スレイマニヤ

276帖 スイートルーム

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 Salimサリム Palaceパレス Hotel。外見は普通の5階建てのホテルやけど、ロビーの造りはヨーロッパ風(?)で、従業員の接客もしっかりしてる。戦争で外国人はみんな国外退去してるんやろう、日本人やと言うとめっちゃびっくりされた。


 2階のシングルに泊まるハミッドさんとはここでお別れ。明日の10時にこのロビーで集合しようと言うことで、


「もし必要なら……」


 と車のキーまで貸してくれた。

 ほんで僕らの部屋はと言うと最上階の部屋。小さいながらエレベータに乗り込むと、付いてきたミライがなんや躊躇してる。そう言えば、ロビーに入って来てからと言うもの一言も話して無かった。


「どうしたんや」

「……」


 黙ったままトランクを両手で抱え、緊張した面持ちでエレベータに乗り込んだミライはどこか変。

 おどおどしてるさかい、


「もしかして、エレベータに乗った事無い?」


 と聞くと、コクリと頷いてる。その様子がなんとも可愛らしかったんで僕はそっと肩に手を回して、


「大丈夫やで」


 と声を掛ける。エレベータが5階で止まる時もその振動でビクッとしてたわ。

 エレベータを降りて廊下を歩いてると、


「私、ホテルは初めてなの」


 とやっと口を聞いてくれた。やっぱりそうか。Sarsankサルサンクで暮らしてたらホテルに泊まる事はないやろう。


「そやけど、旅行はした事あるやろ」

「そうね。小さい頃に……かな。よく憶えてないわ」


 そうなんや。そやし今朝からめっちゃテンションが高かったんや。


 503号室の前に着いて鍵でドアを開け部屋に入ってみる。なんとなく予想はしてたけど、それ以上に広い部屋でインテリアも洋風で、ここがどこか忘れてしまう程や。大きなソファーがあり、窓も大きく眺めは良さそう。

 ほんで奥の寝室へ行ってみる。これまた大きなダブルベッド。ふとミライに目をやると、目を真ん丸にして驚いてる様や。


「こんな綺麗なお部屋に泊まるのね」

「そうやなぁ。これもお父さんのお陰やね」


 ハディヤ氏の包囲網の一貫やと思うけど……。


「素敵じゃない」


 そう言うとミライはベッドに腰を掛け、感触を楽しんでるみたい。


 豪華な内装はまるでスイートルームの様や。ちょっと落ち着いたところで僕は荷物を下ろし、車と部屋のキーをテーブルに置いて窓辺へ行き、白いカーテンを開けて景色を眺めてみる。


 Sulayスレイmaniyahマニヤという街は西、北、東の三方が高い山に囲まれた盆地に発展した街。景色は今まで何度も見た砂漠の風景やけど、昔は「王様」が住んでたんやろう、街には歴史的な建物が多く古から続く「砂漠のオアシス都市」という風格がある。

 そこへミライもやってきて一緒に眺める。


「わー、凄ーい! 街が見えるねー!」


 余りこんな風景を見たこと無いんやろか、ミライのテンションは一気に上る。


 この街は都会やと思てたのに然程高い建物は無い。2、3階建ての建物が密集してて山の際まで広がってる。緑も多く、街の中心は大きな公園になってる様や。


 後でミライと行ってみよ。


「ねーねー、あれは何?」

「どれや?」

「あのまーるいの」

「ええ、どれ?」

「公園の端っこにある物よ」

「ああ……」


 小さいながらもカラフルな色の観覧車が見える。それに反応したミライは流石女の子やな。

 そやけど観覧車って英語でなんて言うんや? まぁ観覧車があるって事はあそこに遊園地があるんやろ。


「ええっと、後で行ってみよか」

「うん。何があるのかなぁ。楽しみよねー」


 もう、さっきから興奮しっぱなしのミライ。童心に返った様な笑顔が輝いてた。


 早速ミライを連れて車でホテルを出る。振り返るとホテルの名前の上にはやっぱり星が4つも着いてたわ。あの部屋の高級感も納得や。


 おっと、右側通行やった!


 危うく正面衝突しそうになってヒヤッとする。まだ3時前やし時間はある。落ち着いて行こう。


 ホテルから西に向かって大通りを進む。何処かで右に曲がりたいねんけど中々曲がれそうな所が無い。感覚的に段々と遊園地から遠ざかってるみたい。

 程なくして右に曲がれそうな大通りに出て右折して暫く走ると、


「あれ! あれよ!」


 とミライの指差す方を見ると僅かに観覧車の上っ面が見えた。


 次の通りも右折して暫く走ると緑豊かな公園が見えてくる。次の通りを右に曲がり、予想した通り観覧車のある遊園地の前に出ると、ミライの興奮度は更に上がる。駐車場に車を停めると直ぐにミライは車を降りて遊園地の方へ向かって歩いて行く。

 追っかけて行ってチケットを購入して中へ入ると、ミライは小さい子のように一目散に観覧車の方へ走って行く。


「おにちゃん早く!」

「大丈夫や。そんなに急がんでも」


 ミライのウキウキした顔を見てると僕も走ってしもた。列に並ぶとミライは回る観覧車を嬉しそうに眺めてる。


「『Ferrisフェリス Wheel《ウィール》(観覧車)』って言うのかぁ」

「へー、フェリスウィールねぇ。楽しそうね」

「うん。景色をゆっくり見られるよ。初めてなん?」

「そうよ。こんなの見たこと無いよ」


 徐々に列が進むにつれ、ミライの顔に興奮と緊張した様子が伺える。観覧車には僕が先に乗り、ミライの手を引っ張って乗せた。

 ゴンドラは徐々に高度を増していく。


「ワーォ!」


 ミライは小さい子の様に窓から下を眺めて上がっていく様子を喜んでる。それを見て僕もめっちゃ嬉しなった。



 つづく

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