260帖 幸せな気持ち
『今は昔、広く
8月26日の月曜日。
朝、まだ外が暗いうちに目が覚める。
ずっと氷で冷やしてくれてたんや。
そんなミライの献身的な手当に僕は嬉しくなってしもた。
いつかお礼をせんとなぁ。
僕は自分に掛けられてる毛布をミライにも掛ける。手を毛布に入れ様として握ると、ついさっきまで氷で冷やしてくれてたみたいにめっちゃ冷たい。僕は両手でミライの手を取り、握りしめる。
握り返してくるミライの微かな力を感じる。髪の毛が乱れてミライの顔が見えへんさかい、覗き込もうとして身体を屈める。
痛てっ!!
身体を動かすとまだ痛みが走る。ハディヤ氏の言う通り、暫くは動かん方が良さそうや。
僕は身体の力を抜き、ミライの肩に手を乗せてもう一度眠った。
「キタノー! ご飯だよー」
と大きなゼフラの声がすると、ミライが飛び起きる。慌てて髪の毛の乱れを直し、振り向きもせずに急いで部屋から出て行ってしまう。
「キタノ。ミライと一緒に寝てたの?」
みたいな事を聞いてくるゼフラ。
なんでか僕は焦ってしまう。
「いや違うねん。ほら、ここ。背中の痛いとこをミライが氷で冷やしてくれてたんよ」
と誤魔化す様に喋る僕。
「そしたら今日はゼフラが一緒に寝るね」
の様な事を言うとゼフラも部屋を出て行ってしまう。それと入れ替わりにムハマドとカレムが入ってくる。心配して見に来てくれた様や。
「キタノ大丈夫か?」
「食堂まで歩けそう?」
「どうやろ……」
僕はシャツを着てベッドから足を投げ出し、ハディヤ氏が持ってきてくれた松葉杖を持ち気合を入れて少しずつ立ち上がる。
ムハマドとカレムが支えてくれるけど、右足に力を入れると腰に激痛が走る。
「痛てっ……。痛いなぁ」
力を抜いてベッドに腰掛ける。その時にも痛む。身体を動かす度に痛みが走るみたい。
「あかんわぁ。僕は朝飯抜きにするわ。二人は食べてきて」
「それでいいのか?」
「ああ、ええわ。ここでじっとしといた方がええみたい」
「分かった、後で何か持ってくるよ」
「おおきに」
二人が部屋を出て行くのを見届けると、僕は少しずつベッドの上を移動し、ほんでそのまま仰向けに寝ると、押さわった部分の背中が痛い。まだ少し腫れてるみたいや。そやし身体を横向けにして毛布を被る。
これはもしかしたら重体かも知れんぞ……。
そんな気がして落ち込んでしもた。
そやけど昨日は腕を動かすだけで背中が痛かったけど、今は腕は何とか動かせる。これも昨晩、ミライが寝ずに冷やしてくれたお陰やろう。明日ぐらいには歩ける様になるんと違うかなと希望を持つことにする。
横になってるとお腹が空いてくる。そう言えば昨日の晩飯は早かったし、あれから12時間以上経ってる。腰は痛いけど、お腹はグーグーいうとる。
するとドアが開き、さっきと違う髪の毛を整えた笑顔のミライがお盆を持って入ってくる。
「おにちゃん。朝ご飯を食べましょう」
おお、助かった。
「腹ペコやってん。おおきになぁ」
ミライはお盆をベッドの端に置くと僕の肩を持って身体を起こしてくれる。ちょっと痛いけど、我慢してベッドに腰掛ける。
隣にミライが座り、朝ご飯のバターナンを千切って僕の口に運んでくれた。
うん、美味しい。
腹ペコやし余計に美味く感じる。
次はチャイのカップを渡してくれる。喉も乾いてたし熱いチャイが胃袋に染み渡る。なんか生き返った感じや。
そやけど次の瞬間、僕は緊張してきてしまう。
あ、あかん。オシッコがしたい。
どないしてトイレに行こうか考えてる僕を見てミライが話し掛けてくる。
「どうしたの、おにちゃん」
「うーん……」
「座ってると痛い?」
「そやないねん。昨日、ミライが冷やしてくれたから座ってるだけやったら大丈夫なんやけど……」
「ふん?」
まじで、どないしよう?
「おにちゃん。どうしたのよう」
「ああ……。あのう、トイレに……、行きたいねん」
「そうなの。立てる?」
「分からん。けどやってみる」
ミライが取ってくれた松葉杖を右手に持ち、左手をミライの肩に預けてゆっくりと立ち上がる。
朝食前より痛みはマシやったけど、それでもやっぱり右足に力を入れると腰が痛い。
するとミライは僕の左腕を首に回し、両手で身体を支えてくれる。
「大丈夫。行ける?」
「いいわよ、おにちゃん」
僕は少しずつ体重をミライに掛け、右足を引きずりながら松葉杖を動かして一歩ずつ、ゆっくりと前へ進む。ミライは香水を付けてきたんやろか、ええ花の匂いがする。
そやけどそんな香りを楽しむ余裕もなく、全力を出して集中して進む。5メートル程の距離がめっちゃ遠くに感じる。
なんとかトイレの前まで行く。それだけで両手には汗が滲み出してる。右手でドアを開けると、そのまま中までミライは付き添ってくれた。
なんとか便座に座ると、
「終わったら呼んでね」
と言うてミライは出て行く。
ふーっ!
ジャーー。
用をたした後、またミライと二人三脚でベッドに戻る。全身に汗をかいてしもたわ。
残りの朝食を食べ終えた僕はベッドに横になる。
「また後で冷やしましょうね」
「ミライ。おおきになぁ」
ミライはお盆を持って部屋を出て行く。ほんで暫くするとまた戻ってくる。
「先にお掃除をするわね」
と言いながら窓を開け、笑顔で掃除を始める。
乾いた風が部屋の中に流れてきて心地ええ。
こんな愛らしい子が喜んで僕の世話をしてくれる。
妹かぁ……。
僕は、丁寧に掃除をするミライの姿を眺めながら、なんとなく幸せな気分になってた。
つづく
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