サルサンク→スレイマニヤ

275帖 いざ、出発

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 9月2日、月曜日。

 朝食後、みんなに見送られてハミッドさんの運転する車でSarsankサルサンクの屋敷を出発する。みんなが見えなくなるまで手を振ってたミライは、笑顔で楽しそうや。僕も漸く南の街へ行けると言う事で若干心はウキウキしてた。


 村を離れると車はまず北の山へ向かう。山を越える時に、UN国連のトラックを軽快に追い抜くハミッドさんも中々のお調子者や。

 峠を越えて下ると大きな谷底を走る。僕らの車以外は走って無いんで、スピードを上げ後方に砂埃を上げながら車は快適に走る。日差しはきついけど窓から入ってくる風はすこぶる気持ちよかった。


 後ろの席で僕とミライが窓から外の景色を眺める。そやけど山岳地帯の砂漠の谷底は大して景色は変わらんかったんで、時折二人で顔を見合わせては笑ろてた。なんか幸せを感じる一時やったわ。


 ミライの楽しくてたまらなそうな笑顔を見てると、昨日の夜みたいにキスをしてみたくなるけど、ルームミラーでハミッドさんに見られるのも恥ずかしいし、例えミライが催促してる様でも適当に誤魔化してやり過ごした。


 1時間程で大きな川の両岸に広がるDêrelûデレールと言う街に着く。ここでガソリンを満タンにすると、ハミッドさんに頼んで運転を代わって貰う。ミライは助手席に乗り、更にテンションが上がってる様やった。


 川を渡り街を抜けると、そこから川沿いに徐々に南へ車を走らす。正確には南東って感じかな。

 砂漠の中の山岳地帯やのに、川は結構な水量で僕はびっくりしてしもた。この川はArbilアルビルの西でティグリス川に合流してペルシャ湾に注いでるとハミッドさんが説明してくれた。


 その川の支流を越えて暫く行くと峠に差し掛かる。そこからはつづら折りの下りが続き、一気に高度を下げる。それと共に空気の温度が変わったのが分かった。


 そこからは丘を上ったり下ったりしながら進む。川は幾つかの支流と合流して次第に大きくなっていく。

 そんな風景を見て、まぁ単調やけどミライのテンションに乗せられて僕も楽しくドライブできたわ。


 道は次第に川から離れ、どんどん山間部に入って行く。デレールから2時間位走った所のKalakinカラキンと言う小さな街で一旦お茶休憩をする。耳がキーンとなってたし、高度は大分上がったと思う。それに伴って空気も少し冷たい気がする。


 ここでハミッドさんが、


「運転を代わろうか」


 と言うてくれたけど、ミライが、


「おにちゃんと一緒に前の席でドライブをしたい」


 て言うもんやから、昼食休憩のRaniaラニアの街まで僕が運転する事になった。大分左ハンドル、右側通行にも慣れたし、このまま安全運転で行こう。


 街を出ると高度を下げ、千メートル以上はある山地の間の谷間を走る。高度が下がってきくると当然気温も上がってくる。それでもミライの笑顔を横目で見ながら快適なドライブを楽しむ。


 1時間程この谷間を走ったんやけど、湧き水が豊富なんか農地や林などで緑が豊かやった。そんな一風変わった砂漠の風景も楽しんでるとラニアの街に着いた。


 この街は結構大きくて、高層ビルこそ無いけどDuhokドゥホックの街より賑やかで都会的な雰囲気やと感じる。人通りも多く、街中はちょっとした渋滞もあって、僕はヒヤヒヤしながら運転をする。

 適当なレストランを見つけて昼食を摂り、そこからはハミッドさんに運転をバトンタッチ。


 街を抜けると右手に大きな湖が見え、ここは砂漠かいなと錯覚するほどやった。そんな景色もミライと一緒に楽しみながら二人ではしゃぎまくってたけど、車が山間部に入って高度を上げて行くと、いつの間にかミライは僕の肩にもたれ掛かって寝てしもた。


 それから上ったり下ったりしながら幾つもの峠を越える。標高が千二百メートルを越える所では、砂漠やというのに窓を開けてると流石に寒かった。


 それから徐々に高度は下がり平らな砂漠を走って行くと、遠く蜃気楼の向こうに大きな街が見えてくる。

 蜃気楼が徐々に現実の物になり、それに吸い込まれてく様な感覚になる。


 街はドゥホックに比べても遥かに大きく、人々の営みも賑やかで交通量もかなり多い。数週間前にここでも戦闘があったのかと目を疑う程の平和な日常に見える。


 僕は、ミライの肩を揺すって起こしてみる。


「わー、凄ーい」


 周りの景色が寝る前と余りにも変わってたんでびっくりしてる様や。それに加えて都会が珍しいのか、あれやこれやと指を差してはクルド語で何か言うて興奮してる。


 ハミッドさんは、そんなミライや僕の為に市街地をゆっくりと流してくれる。緑豊かな公園なんかもあるし、ペルシャ風の歴史的な建造物も結構残ってて、な佇まいや。


 そんな街でも、やっぱり爆撃された跡が所々で目に付く。無差別攻撃なんか分からんけど、住宅街でも瓦礫が散らばってる。その度に車を停めて貰ろて、僕はカメラに収める。

 賑やかな日常と、戦争と言う非日常が隣り合わせて存在してる。そんな風景を何枚も撮ることが出来た。



 ハミッドさんは適当なホテルに目星を付けてくれてたみたいで、市街地をグルっと周り、バザールや商店が集まる賑やかな通りに面した立派なホテルの前で車を停める。


「ここって結構高そうやないですか?」

「大丈夫だ、心配ない。ハディヤ氏からお金は預かっている」


 この旅に出るに当たって僕も相当な額のお金を預かったけど、ホテルや交通費等の旅費は全部ハミッドさんが預かったお金で払ろて貰える。ほんまに感謝してもしきれん。そんなハディヤ氏を紹介してくれたアリー氏にも感謝やね。


 ハミッドさんは一旦ホテルの中へ入り、部屋の空き状況を確かめて戻って来る。


「OK。今日はここへ泊まろう」


 そう言われて車から降りる。その時目にしたミライの顔は、まるで夢の国に来たみたいに嬉しさが溢れてた。



 つづく

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