261帖 行方不明
『今は昔、広く
掃除が終わると氷を持ってきて患部を冷やしてくれる。
ミライ曰く、
「昨日より大分まし」
らしい。腫れは退いてきても、多分中の筋肉が損傷してるんやろう、動かすと痛い。そやけど徐々にはマシになってきてる感じ。
氷がなくなると今度は熱いお湯をバケツに入れて持ってきてくれ、絞った温かいタオルで僕の身体を拭いてくれる。着替えもさせてくれ、脱いだもんは洗濯しに持って行ってくれる。何から何まで、ミライは僕の面倒を嫌がらずにやってくれる。
気持ちよくなった僕は涼しい風を感じ、子どもらの遊ぶ声を聞きながらベッドで横になってた。
昼にはまたミライが食事を持ってきてくれる。さっと食べ終わった後、氷を持ってきたミライがまた僕の背中を冷やしてくれる。
それが終わると用事をしに戻り、それでも時々僕の様子を見にやって来てては笑顔を見せてくれた。
ほぼ1時間置きに氷を持ってきて冷やし、そしてまた用事に戻る。その甲斐あってか、日が傾きかけた頃には僕はソファーに座れる様になった。
様子を見に来たミライとソファーに座り、持ってきてくれたチャイを飲みながら取り留めも無い話をして過ごす。
暗くなった頃、
「ご飯だよー!」
と、ゼフラが呼びに来てくれる。僕は松葉杖を着きながら一人でも歩ける様になってたし、ゼフラと一緒に食堂へ行く。
晩ご飯も皆と一緒に食堂で食べることが出来た。
食後は居間のソファーに座り、子どもらが遊ぶのを見ながらムスタファやオムルとカンフーの「型」について話したり、テレビを見ながらのんびり過ごす。
ところが夜が更け始めた頃、ちょっとした騒動が起こる。
いつもはアズラやメリエムと同じ部屋で、もう既に寝てるはずのゼフラの姿が見当たらへんと言う。
これは大変やと皆は血相を変える。
聞くところによると、この家にやってきた当時、今よりもっと幼かったゼフラにはお母さんの死の意味も理解できんかったんやろう、もう亡くなって居らへんはずのお母さんに会いに行くんやと何度か寝ぼけて家を出て行ったらしい。酷い時は、ここから1キロも離れた村外れの砂漠の真っ暗な道を泣きながら一人で歩いてたそうや。
めっちゃ寂しかったに違いない。ゼフラでのうても小さい子やったら、そりゃお母さんに会いたいやろ。ここに居る子は皆、戦争で両親を亡くしてるし、そやからそんな気持ちが分かるさかいみんなは必死に探したそうや。因みにユスフやアフメットも何度か家を出て彷徨った事があるらしい。
ハディヤ氏の元で愛されて過ごしてるけど、みんな心の奥底には悲しみと寂しさを抱えてるんやと思うと僕まで悲しくなってくる。それと同時に僕は、この子達の両親を奪った戦争がやっぱり憎く思えて来た。
そんな事があったさかい皆は心配して総出で屋敷の中や倉庫、畑や泉、川などを捜索する。
そやけど、ゼフラは見つからへん。
居間にみんなが集まってこれからどうするか相談してた時、僕はふと朝の事を思い出す。
僕は松葉杖をついて自分の部屋に行ってみて電気を付けると、ベッドの中でぐっすり眠るゼフラの姿があった。
「ゼフラはここに居るよ!」
そう言うとアズラが走って来る。寝てるパジャマ姿のゼフラを見ると、
「ああ! よかった……」
と安堵の声を漏らしてる。
ハディヤ氏や奥さん、子ども達もやって来る。
「そう言えば、今日は僕と一緒に寝るとか言うてましたたわ」
「そうなのね。もう、この子ったら……」
奥さんはホッとしてる様子やった。
「あれ! 僕、さっきキタノの部屋も見たんやけどなぁ」
と、頭を掻いてるカレムを他の男の子達がしばいてた。まぁ、見つかって取り敢えずは安心できた。
アズラは寝てるゼフラを抱きかかえ、ゼフラが持参した枕をメリエムが抱えて自分たちの部屋に戻って行き、この騒動は収まった。
まぁ無事でホンマに良かったわ。
そこへミライがやってきて、
「それじゃ、また冷やしましょうか」
と氷を持ってきてくれる。
背中を出してベッドに横になるとミライもベッドに乗って僕の背中を冷やし始める。
「冷たー!」
「ごめんね、おにちゃん」
「いや……。ええねん。ありがとう」
「そうそう。忘れてた……」
とミライは毛布を掛けてくれて、ほんでまた冷やし始める。冷たかったけど、段々と気持ちようなってくる。
大分冷えてきたんで、
「もうええよ。おおきに」
と言うと捲ったシャツを直してくれ僕を布団の中に入れてくれる。もう仰向けになっても背中は痛くない。毛布を折りたたみ、ベッドに座るミライを見てみると、めっちゃ眠そうな顔をしてる。
「ほんまにありがとうな」
昨晩は寝ずにずっと僕の腰を冷やし続けてくれたら殆ど寝てないはずや。
「ふん?」
「ミライ、眠たいやろ」
「大丈夫よ」
と言いながらあくびををしてる。目もトロンとしてる。
「もう今日は早よ寝てや」
「おにちゃんはもう大丈夫」
「おお、今日一日ミライが面倒を見てくれたさかい、明日はもっと歩けるようになるわ」
「そうね。でも無理はしないでね」
「うん。分かってる。そやし、ミライもゆっくり休んで」
「分かったわ。それじゃ……」
「うん。何?」
「それじゃー、おやすみのキスをしてくれる」
そう言うとミライは右の頬を近づける。僕も頬を重ね合わせ、軽くキスをすると、今度は左の頬を向ける。すべすべしてめっちゃ柔らかいミライの頬にキスをする。やっぱり花のええ匂いがする。
「それじゃ、おやすみなさい。おにちゃん」
「おやすみ。ミライ」
なんかちょっと心残りやったけど、ミライは電気を消して部屋から出て行く。
昼間にちょくちょく寝てたんもあるけど、ミライの柔らかい頬の感触と何とも言えん微かな花の香りを思い出してしまい、僕は興奮してなかなか眠れんかった。
つづく
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