274帖 キス
『今は昔、広く
車に戻って乗り、ダムの下まで降りてみると、そこには公園の様なもんがあった。
ダムからの放流のせいやろう、ここだけ見てると砂漠やとは思えんほど緑がいっぱい生い茂ってる。噴水もあって砂漠には不釣り合いな感じがする。
ちょっとした遊園地風になってて、ゼフラが遊具で遊んでる間、僕らはレストランでチャイを頂く。
「ここは涼しいなぁ」
「そうね」
「緑がこんだけあるとやっぱちゃうなぁ」
「でも明日からの旅行は、ここよりずっと暑いわよ」
「そうなん」
「そうよ。ここより標高がずっと低いのよ」
「そっかぁ。ほんなら覚悟しとかなあかんね」
「うふふ」
まぁ言うても2、3日の事やし、なんとかなるやろ。
ゼフラが遊びに飽きた頃、車に乗って帰路へ向かう。
そやけどまだ時間は早いしどうしよかと言うてたら、ミライが1回だけ行ったことがると言う
幹線道路から離れ、山の方へ谷を進んで行く。徐々に緑の木々が増え、川の流れも見えて来るけど集落はそんなに無い。水は大量にあるみたいやけど、平地が無いさかいに農業は出来へんのやろう。
このアシェワと言う村、ここにも泉から水が湧いてて緑豊かで結構涼しい。背後には
ちょっとしたリゾートホテルもあって、プールも併設されてる。ほんまに砂漠の中の村なんやろかと思てしまう。
車を停めると、ミライとゼフラは川へ走って行く。二人が水の中に入って遊んでるのを見ながら、僕はタバコを吹かした。
「こんな平和な光景がずっと続けばええのになぁ」
と思いながら、明日からの旅の事を考えてた。
最前線の街はどんな風になってるんやろう。人々の暮らしは……。
今でも戦闘は起こるんやろか? 泊まれるホテルはあるんやろか? 食べ物はちゃんと売ってるんやろか?
なんせミライも一緒に行くんやから、そう考えると少し不安も湧き上がってきたわ。なんも起こらんかったらええねんけど……。
日が暮れそうになるまでアシェワで楽しい時間を過ごし、日が暮れる直前にサルサンクに戻った。
丁度晩ご飯の準備が始まったとこで、ミライは衣装箱を部屋に置くと満足して台所へ行く。
僕はみんなに今日買うた服を見せびらかしに行く。みんな「かっこええ」と褒めてくれるし、ハディヤ氏は大層満足げな顔をしてる。これもまたミライと結婚する為の包囲網の一貫かと思うとちょっと焦るけど、みんなの反応がすこぶる良かったんで僕も嬉しくなってしもたわ。
晩ご飯が終わる頃にハミッドさんが屋敷に戻って来た。
ほんでご飯を食べ終えるとハディヤ氏の書斎に呼ばれ、明日からの旅の打ち合わせをする事に。
ハミッドさんが見せてくれた地図にはいろんな所にバツやマルが付けてあって、そのポイントはどうやら戦闘があった所の様で現在の状況がわかりやすい。
その説明を受けてハディヤ氏は、なるべく安全な所へ行く様に指示してるみたい。
僕はどちらかと言うと、今まさに戦闘を行ってる「戦場」も見てみたい気もするけど、今回はミライも同行するし安全な所でもええやろと思た。その内、慣れたら自分一人でも行ける様になるやろう。そうなったら激戦地にも行ってみようと考えてた。
クルド語は分からんのやけど、ずっとハディヤ氏とハミッドさんの会話を聞いてると、なんとなく僕とミライの新婚旅行を計画してる様に思えてくる。ホテルがどうたらこうたらと注文が多いし、会話の中に僕とミライの名前がしょっちゅう出てた。
これは増々まずい事になるんとちゃうん……。
ほんでも最終的に決まった話は、まずここサルサンクからトルコやイランの国境沿いに
次の日に、
うまく行けば
これが2泊3日の旅の行程や。
と言う事は、最短でも1泊2日で回れるって事? イラン北部のクルディスタンって意外に狭いんやなぁと思た。
出発は明日の朝食後という事で、会議はお開きになる。
部屋に戻るとミライも既に戻って来てて、衣装箱から着替えを出して小さな皮のトランクの様な鞄に入れてる。
ほんで僕はさっき決まった旅の話をすると、もしかしたら戦闘があって危険かもしれんのに、ミライは満面の笑みを浮かべて嬉しがってる。
それを見て僕も、
「まぁ、大丈夫やろう」
と思い、ミライと一緒に明日の準備をする。まぁ準備も何も、そのままリュックを持って行くだけやけどね。
写真撮影の為にカメラの手入れとフィルムの入れ替えを済ませる。
ほんでシャワーを浴びてベッドに入る。
隣で横になってるミライは、まるで修学旅行の前日みたいに少し興奮気味で落ち着きがない。
「どないしたんや、ミライ」
そない聞くとミライはベッドの上を転がって僕の所に来て、
「だって、明日から旅行だよ。おにちゃんと一緒に旅行するんだよ。私、旅行なんて初めて。とても楽しみにしてるのよ」
と言いながら僕に覆いかぶさると、そのままキスをしてくる。ミライの柔らかい唇が何度も何度も僕の唇と重なる。めっちゃ柔らかくて気持ちいがええ。
「おにちゃん、楽しみだね」
「そうやな。楽しみや」
そう言うとまたキスをしてくる。ちょっと興奮し過ぎで我を忘れてるんとちゃうかと思たけど、僕はミライを抱きかかえて布団に入れて落ち着かせる。ほんでもミライの嬉しそうな顔は止まらへん。自然と笑みが溢れてきてその度に身体をギュッと締め付けられる。そしておでこを付けてチュッと唇を重ねてくる。
そやし僕は、ミライが落ち着いて眠れる様になるまで、それから何度も何度もキスをし続けた。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます