254帖 重ね合わせる頬と頬

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 ボーッと砂漠の夜景を眺めてたら、突然隣にミライが座ってくる。驚いたけど、来てくれるのをなんなく期待してたんで嬉しい。しかも、以前より座ってる二人の距離は縮まってる。


「ミライ。夕ご飯の片付けは?」

「もう終わったわ」

「そうか。お疲れさーん」

「うふふ。何をしてたの」

「また穴の様子を見て、ほんでから夜景を見てた」

「ふーん」


 それから暫く二人で夜の砂漠を眺める。会話は無かったけど、一緒に居るだけで自然と楽しかったわ。


 振り返り、僕は月明かりが照らすミライの横顔を眺める。最近のミライの顔は笑顔が溢れ明るく元気やのに、月明かりで見るミライの顔はどことなく寂しそうに見える。

 ミライは僕の視線に気付いたんかこっちを見てくる。笑顔やったけど、やっぱり少し悲しそうな顔付きや。


「ミライはここで生まれて、ここで育ったんか?」


 別にどうでもええ事やけど、話し掛けんと見つめ続けられるのんに耐えきれへん。


「そうじゃないのよ。小さい頃はArbilアルビルの近くに住んでたの」

「へー。アルビルかぁ」

「その頃はお家に沢山の羊や山羊が居たのよ」

「おお、羊を育ててたんやなぁ」

「うん、いつもお兄ちゃんと一緒に緑の丘で羊の世話をしてたの」

「ええ! おにいちゃん?」

「うん」

「えっ、ほんまのお兄ちゃんが居たんか?」

「うふふ。そうよ。私の事を一番可愛がってくれたわ」

「そうなんや。ほんならそのお兄ちゃんは今、どうしてるんや」


 一瞬悲しそうな顔をしたミライは、また笑顔を作って話し続ける。


「死んじゃったのよ。爆弾で」

「そ、そうなんや」


 ミライは視線を落とし表情が少し暗くなる。

 息子を亡くしたから、ハディヤ氏はああやって戦争孤児を養子にしてるんやろか。


「そら寂しいなぁ」

「ううん。寂しくないよ。今は『おにちゃん』が居るからね」


 ミライは笑みを浮かべて僕の方を見る。きっとほんまのお兄ちゃんともこうやって月明かりの下で砂漠の夜景をみてたんやろう。


「そっかぁ。ほんなら僕はそのお兄ちゃんの代わりにミライを可愛がらんとなぁ」


 ミライを励ますつもりで言うたけど、ミライは、


「そうじゃないよ。お兄ちゃんはお兄ちゃん。キタノはキタノだもの」


 そうなんや。ちょっと嬉しいかも。


「そうか。分かったわ」

「キタノは私のおにちゃん」

「そうや」

「私、おにちゃんが大好き」


 むむ。なんか意味有りげやなぁ……。


「そ、そっか。ありがと。僕もミライが好きやで」

「ありがとう……、ハクチュン!!」


 ミライは可愛いクシャミをする。風も出てきてちょっと寒なってきたか?


「大丈夫、ミライ。これ着るか?」


 僕がウインドブレーカーを脱ごうとするとそれを止め、


「そうじゃないの」


 と言うと立ち上がり、僕の足の間に入ってきて向こうを向いて僕の前に座る。


 えっ! 何、なに?


「手を貸して」


 と僕の腕を掴んでミライのお腹に回す。


「こうすると寒くないわ」


 ミライの背中と僕の身体が密着する。ミライの背中の温もりが伝わって来て、ほんで髪の毛からいい匂いがしてくる。


「夜の放牧をしてた時、いつもお兄ちゃんはこうやって私を温めてくれて、それで羊の群れを眺めてたの」

「そうなんや」


 僕は一旦腕を解き、ウインドブレーカーのファスナーを降ろすと、ミライの前でファスナーを繋ぎ直し、二人で一つのウインドブレーカーを着る。


「うふふ。面白いね」

「でも温かいやろ」

「うん、素敵。これで羊達がいればいいのになぁ」


 ミライは昔を思い出して懐かしんでる。


 一つになった僕らはその後もいろいろと話をする。主にミライの昔の話しや。

 アルビルでの楽しかった話や、ここSarsankサルサンクに住んでたお爺ちゃんが亡くなって、みんでここへ引っ越してきた事。ここでの生活に、大好きやったお婆ちゃんも亡くなってしもた事。更にお姉ちゃんのアイシャやエリフも結婚して居なくなってしもた話しなど。


 どこかミライの話には悲しさが付き纏う。それでも明るく話すミライが愛おしくなる僕はできるだけ元気に返事をして、ほんでミライを励ましてやりたいと思う様になる。

 そうやって話は進み、砂漠の夜が更けていった。


 話しが途切れた時、僕は腕をぎゅっと締める。ミライの暖かさを感じ、ほんでミライの柔らかさに癒やされる。

 そんなミライが堪らなく可愛く思い、僕は後ろからミライの頬に僕の頬を重ね合わせた。


「うふっ」


 ミライはこそばそうに少し声を漏らす。

 何でそんな大胆な行動をしたか自分でも分からんかったけど、ミライはそれを嫌がりもぜず逆に僕の頬に密着させてくる。

 ミライの頬は冷たかった。

 それでも重ね合わあせてると徐々に温かくなってくる。

 どんな感情からか分からんけど、居ても立っても居られん様になって僕は柔らかくツルツルしたミライの頬に軽くキスをした。僕はそうしたなって仕方がなかった。自分でも感情のコントロールかできへんというか、それが自然に思えた。


 そんな事をしてもミライは驚きもせず、逆に僕の髭だらけのほっぺたにキスをしてくる。


「うふ」


 と小さく笑いながら、僕は何度も何度もキスをされる。だんだん僕は意識が遠のいていく様や。天にも昇る心地とは、こういう事かも知れんと思た。


 大分時間が経ち、月が地平線に傾いてきたころ頃、ほんまに寒なってきたんで僕から屋敷に戻る様に促す。

 コクリと頷いたミライとウインドブレーカーを着たまま声を合わせて立ち上がり、そのまま掛け声を合わせて「二人羽織り風二人三脚」で屋敷まで戻る。


 終始、ミライは笑い声を上げて楽しそうやった。



 つづく

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