234帖 アリー家

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「さー、どうぞ。中に入って」


 そう言われて恐る恐る中に入る。玄関ではアリー氏の息子さんや娘さんそしておばあさんが出迎えに来てくれた。

 東洋人が初めてなのか小学校中学年位の息子さんと、低学年位の娘さんは恥ずかしそうにしてたけど僕に興味津々って感じ。皆に紹介された後、ゲストルームに通される。


「今日はここを好きに使ってくれ。シャワールームはこっちだ」

「ありがとうございます」

「晩飯の用意が出来たら呼びに来るから、それまでゆっくりしててくれたらいいぞ」

「はい、おおきにです」


 ぐるっと部屋を見渡すと、今まで泊まったホテルのどの部屋よりも豪華やった。大きなソファーにテーブル。窓にはレースのカーテンが掛けてあり、中庭が見える。空調も効いてて涼しいし、大きなベッドはフカフカでビップ待遇やった。


 ほんまにええんかな? 僕みたいなんがこんな所に泊まらせて貰ろて……。そう言うたら昨日は地べたで寝てたなぁ。


 何もお返しが出来そうに無いのにこんな待遇をして貰ろて恐縮やった。ほんでも折角やしご厚意に甘えようと思い、荷物を整理して早速シャワーを浴びる。

 シャワーの後はベッドに横になり、窓から沈む夕日を眺めてた。



 アリー氏の息子さんに連れられて大広間に行く。大広間では既に夕食の準備が整い、僕は綺麗な絨毯が敷かれた上座の真ん中に座らされる。暫くしてアリー氏がやって来て僕の横に座る。

 こんな見窄らしい格好で申し訳なく思ってしまうぐらいの豪勢な晩餐やった。

 左の列にはアリー氏の息子さん以外にも近所の親戚のおっちゃんたちが並び、右側にはおばあさんを筆頭に奥さんや娘さん、親戚のおばさんやお嬢さん方が座る。


「今日は遠く東の国ジャポンからのお客さんだ。みんなで盛り上げて下さい」


 みたいなアリー氏の挨拶が終わると、食事前のお祈りが始まる。何を言うてるんか分からんかったけど、郷に入れば郷に従えで僕も同じ様にする。ただ最後は「アーメン」と言うてたんで、どうやらアリー氏の一族はキリスト教徒みたい。アリー氏に聞いてみたらやっぱりそうやった。


 食事は絨毯の上に胡座をかいて座って頂く。料理も絨毯の上に置かれてる。これがKurdishクルディッシュスタイルなんやろ。

 料理はトマトときゅうりと玉ねぎのサラダに、ナスと肉の炒めもの。ジャーケバブにピラウ。鶏肉の炒めたものにデザートにスイカ。


 料理を見てるとアリー氏が早く食べろと急かしてくる。どうやらお客さんが食べん事にはみんなが食べられへんみたいや。まずサラダを取り分けて頂く。するとみんなも料理を食べ始めた。


 途中で自己紹介を始めると英語をアリー氏がクルド語に翻訳してくれてみんなに伝える。みんな真剣に聞いてくれる。

 おじさん方から質問されて、それに答える形で宴は進んでいく。日本にめっちゃ興味があるらしく、話題は政治や経済の話が中心やった。


 その間にも僕は料理をたらふく食べさせて貰う。お腹が空いてるんもあったけど、なんと言うても僕好みの味付けが余計に食欲を刺激した。


「めっちゃ美味しいです」


 と言うと奥さんがとても喜んでくれてる。


 宴の盛り上がってくるとおじさんや甥っ子たちの勇ましいダンスが始まり、僕をもてなしてくれる。

 最後は姪っ子たち女の子のしなやかな舞踊で締めくくられた。


「それじゃー僕からも感謝の気持ちを込めて歌を歌います」


 と、言うてしもた。言うてから何を歌おうか考えてる。


「えーっと、ジャポンは周りが海なので、海の歌を歌います」


 と言うて『われは海の子』を歌う。高校の時に合唱部の助っ人もしたことあるし歌には自信があったけど、憶えてる歌詞は1番だけなんですぐに終わってしまう。ほんでもいっぱい拍手をして貰ろた。


 宴会が終わり、ゲストルームでくつろいでるとアリー氏の息子さんと娘さんが入ってくる。なんとチャイを持ってきてくれた。


「ありがとう。お礼に折り紙を作って上げるからここに座って」


 もちろん日本語も英語も通じへんけど、ちゃんと座ってくれた。僕はリュックから折り紙に使える紙を出して正方形に切り、鶴を折る。娘さんに上げると目を輝かせて喜んでる。


「僕も僕も!」


 と息子さんにもせがまれたんで急いで折って渡す。


「これは鳥だよ」


 と言うたけど息子さんは飛行機の様に飛ばして遊んでる。それならと折り紙で飛行機を作って上げたら、めっちゃ喜んで飛ばしてた。


 するとそこへアリー氏が入って来る。


「私の子ども達と遊んでくれてありがとう」

「いいえ、ほんのお礼です」

「えーっと、これからの事なのだが、私は余り北のルートに詳しくない。だから明日、ルートに詳しい人を紹介するよ」

「すいません、何から何までしても貰ろて」

「いやいいんだ。私も付いて行けたらいいのだが、休みは明日までなんだ。申し訳ない。ただ、ちゃんと面倒を見てくれる人を紹介するから安心し給え」

「ええ、お任せします」

「それでは、良い夜を」


 息子さん、娘さんも挨拶をして出ていく。


「あっ。アリーさん」

「なんだ」

「宴会は楽しかったです。それと料理は本当に美味しかったですよ。おおきにです」

「おお、ありがとう、ありがとう。そう言ってくれると私も嬉しいよ。では、おやすみ」

「おやすみなさい」



 つづく

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