246帖 月夜

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 振り向くとそこに立ってたんはミライ。真っ暗な夜道を一人で歩いて来たんやろか。まぁもう直ぐ満月やから月明かりでも充分歩けるけど、どうしたんやろう。

 ミライは、土手に座ってた僕と2メートル位間を空けて座る。


「どうしたん?」


 と聞いてもタンクから溢れる水の先を見てるだけで何も返答はない。

 それでもじっとミライのことを見てたらミライが振り向いた拍子に目が合うてしまう。ほんでもミライは顔を伏せずニコッとして僕を見てるし、僕も微笑む。


 月に照らされたミライの顔は、闇の中に白く浮かび上がりくせ毛の先端の栗色の部分が輝いて見える。表情は素直で落ち着いた感が昼間見るより少し神秘的に見える。月明かりでできる顔の影を大人っぽく感じたんやろか。


 そのまま時間が過ぎると、朝飯の時の事を思い出して照れてしもた僕は目を逸らしてしまう。するとミライから話掛けてきた。


「ごめんなさい」

「何が?」

「今朝、姉さま達が話して事」


 同じ事を考えてたんかな。


 何を言うてたんかはクルド語やし分かれへん。別に気にしてへんかったけど……。


「ああ、大丈夫。ミライは?」


 と聞くと、ミライは下を向いてしもてまた髪の毛を弄りながら黙ってしまう。あんな風に言われたりするのんが嫌なんか、僕との事を言われるんが嫌なんか分からんけど、ちょっと悲しい顔をしてる。


 言われるんが嫌やったら、またこんな所には来うへんか。


 と言う事は、ミライってもしかして僕の事を本気で気にしてるとか?

 もしそうやったら、ちょっと恥ずかしい様な嬉しい様な。

 ほんまの所、どうなんやろ。そんなん聞いても答えてくれへんやろしなぁ……。


「ミライ」


 と思わず言うてしもた。なんで言うたか自分でも分からんけど、声を掛けたらミライはビクッとしてる。


「あの、あ、明日の朝も、野菜の収穫を、手伝うよ」


 返事は無いけど、なんとなく頷いてくれた様に見えて少しホッとしたわ。

 その後もミライを見てたけどずっと下を向いたままや。


「月が綺麗やなぁ」


 とか、


「月の光がめっちゃ明るいなぁ」


 とかいろいろ言うてみたけど、ミライは何も反応せん様になってしもた。


 どないしたんやろう?


「ほな、屋敷に帰ろか?」


 と言うても微動だにせえへん。もうええわと思てそのまま月明かりに照らされてる水の行方を眺める事にする。


 そよ風やけど夜の砂漠に吹く風は、昼間との温度差のせいもあるんやろう、どことなく寒い。

 南の方の村からは犬の鳴き声が聞こえてくる。たまに車の走る音とヘッドライトの灯りが見えるけど、暫くすると砂漠の彼方に静かに消えていく。星と月の明かりしかない何も無い世界。

 もし一人やったらめっちゃ寂しなるとこやけど、ミライが居ると思うとなんとなくホッとする。


 そんな時間が流れてた。

 遠くに見える山の稜線の向こうの事が気になってしもた。


 南の街では今も戦闘をしてるんやろか。そしてここに居る子ども達の様な戦争孤児が増えてるんやろか……。


 そう考えながらも、ここでののんびりとした生活に染まっていく様な気がして、それに抗う自分も居るけど今は勢力的に非常に弱い。それはもしかしてミライの存在が関係してるんかなと自分でも思う様になってきてた。

 ただその決め手が無く、ミライに視線を向けて眺めてた。


「キタノは何処へ行くの?」


 突然振り向いたかと思うと話し掛けてきたんで僕はびっくりしてしもた。


「あ、えーっと、僕の旅のゴールはここやねん。Kurdistanクルディスタンに来る事が目的で、日本から来たんやで」

「そう……」



 ええっ! それだけ言うてまた前を向いてしまう。前と言うか、どこか遠くを見てる様な目線やわ。僕もその目線に合わせたけどなんにもあらへんなぁと思て見てたらまた喋りだすミライ。


「いつまで居るの?」

「うーん。僕も分からへん。いつまで居れるんやろう。仕事の手伝いはさせて貰ろてるけど、迷惑や無いんかなぁとも思てる」

「それは無いと思うわ」

「そうなんや。ほんなら出て行けって言われるまで居よかな」

「それがいいわね」

「ほんならミライからいっぺん聞いてみてくれへんかな。いつまで居ってもええんか?」

「いいわよ」

「スパス(ありがとう)」

「リチャーディクム(どういたしまして)!」


 顔を見合わせて笑てしもた。


「そろそろ戻る?」

「ええ」


 二人で歩いて屋敷に戻どる。


「おやすみ」

「シェヴバシュ(おやすみ)」


 部屋に戻ってベッドの上に横になる。今晩は昨日より少しだけたくさんミライと話せた事がなんか嬉しなってきた。多分、顔はニヤニヤしてたと思う。

 まだ10時と寝るには早い時間やのに大きなアクビが出てくる。

 今日もよう働いたけど、こんなんでいつまで居らしてくれるんやろう。まだ僕は戦争の前線にも行けてへん。そやけどここでの農作業は面白いし、中でもみんなと生活するんが楽してしゃあない。

 このまま平和になってくれたらなぁと思いつつも、あのZakhoザーホーでみたデモの事が思い出された。


 あの人達は今も戦ってるんやろか? 戦線は今どうなってるんやろ?


 そんな事を考えてたら、いつの間にか寝てしもてた。



 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る