277帖 遊園地デート

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 ぐんぐんとゴンドラの高度が上がる。と言うてもそんなに大きくないんで、ビルの3、4階程度やろか。それでもミライは眼下の風景が変わっていくの楽しんでるみたいでキャキャと喜んでる。


「ミライ、こっち向いてぇ」


 カメラを向けると、とびっきり笑顔でこっちを見てくれる。叶うなら、このまま時が止まって欲しいとさえ思うほど。


 ゴンドラが最高点に達する。眼下には大きな池が見えてるけど、砂漠の土が剥き出しのとこもある。まだまだ造成中って感がする。

 それでもミライの燥ぎ様ときたら、顔と声と身体で溢れんばかりの嬉しさを表現してる。


「あれー! 私達のホテルだよねー」


 ミライの視線の先に5、6階の建物が3つ見える。


「たぶん、一番右の奴かな」

「あーあ。もう終わりだねー。早いよー」


 頂点を過ぎてゴンドラが下がって行くのを残念がってる。


「後は、降りるだけやからね」


 確かに観覧車は最高点に達するまでが楽しい。


「ねぇ、おにちゃん。後でもう一回乗ろう!」

「おお、ええで。次は何乗る?」

「えーっと……」


 ざっくりと見ただけやけど、この遊園地はどちらかと言うとお子様向き。あんまり大人だけで乗ってるのを見かけへんし、遊具も小さい子が乗って喜ぶ様なもんばっかり。それでもミライは、


「次は、えーっと……」


 と、目を輝かせて探しまくってる。


「さー、降りるで」

「ちょっと待って!」


 ミライの手を取って降りる。


「きゃーっ」


 なんとか降りられたんはええねんけど、転けそうになったミライを掴まえたら胸に触ってしもたわ。


「ご、ごめんな」

「どうしたの。こちらこそ助けてくれて、ありがと!」


 なかななのボリュームや……。


「そ、そっかぁ。ほんなら次は何に乗る」

「そうねー。全部小さい子達用みたいね」


 それは分かってるんや。


「そうやなぁ。ほんでもミライが観覧車に乗ってる時はお子様みたいやったで」

「えー。そうお?」

「うん。めっちゃ燥いでたやん」

「だって楽しかったもの」

「そっかぁ。ええこっちゃ」


 そんな事を話しながら歩いても園内はゴーカートや動物の乗り物とかばっかりで、ジェットコースターは勿論、メリーゴーランドすら無いちっぽけな遊園地。それでも子ども達は大燥ぎで楽しんでる。


 やっぱり平和はええなぁと、ここが戦争をしてる国やから余計にそう思えてしまう。


「あっ、おにちゃん。あれ乗ろうよ」

「どれ?」


 ミライが指さした先には、ブランコがグルグル回る奴がある。


「あ、あれかぁ……」

「ね、いいでしょ。あれ面白そうよ」

「あれなぁ……」


 実を言うと僕はグルグルの回転系は大の苦手。絶対に酔ってしまう。

 中学校の修学旅行で東京の遊園地に行った時もゴーカートと観覧車と園内を周る汽車しか乗ってない。今もブランコが回ってるんを見てるだけで酔いそうや。


「ねー乗ろうよ。ほら、大人だって乗ってるよ」

「まぁ、そうなんやけど……」

「ほら、行きましょう」


 ミライは僕の手を取って引っ張って行く。


 しょうがない。せっかくの遊園地デートやしな……。


 そう思いながら列に並んでると、順番が近づくにつれて緊張感が高まってくる。そして前の人らのブランコが止まると、入れ替えで僕らが座る。なるべく遠心力のかからん内側に僕が座ってその外側にミライが座る。

 発車のベルがなるとミライの興奮度は一気に高まる。


「うー、わー」


 ミライは口を大きく開けて、やっぱり子どもの様に喜んでる。そやけど僕は必死に堪えるだけ。


 もう終わりか? まだか? まだ回るんか? もしかしてサービスしてるんとちゃうやろなぁ……。


 えらい長いこと回ってる様に思う。

 ミライのキャッキャ言うて楽しんでる声が耳に届くけど、僕は必死に手すりを掴んでるだけ。多分ほんの1分も無かったと思うけど、10分位回ってた様な気がする。


 ブランコを降りて外へでもまだ身体が回ってる様や。

 やっぱり酔うてしもたわ。


「面白かったねー」

「うえー」

「大丈夫?」

「あかんねん。回る奴は……」

「しっかりしてね、おにちゃん」


 ミライは何とも無いんやろう、その場でクルクル回って喜んでるわ。


「ちょっと休憩しよか」

「うん。いいよー」


 さっき観覧車から見えたカフェっぽい所へ行く。僕はチャイを、ミライはアイスクリームを頼む。

 それを受け取ってベンチで座って頂くんやけど、僕の頭の中はまだ回ってた。


「ふーっ。ミライ、美味しいか?」

「うん。美味しいし、楽しいよう!」

「それはええこっちゃ」


 僕はまだ酔が醒めへん。

 ほんでもゆっくりチャイをすすってると少しずつ収まってくる。やっとまともにミライを見られるようになった。

 そやしミライの嬉しそうにアイスクリームを食べてる横顔を写真に撮ろうかと思てファインダーを覗く。すると、こっちを向いたミライの表情は真剣な眼差しやった。


 カシャッ!


「あれ、ミライ。どうしたんや?」

「うん。私、今思い出したの」

「何をや?」

「私、お父さんにおにちゃんの世話をしなさいって言われてたのに、何もしてないわ」

「そんな事無いよ」

「そうかしら」

「うん。折角旅行に来てるんやから今は一緒に楽しもうや」

「でも……」

「ミライが楽しんでくれた方が僕も楽しいし、それでええやん」

「そう?」

「うん。そうや」

「じゃあ、ホテルに帰ったら、おにちゃんのお世話をするね」


 ええっ! お世話って何をしてくれるんや?


 一瞬で頭の中に妄想が膨らむ。まぁ何が起こるのか少し期待もしたけど、抑々一緒に旅行してるだけで僕はホンマに嬉しい。


「ああ、よろしく」

「任せて」

「ほんならもう一回、観覧車に乗ろか」

「うん!」


 ミライの表情にまた笑顔が戻った。



 つづく

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