272帖 つまらない話し

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 ミライは自分の胸の前で腕を揃え、僕の胸に顔を埋めてくる。吐息がめっちゃこそばい・・・・


「ミライ、何やってんの?」

「うん。おにちゃんに匂いがする」

「そんなに臭うか。さっきシャワーを浴びたとこやけど」

「うーうん。いい匂い。なんだか嬉しくなるのよ」


 それって嗅いだらあかんやつとちゃうん。狼になってしまうで……。


 ミライはクスクス笑うも、布団から顔を出して来てつぶらな瞳で僕を見上げてる。


 もうあかん。


 我慢できん様になった僕は、ミライに頬にキスをする。するとミライも僕の頬にキスをしてくれた。いとも簡単に自然な流れで。


「おにちゃん。昨日の続きのお話しをしてよ」

「昨日の続き?」


 やっと我に帰ったわ。危ないアブない。


「そう。大きな湖で泳いでた話よ」

「ああ、琵琶湖ね」

「うん」


 そう言うたものの、なんの話しをしたかまったく記憶にない。多分、寝ぼけてたんやろう。

 そやし幼少期の適当なとっから話しを始める。英語やさかい、なかなか上手く伝わらへんとこもあるやろけど、それでもミライは一生懸命聞いてくれる。


 それから大学生になって日本の色んな所をバイクで旅した話しになると、ミライは目を瞑ってた。


「ミライ、もう眠たいんか?」


 ミライは、パチっと目を開け、


「そうじゃないの。目を瞑って想像してるのよ。私、日本がまだどんな所か知らないから」


 と笑顔で返事してくる。


「そっかぁ。この前見せたんは京都だけやからなぁ」

「でもねー、どんな所か想像もつかないわ」


 と言うて笑ろてる。


 そやろなぁ、砂漠しかあらへんもんなぁ、ここは。


 そう思て僕は日本の四季から説明しだす。なんと面白みのない話や。

 そやし、


「ミライはこんな話でもええのんか?」


 と聞いてみると、


「まるで夢の様よ」


 と喜んでくれる。


「日本には4つの季節があって……、冬には白い雪が降るんやで」

「へーそうなのね。雪はここでも降るわよ」


 冬は結構寒くて、朝起きると外に白い雪が積もってるそうや。


 砂漠にも雪は降るんや。


 逆に、僕がびっくりしてもたわ。


「僕が小さい頃は、その積もった雪で『かまくら』って言う、雪の家を作って遊んだわ」

「そんなにたくさんの雪が降るの」

「そうやなぁ。一晩で60センチも積もった事があるよ」

「凄いわね。それじゃ外を歩けないね」

「そやし雪を取り除く作業をするんや」


 と除雪作業の話しをダラダラと説明してると、ミライは大きなアクビをする。


 あかん。そんな説明はどうでもええ。もっと楽しい話しを……。


 また話は日本中を旅した思い出に戻す。なるべく綺麗な風景が想像できる様に話すと、ミライも喜んでる様やった。


 それでも小一時間程話しをすると、ミライも眠たくなってきたみたいで、目を擦る回数が増えてくる。僕も多少眠い。


「続きはまた明日しよか?」

「うん。また話してね」

「いいよ。それじゃ明日な」


 って、自分のベッドに戻ろうとするとミライが僕の腕を捕まえる。


「いっしょに寝ましょう」


 一旦離れかけた僕は、ちょっと戸惑いながらもミライの傍へ戻る。


「これでいいわ」


 二人で一つの枕に頭を乗せて見つめ合う。

 しばしの沈黙が続くと、ミライはゆっくりと目を閉じる。こんなに安心しきって安らかな寝顔を見ると愛おしくてたまらへん。


 僕はミライに顔を近づけ、唇にそっとキスをする。


 ほんでもミライの反応はない。眼の前には、ほんのりと微笑む様なミライの寝顔があるだけやった。



 9月1日の日曜日。

 目が覚めると僕はミライに背を向けて寝てた。窓の外は結構明るくなってて、一瞬焦ったけど今日は日曜日やちゅう事を思い出してホッとする。


 僕の背中にはミライがピッタリとくっついてる。寝返りを打ってミライの方を向くと、それでミライを起こしてしもたみたい。


 ミライはグーッとくちゃくちゃな顔をしながら背伸びをしてる。その顔もまた可愛い。そのあと二人で顔を見合わせてクスッと笑う。

 そのまま自然に唇を合わせ、おはようのキスをする。ミライの嬉しそうな表情がめっちゃ可愛いく思える。


 さて、ほんなら……。


 そやのにミライはスッとベッドから出ると着替え出す。

 僕が不審に思て見てると、


「朝ご飯の支度をしてきますね。おにちゃんはもう少し寝てていいよ」


 と微笑みながら言うんで、僕はまた横になる。なんかめっちゃ心残りでモヤモヤしてる。


 ほんでも寝ながら、


「もうちょっと面白く話が出来たら……、と言うか、ロマンチックな話しが出来たら良かったかな?」


 と、昨夜の話を思い出して反省をしてる僕。言葉の壁も、なかなか辛いもんがあるなぁ思いながら、大の字になってもう一回寝る。


 あの日以来、朝ご飯にゼフラは呼びに来てくれん様になった。それはちょっと寂しい思いもしてたけど、今日もミライに呼ばれて朝食に食堂へ行く。


 そこではハディヤ氏と先週仕立てて貰ろた服を取りに行く話しになったんやけど、今日は誰も車を出せへんという事やった。

 そやし僕は、


「自分で運転して行きますよ」


 と思い切って言うてみた。


「道は分かるのか?」

「一度通った道は、大概憶えてます」


 そう言うと、快く車を貸してくれる事に。当然ミライも一緒に付いて行くと言う。

 それを聞いたゼフラが、


「私も行きたい」


 みたいにダダを捏ねる。お姉さん方は僕らに気を使こてれくれて、ゼフラを宥めてくれてなんとか収めてくれた。


 僕はちょっとウキウキしてきた。なんと言うてもミライとのドライブのデートや。

 明日から旅に出るから、その買い出しも兼ねて二人で街でショッピングも出来る。その場では見せへんかったけど、部屋に戻ってくるとミライはえらいはしゃぎ様やった。


「お買い物ー。おにちゃんと一緒。楽しみー」


 と体中で喜びを表現してた。



 つづく

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