」


 祇園祭りを思い出してしもたわ。


「へー、いいねー。見てみたい……」

「そうか。それやったらいつか見に行こか」

「ええっ、ジャポンへ」

「そう、一緒に行くか?」

「行く。行きたい。おにちゃんと一緒なら!」


 ほんまに行きたいんやなぁ、ミライのめっちゃ眩しい笑顔が僕を見てる。


 そんな近くで見つめんといて……。


 まさかの好反応に僕は驚いてしもた。


 僕と一緒に日本へ行くって事はどういう事なんかよう分かってるんやろか。


 心の準備も出来てるんやろか。


 そうしたら僕は「お兄ちゃん」やなくなる。もっと親密な関係になるって分かってるんやろか。


 ミライはハディヤ氏の話しをどこまで受け止めてるんやろ、いっぺんちゃんと話しといた方がええみたいやな。


 それにしても以前に想像はしてたけど、ミライを連れて日本に行くのもホンマに面白そうやなぁ。もし「ほんまに行くで」って言うたら着いて来てくれるやろか……。


「ねーねー、おにちゃん」


 そんな事を考えてたらミライに突かれて我に返ったわ。


「な、何?」

「あっちへ行ってみようよ」

「よし、行こう」


 ベンチから立って人集りのある方へ向かってみる。広場に大勢の人が集まって焚き火を中心に皆で踊ってる。ほんまにお祭りみたいや。


 もしかしてラマダン明け? いやいや、今年は春には終わってるはずや。


 そうや。湾岸戦争をラマダンまでに終わらせるちゅうてアメリカが言うてたしなぁ。そしたらなんやろなこのお祭りは?


「ミライはこの踊りを知ってるん?」

「うーうん。こんな踊りは知らないわ」


 やっぱり地方によって違うんかな。


 なんや分からんけど、所々で人集りが出来ててみんな各自で楽しのそうに踊ってる。


 やっぱりただのレクレーションかな?


 そやけどどの人の楽しそうやったし、盛り上がっててええ感じや。残念やったんはカメラを置いてきてしもた事かな。グスン。


 僕らは広い公園を一周してからホテルへ向かう。

 表通りは、公園と違ごて人も車も殆ど無くて閑散としてた。


 公園のお祭り騒ぎにほだされた僕らはそのままの勢いでホテルへ戻る。エレベーターの中では、もう慣れたんかミライはさっき見た踊りを真似して踊ってた。


 部屋へ入り電気を点けると、ミライは直ぐに窓辺へ行き外を見みてる。


「わー、綺麗ねー」

「どうしたん?」

「ほら、見て。街の灯りがとってもとっても綺麗よ」

「どれどれ」

「ほらほら!」


 確かに公園の方は灯りが点いてて明るいけど、戦争中やし灯火管制が布かれてるんか街全体としてはそないに明かりが点いてる訳でも無い。

 そやけどこの景色はSarsankサルサンクでは見られへん光景やし、ミライの目には新鮮に写ったんやろ、子どもの様に燥ぎながら喜んでる。

 そやし僕は入り口へ戻って部屋の電気を消す。


「どう? この方が綺麗に見えるやろ」

「うん、綺麗ね。街がおもちゃみたいだわ。うふふ」


 ミライにとって初めての旅行。見るもんがなんでも新鮮に映るんやろ、何を見ても童心に戻った様に目をキラキラと輝かせて楽しんでる。


 そんなミライの純真な様子に僕の心は徐々に惹かれていく。喜んでるミライの横顔を見てるだけで、僕も幸せな気分になってきたわ。



 つづく

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