247帖 ただ月を見てただけやで

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 8月23日の金曜日。

 誰かが体を揺さぶってる。


 ふむっ?


 目を開けるとベッドの横に立つミライの姿が。


 おはようって何やったけ?


「スパス(おおきに)? いや違う……スビハエル(おはよう)」


 僕がそう言うとミライは部屋からスッと出て行ってしもた。

 直ぐに着替えて追っかけたら、もう既にみんな揃ってた。ハディヤ氏まできてるやん。って事は僕が寝坊したんや。

 そやし、畑の東に居るハディヤ氏のとこまで走って行く。


「すんません。寝てました」

「あはは。いいんだよ。キタノ。それよりこれを見てくれ」


 タンクから溢れてた水が染み込んでいった所を見てみると小さな芽が出てる。ここは何も植えてないし、種も蒔いてないはずやからこれは雑草の芽やろか? 


「もう生えてきてるんですね」


 恐るべし雑草。


「ここは牧草地がいいかな。また昔みたいに山羊や羊を飼うぞ。そして南の斜面には果樹園がいいだろう」


 もうそんなとこまで考えてるんかぁ。流石、農場経営者!


「じゃあ、今日、僕は何をしたらいいですか?」

「そうだな。ガディエルと柵でも立てて頂こうか」

「了解です」

「ほほー。キタノはそんなに働かなくてもいいんだ。あなたは食客なんだから」

「いえ。働かざる者食うべからずですから」

「あはは。気にしなくていいんだ。それから、キタノが居たければいつまで居てくれてもいいんだよ。心配は不要だ。安心してくれ」


 ああ、ミライがもう聞いてくれたんや。


「おおきにです」


 まぁそう言われても僕だけ遊んでるなんて申し訳ないし、やっぱり手伝うことにする。

 今朝もミライの野菜の収穫の手伝いをしようかと畑を見ると、今朝はエシラと組んでる。ということは。


 えーっと、一人でやってるのは……アズラか。


 僕はアズラの方へ寄っていき声を掛ける。


「アズラ、手伝おうか?」

「うふふ。ありがとう」


 僕はカゴを持ってアズラの後を付いていく。


「ねえねえ、キタノ。うふふ」


 なんやニヤニヤしてるなぁ。


「何や?」

「あなたさー、ミライのこと、どう思ってるの?」

「ミライ!」

「そうそう。あの子、キタノのことに興味を持ってるのよねー」


 あっ、そういう事か!


 ミライをエシラを組ませて、アズラが僕から話を聞き出そうという魂胆やな。そやけどなぁ、なんて答えたらええんやろ。


「うーん……」

「もう、どうしたのよ。昨日の夜も二人っきりで会ってたのでしょ」

「いや。そ、それは……、ただ月を見てただけやで」

「そんな事ないでしょう。何を話してたのよう?」

「まぁ、幾つかは質問したよ」

「何? 何を聞いたの」

「月が綺麗やなぁとか、明るいなぁとか」

「ええ、何それ! もう。まぁいいわ。それでミライは何て言ってたの」

「何も答えてくれへんかった」

「ええー!」

「ああ。いつまでここに居ってええんかハディヤ氏に聞いといてって言うたら、いいよって言うてた」

「それで、それで」

「それだけやけど」

「何それ! キタノねー」

「アズラ、手が止まってるよ」

「もうっ!」


 アズラは乱暴に豆のサヤを引きちぎってる。


「あのね、あの子は大人しい子なのよ。わかる?」

「うん」

「だからね、もっとキタノがリードしなくちゃダメな訳」


 リードって、何をリードするんや?


「キタノ、聞いてる?」

「あっ、はい。聞いてます」

「だから今晩も多分畑に行くから、あなたからしっかり話をするのよ」


 なんの話をするんやろ……。


「わかった?」

「はいっ」


 やっと収穫作業に集中してくれたんでホッとしたのも束の間、更に質問が飛んできた。


「ところでさー。キタノはミライのことをどう思ってるの?」


 えぇ! うーん、自分でもよう分からんなぁ。


「まぁ、くせ毛にクリッとした目は可愛いよなぁ」

「それから?」

「うん。まだあんまり喋った事無いし、分からんわ」

「ああ……。そうなのねぇー」


 何を期待してたんやろか。非常に残念な顔をしてる。


「とにかく、今晩も喋ってみます」

「うん。そうしてあげて。あの子、大人しいから」

「はい」

「それじゃー、後よろしくね。朝食の準備をしてくるわ」

「はい。了解!」


 女の子達はみんな引き上げて行く。ミライが通りかかった時に、


「ありがとう。ハディヤ氏に……」


 と言い掛けたのに、こっちも見ずにスッと行ってしまう。そんなミライの態度を見て少し不安になってしもた。


 朝食はいつもの如くゼフラがお迎えに来てくれる。卵焼きは昨日よりぐちゃぐちゃやったけど、


「美味しいよ」


 と言うとめっちゃ嬉しそうにしてる。ミライもこれくらい分かりやすかったらええねんけど、隣で大人しく前だけ見て食べてた。


 食後、勉強会の家庭教師をしてたら終わりがけにまたミライがチャイを持ってきてくれる。


「ミライ」


 と声を掛けたけど、やっぱり直ぐに奥の台所に入ってしまう。アズラがミライの事をあない言うてたけど今日はまだ一言も喋ってへんし、今日のミライはなんか変な気がする。


 その後は、ガディエルさん、マンスルさんを手伝って杭打ちを手伝う。まぁ暑いのなんのって、汗はダラダラやし首や鼻先にも太陽がジリジリ照りつける。それならいっそTシャツを脱いでしまおかと思たぐらい。

 こんな時にタンクの水を頭から浴びると最高に気持ちええ。ついでに飲んでしまえ。泉の水は冷とうてめっちゃ美味い。


 昼からは子どもらとまた泉で水浴びをしよと思い、力を振り絞って杭打ちに精を出した。



 つづく

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