249帖 どないしたんやろ?

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 なんかモヤモヤする気持ちをマンスルさんと一緒に荒れ地を開墾する事で紛らわす事にする。

 荒れ地の開墾と言うても雑草も無ければ切り株もない砂地なんで、マンスルさんと土を掘り起こしながら大きな石があればそれを取り除く形で進めていく。

 2時間で500平方メートル程できた。


 後は頼んである無花果イチジクの苗が来週に届くんで、届いたらそれを植えるとの事。

 日本やったら腐葉土とかを土壌に混ぜるんが普通で、しかも簡単に手に入るけど、ここは砂漠。


「それやったら、無花果を植えるとこに雑木林から落ち葉を拾ってきて埋めとくと、保水力や保肥力が高まるし生育が良うなる思います」


 と大学の土壌学で習ろた様な事を提案するとマンスルさんはえらく感心してくれて、明日落ち葉拾いに行く事になる。そういう事は当たり前やと思てたけど砂漠の農業ではせえへんのかなぁと、物凄く原始的に感じてしまう。僕の知識を使こたら生育も収穫もかなり上がるんとちゃうかなと思てしもた。ただそれが砂漠で通用するかは分からんけどね。


 今日の作業はこれで終わりらしいけど、それでは僕のモヤモヤがまだ収まらへんかったんでシャベル借りて穴掘りをしてみる事にする。


 タンクの下方で無花果を植えるとこを掘ってみる。目的はタンクから流れ出た水が何処まで染み込んで来てるかを確認する為。あと、なんとなく力仕事がしてみたかったからかな。


 1メートル四方の穴を掘り進める。1メートル掘っても乾いた土しか出てこうへん。逆に周りの砂が崩れてくるしもう少し広げて掘り進める。

 額から汗がダラダラ流れてたけど、それはそれで気持ちよかった。喉が渇けばタンクから溢れてる水を飲み、更に掘り進める。

 僕の肩位、深さ1メートル半を越して漸く少し湿った土が出てくる。もうこんなもんで止めよかなぁと思てたら、ムハマドとカレムがやって来る。


「キタノ。何をしてるの?」

「ああ、穴ほってたら水が出てくるんや」

「ほんとに? 僕もやってみたい」

「僕もやる」


 シャベルをムハマドに渡して交代する。なんか楽しそうに掘ってたわ。次第に色の濃い湿った土が出てくる。疲れたムハマドはカレムに変わり更に掘っていくと固い地盤に辿り着いたみたい。


「もう無理かな」

「ほんならもうええで。ほっといたら水が染み出してくるで」

「ほんとに!」

「おお。明日の朝に見に来てみ。水が溜まってるかも知れんで」

「うん分かった。明日見に来るわ」


 と言うと二人は走って帰ってしもた。


 もう直ぐ夕日が地平線に沈みそう。少し風も涼しくなってくる。


 牧草地にも水を撒くガディエルさんを手伝ってから僕はシャベルを片付けに行き、屋敷に戻ってシャワーを浴びる。

 その後ベッドでのんびりして、夕飯の支度が出来るといつもミライが呼びに来てくれるんでそれを期待して待ってた。


 そやけどなかなか来うへんし、もう嫌われてしもたんかなぁと思てたらドアをノックする音が聞こえる。


 ミライかな?


 ドアを開けて見るけど誰も居らへん。仕方がないんで一人で食堂へ行ってみる。


 食堂には大方のメンバーが来てる。相変わらず僕を誘うのはゼフラ。またゼフラの隣に座ってみんなが集まるんを待つ。


 最後にガディエルさんがやって来て全員揃うとお祈りをして晩ご飯を頂いた。今晩の話の中心は僕が住んでた京都の話。どんな街なんか事細かく説明し、その度にいろいろな質問を受ける。どうやら想像もつかへんみたいで、みんなに不思議に思われて質問はなかなか止まへんかった。


 さて、夕食後の団欒もお開きになり、部屋に戻った僕は少し休憩してからあの掘った穴の様子が気になったんでそれを見に行く事にした。


 月明かりだけでも歩いて行ける程に充分明るい。畑を通り抜け、タンクから斜面を下って果樹園予定地に着く。穴を覗いても月明かりではよう見えへんしヘッドライトで照らしてみる。


 湿った土の部分が増えてるし少し水っぽいのが底の方で反射してる。これは中々ええんとちゃうやろか。このまま行けば扇状地と同じ効果で果樹園に適した土地になりそう。

 そういえば、中国のオアシスの街「阿图什アェトゥシェン(アルトゥシュ)」でも栽培が盛んやし多分同じ感じでやってるんやろう。


 穴の手前に座ってホッとしてたら、ついつい考えてしまうんは自分がここで何をしてるかって事。昨日に引き続き、こんな所で農業らしき事をして食客としてのうのうと暮らしててええんやろかと思てしまう。


 ほんまにここは居心地が良うて、しかもお金も使わへんから減らえへん。ハディヤ氏は大らかで優しいし、おっちゃん達も少しやけど僕を頼りにしてくれる。子ども達と勉強したり遊んだりするんも楽しいし、女の子はみんな可愛くて気が利いて言うことないなぁと思てたら、ふとミライの事を思い出してしもた。


 ほんまにどないしたんやろ?


 急に避けられてるみたいな感じやし、それで余計にミライの事が気になってしまう。昨日は少しだけやけどここで楽しく過ごせたのに、なんで疎遠になってしもたんか色々思い出して見るけど心当たりは無い。


 もう仲良くなれへんのかなぁと思いを巡らせてたら、屋敷の方から声が聞こえてくる。


「キタノー」

「居るのー?」


 アズラとメリエムの声やった。



 つづく

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