278帖 レストラン

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 遊園地や公園で思いっきり遊んでたら日が暮れ始める。


「おにちゃん。そろそろ晩ご飯にしよか」

「そうやなぁ。お腹空いてきたな」


 遊びに来てそろそろ3時間が経つ。そやし公園を出て車で市街をドライブした後一旦ホテルに戻り、車を置いて街のレストランへ行くことに。

 丁度その時ハミッドさんが食事から帰って来たんで、お店を紹介して貰ろてそこへ行く。


 ホテル前のショッピングモールを過ぎ、角を曲がって路地のバザールへ入っていく。

 裸電球が眩しく照らされ、大勢の客で賑わってる。店のおっちゃんも、客の男の人も女の人も彫りが深く、電球の灯りで出来る影がより一層彫りの深さを強調してる。

 いろんな果物に野菜、丸ごとの羊肉や鶏肉も売ってる。更に香辛料の香りも漂ってきていろんな匂いが入り混じってる。人も品物も空気もエスニック感がたっぷりで、異国情緒を楽しませてくれる。


 屋台から肉汁が焦げるええ音がや匂いがしてくるけど、そこは我慢して屋台と屋台の間を通ってレストランへ入る。

 こじんまりとした店の佇まいに反してちょっと高級そうなレストラン。欧風ともペルシャ風とも見分けのつかん店内はちょっと怪しげな雰囲気もある。日本ならバーやスナックに近いかな。それでもメニューは普通らしく、ミライが店員にあれこれとメニューを見ながら注文してくれた。


 注文が終わって落ち着つくと店内の少し暗めの照明で照らされたミライの顔を見つめる。


「ふー。えへへ」


 意味不明な声を漏らして微笑んでるミライ。


「楽しいか?」

「おにちゃんは?」

「楽しいで。ミライと一緒やし」

「私もよ。とても幸せ。うふふ」


 顔を見合わせるだけで笑みが溢れてくる。なんかええ感じや。


 まず初めにサラダが運ばれてくる。ミライはさっと立ち上がり、取り分けて僕の前に置いてくれる。


「どうぞ、召し上がれ」

「おおきに。頂きます!」


 香辛料の効いたドレッシングのサラダ。この緑の実はオリーブの塩漬けやろか、酸っぱくて美味い。

 食べてる間もミライは笑みを絶やさへん。


「どうしたん。ニヤニヤ笑い過ぎやで」

「えー、そんなんじゃなくて……。ほら、今日はゼフラが居ないから、おにちゃんと二人でゆっくりお食事が楽しめるわ」

「そうやな。昨日はゼフラが喋りまくるし、溢しまくるから大変やったもんな」


 二人で昨日の日曜日の話しで盛り上がってたら、肉料理が運ばれてくる。

 大きな肉団子というかハンバーグの様なキョフテに、ケバブの様なつくねのティッカ。更に豆入のトマトスープに、ピラフとパエリアの間の子にたいな米料理のブリヤーニも運ばれてくる。なんか懐かしい匂いがする。

 ミライが取り分けてくれてる間にちょこっとブリヤーニをつまみ食い。


 あっ!


 パキスタンではいつも食べてたカレーの懐かしい味がする。ピリ辛でめっちゃ美味しい。

 僕は早くブリヤーニを食べたくて、自ら取り分けようとすると、


「おにちゃん。これは私の仕事よ。おにちゃんのお世話をするんだからね!」


 とお預けを食ろてしもた。まぁそんなに急ぐことは無いねんけど香辛料の匂いを嗅いだらめっちゃ食欲が出てきたわ。


「はい、どうぞ。召し上がれ」

「ほんなら、改めて頂きます」


 やっぱりブリヤーニはカレー風味。懐かしくて美味い。ほんで次はキョフテをつまむ。


 おや?


 てっきり羊肉やと思てたらちょっと違う。少しパサパサするけどこれは……。


「もしかしてこれは牛?」

「そうよ。ビーフよ」


 おお! 久々の牛肉。

 何ヶ月ぶりやろうと思いながら心して食べる。


「うん。めっちゃ美味い!」


 ミライも、


「美味しいわー」


 と言うて堪能してる。ひとこと言うては顔を見合わせて自然と笑ろてしまう。料理も美味しいし、雰囲気もめっちゃええ感じ。


 ある程度食べてお腹が落ち着いてきたら、日曜日のドライブの話しに戻り、そして今日の遊園地デートの話しになる。


「今日の遊園地、おもろかったか?」

「うん。めっちゃすごかったよ。グルグル回って気持ちよかった」

「ああ、ブランコね」

「おにちゃんは死んでたねー」

「ああ。回るやつはあかんねん。ジャポンにはなぁ、こう……縦に回るやつもあるんやで」

「すごいねー。乗ってみたいなぁ」

「あかんあかん。あんなん直ぐに、オエッてなるわ」

「でも面白そうね」

「車に乗って坂道をグリングリン行くやつもあるで。ジェットコースターちゅうねんけどな」

「へー、いいねー。ジャポンに行ってみたいなぁ。うふふ」

「あの……」


 僕は、「一緒に日本へ行くか」と言いかけて辞める。


 やばい。


 ハディヤ氏の提案にも、まだはっきりと返事もしてへん。それに僕自信がミライの事をどう思てるんやって事もまだ真剣に考えられて無い。

 その場の空気だけ悪ならん様に、


「ジャポンにはそんな遊園地がなんぼもあるねんで。僕はあんまり行った事ないねんけどね」

「ふーん。そうなんだ」


 ちょっと遠くを見て想像してるミライの顔を見てたら、ほんまに愛おしく思てきてしまう。日本に連れて行ったらめっちゃ喜ぶやろなと、少し思てしもた。


 そやし、なんとか話題を変えなアカンと思て突然「海」の話しをしたけど、やっぱり日本の事に繋がってしまう。

 その時のミライの様子を見てても、なんとなく僕に期待をしてる様に思えてしもた。

 期待だけさせても可愛そうやし、そんならやっぱり日本に連れて行こかと思たりもしてしもたけど、最後の勇気は出んかった。


 空気がシラケへんかと焦ったけど、ほぼ料理も無くなったしお腹もいっぱいになったんで店を出る事にする。


「お腹いっぱいで苦しいわ」

「おにちゃん、いっぱい食べたものね」

「そやけど、それってミライがよそてくれたからやん」

「あっ、そっかぁ。えへへ」


 空はすっかり暗くなり風も大分涼しなってきてる。そやし散歩でもして少し夜風に当たってからホテルに帰る事にした。



 つづく

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