273帖 3人でデート

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 ミライはアクセサリー類を身に付けてちょっとだけおしゃれをしてる。頭には先週買うた青と黄色のスカーフを被り、


「準備OKよ」


 と言うてくる。まるでデートにでも行く様な気合の入れようや。いや、これからデートやねんけどね。


「よし、行こう」


 二人で部屋を出て納屋の車の所へ向かってる途中、泣き叫ぶような大声が聞こえてくる。その声の正体は勿論ゼフラ。


「私も行くー」


 と言うてるみたい。それに対してミライはちょっと困った様子や。家に居てる様に諭してるみたいやけど、ゼフラは首を振ってるだけ。ミライは呆れる様な顔をして僕を見てくる。


「おにちゃん。ゼフラを連れて行ってもいい?」

「ああ。別に問題ないよ」


 ほんまは二人で行きたかったけど、それをゼフラが納得するはずもないやろと諦めてた。


「お母さんに言ってきます」


 とミライは屋敷の中へ。僕とゼフラは車に乗り込んで待つ。鼻歌を歌ほどゼフラはご機嫌になってる。


 車は勿論、左ハンドル。初めて右側通行を走るしちょっと緊張やけど、運転装置の確認をしてるとミライが見えたんでエンジンを掛けて待つ。ミライが乗り込むと僕は静かに車を発車させた。


 畑の真ん中の道を下り、村へ続く道を右折する。ほんで村の中を進むと大きな通りに出る。後はそこを右に曲がってまっすぐ行けばDuhokドゥホックの街に行ける。


 後ろではミライとゼフラがなんか喋ってたけど、まったく聞く余裕がない。どうしても左に寄ってしまいそうで怖かった。

 幸いにも対向車も無ければ後続車もない。のんびりと砂漠の中の道を走った。


 問題はドゥホックの市街地に入ってからや。信号のない交差点をなかなか上手く曲がれず、おろおろしてしもた。それでも何とかバザール近くの仕立屋に着いた。


 3人で店に入ると店主に握手をして迎え入れられる。僕は早速、完成した服を試着する事に。自分の服を脱ぎ、パントールというズボンを履き、チューへという丈の短い上着を着る。そして5,6メートルはありそうな布を腰に巻く。これで完成や。鏡で見てみたけど、まぁまぁ格好ええ。


「ミライ、ゼフラどう?」


 振り返って二人に見せるとゼフラは、


「格好いいーよ」


 みたいに褒めてくれてたけど、ミライは少し笑ろてるみたいやった。

 店主に、


「おお、ナイスKurdishクルディッシュ。ジャポンクルディッシュ!」


 と盛り上げてくれたけど、所詮顔はのっぺりとした東洋人やし、バランスが悪いんやろな。ミライが笑うのも分かるわ。


「おにちゃん。素敵よ。もうこのまま買い物に行きましょう」


 とミライは言いながらもまだ少し笑ろてる様やった。まぁコスプレみたいにクルディッシュの服が着れたし、僕も嬉しくなってそのまま買い出しに行く事に。パキスタンの民族衣装シャルワール・カミーズみたいにゆったりとして着心地はなかなかやった。これやったらきつい日差しで汗をかいても直ぐに乾きそう。


 僕ら3人はバザール近辺の店を物色して明日からの旅の行動食を買い漁る。まぁミライにしたらおやつやね。主にビスケットやドライフルーツ、念のために缶詰も買う。代金は全て、ミライがハディヤ氏から預かったお金で払てくれる。大した根の回し用や。

 ほんでも感謝しつつ、次から次へと店を回る。


 どの店でもそうなんやけど、僕がこのクルディッシュの服装で店に入るとクルド語で普通に声を掛けられる。二度見されて、顔が東洋人やと分かるとニターっと笑ろて、「何処から来た?」と尋ねられる。「ジャポンからや」と答えると、皆「とっても良いぞ。りっぱなクルディッシュだ」と褒めてくれる。ちょっと笑ろてたけど、受け入れてくれたみたいで僕は嬉しくなった。


 調達した行動食を一旦車の中に置いて、今度は家具屋へ。ミライたっての願いで僕の衣装箱を買う事に。

 店に入ると、丁度ミライが気に入った綺麗な装飾の木で出来た箱があった。そやけど、どうやら大きすぎて車のトランクには入りそうにも無い。そやし今日の所は小さいのを買うて、また服が増えたら買い足すという事でミライは納得してくれた。

 まあ、明日から旅に出るんやからそんなに急いで揃えんでもええねんけど、やっぱりどうしても欲しいみたい。その様子はどう見ても僕の奥さん気取り。きっと周りからは夫婦やと思われてるやろ。


 って、ことはゼフラは僕らの子ども?


 ちょっと大きすぎるさかい、僕の中では姪っ子と言う事にしといた。


 買い物が終わるとレストランで昼食。ミライとゼフラは食後のデザートにアイスクリームを食べる。なかなか可愛らしいシーンやったんで、アイスクリームを食べてる二人の写真を撮っといた。


 その後、街を車で流した後、郊外に出る。どこで間違ごたか、前に見える標識は「Mosūlモスル」と書いてある。


 まだ戦闘してるんやろか。それやったら遠くからでも見られへんかなぁ。


 と思て2人に、


「ちょっと見に行くで」


 と言うて車を南に走らす。

 そやけど20分程走った所で兵士による検問があって、やっぱりモスルに行けへんらしく引き返させられた。


 南から引き返す時にドゥホックの街を見てると、オアシスやのに緑が多いことに気が付く。街の裏手の山は、結構木々が生い茂ってそうや。それに大きな構造物も見える。


 あれはダムかな?


 もしダムやったら水が貯められてダム湖になってるはずや。僕はそう思て二人に山まで行くことを提案する。


「いいよ。おにちゃんとなら何処までも行くわ」


 と言うてくれるミライ。それならと、少しスピードを出してドゥホックの市街地を通り抜け、山へ向う。


 山に近付く程、木々が増えてきてる様に思う。地面は相変わらず砂漠の土やけど、雑草も結構生えてる。近くまで来て山道を登り始めるとダムがはっきりと見えてくる。


「わー、大きいね」

「おにちゃん、あれは何?」

「あれは『ダム』って言うて、水を貯めるもんや」

「家の横の泉みたいなもの?」

「まぁ、そのでっかいやつやな」

「ふーん」


 ダムには付属の発電所は無いみたい。そやから治水や農業用の利水の為のダムやろう。

 坂を登りきった所で僕は車を停める。


 ダム湖は、夏やからか少し水位は下がってたけど、それでも大量の水を蓄えてる。


「すごーい。お水がいっぱい」

「綺麗だねー」


 と二人共喜んでる。上から見るダム湖の水は、雲ひとつ無い青空を反射して青々と輝いてる。


 砂漠の中の湖。


 僕にしたらめっちゃ違和感があったけど、二人は嬉しそうに湖の所まで降りて行く。その後を二人を追って僕も坂を下る。


 上から見てた分には綺麗やった水も、間近で見ると結構濁ってる。魚や他の生物も居無さそうやったし、泉ほど冷たくも無かった。



 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る