ザーホー→ドゥホック

232帖 墓石

 8月19日、月曜日。

 食堂で朝飯を2人分貰って同室の彼と一緒に食べる。丁度食事が終わった頃にトフィックが現れた。


「もうすぐバスが来るぞ」


 わざわざバスの時間を言いに来てくれたんや。僕は同室の彼に笑顔で別れを告げ、駐屯地を出る。


 バス停で待ってると直ぐにバスが来て、トフィックともお別れをしてバスに乗る。彼がどんな人かも知らんまで別れてしもた。実に不思議な青年やったわ。


 バスは砂漠の中を走りながら徐々に高度を上げていく。大きな山の谷間を走り峠を越えて下りだすと、そこからは延々と砂漠の中を走る。全くと言うてええほど風景は変わらんかった。


 それでも1時間程で山に囲まれたオアシスの街Duhokドゥホックが見えてくる。

 街に入り、バザールの近くのバス停に止まる。他の乗客と一緒にお金を払おうとしたら、やはり今回もお金は要らんと言われてしもた。そやしお礼を言うてバスを降りる。


「うわー、暑いなー」


 と思わず声が出てしまう程、直射日光はきつかった。勿論気温も35度と高い。


「さて、どうしようかな?」


 バザールの方を見てると、一人の中肉中背で顔がキリッとしたおじさんが出てきて僕と目が合うてしまう。ほんで声を掛けられた。


「こんにちは」

「こんちはー」

「どこから来たんだ」

「ジャポンから来ました」

「おお、それは凄い。これからどうするんだ」


 どうするんやろう?


 自分でも考えてへんかった。とにかく僕がイラクへ来た目的を話すと凡その事は理解してくれたみたい。


「ちょうどいい。私が一緒に街を案内しよう。私に付いて来い」


 おじさんはバザールと反対方向へ歩き出し、駐車場の方へ向かうとその中の1台のセダンに乗り込み僕らは街の中を走った。


「私はアリーだ」

「僕は北野と言います」

「宜しく」

「宜しくです」


 右手で軽く握手をする。このアリー氏は警察官をしてて、今日と明日は非番だそうや。


「どこかにいいホテルは無いですか?」

「ホテルねー。うーん。私の家に泊まらないか?」

「良いんですか?」

「ああ、いいとも。問題ない。是非うちにおいで」

「では、宜しくおねがいします」



 会うていきなり泊めてもらう事になってしもたけど、ええんやろか?


 ちょっと心配になったけど、アリー氏は警察官やて言うてるし身の危険はなさそう。それに一般家庭の様子も見られるし面白そうや。


 街の風景はここがオアシスかと思うほど立派な建物がある。電気屋とカメラ屋に目が行ってしもた。

 その辺は余り日本とも変わらんし、砂漠の中のオアシス都市と言うよりも、ヨーロッパの佇まいが感じられる。何度も言うけどヨーロッパはまだ行った事が無いので想像や。


 それにしても通りを走ってる車は少ない。通りの脇では子どもらがサッカーをして遊んでる。

 更に大きな通りに出ると、繁華街の4、5階建てのビルが立ち並んでる前でアリー氏は車を停める。


「ここからは歩いて行こう。カメラを持って付いておいで」

「はい」


 車を降りて、ビルの間を通り抜ける。どこへ連れてかれるか少し不安やったけど、その建物の間を通り抜けると小高い丘の前に出た。


「なんでこんな街中に丘があるんですか?」

「写真を取ってみろよ」


 草木の全く生えてない丘には、等間隔に石が並べてある。


 写真を撮ってもピンとこうへん。


「それじゃー付いておいで」


 とその丘に近づいて登って行く。丘全体に白い石が置かれてる。

 近づいて見てみるとそれは墓石やった。十字架もある。


「ここに私の友人が眠っている。先月戦死したんだ」


 と真新しい墓石を紹介してくれた。


「ここの墓石は全部戦争で亡くなった方のものですか?」

「そうだな。フセインとの戦いで亡くなった者たちが多いな」


 僕は数を数えてみる。一区画が5個位で、それが何十とある。


「戦闘で亡くなった者も、爆撃で亡くなった者も居るから千は越えてるよ」


 アリー氏は少し悲しそうな顔で話してくれる。どうやら丘の向こう側にも墓石があるようや。


 こんなに沢山の人が亡くなってるんや……。


 その膨大な数に圧倒され、不謹慎かも知れへんけど僕はこの墓地の事実を記録せなあかんと思い、場所を変えてシャッターを切った。


 自分の連れ合いか息子の墓参りなんやろう、年老いた女性が花を捧げてる。今にも泣き崩れそうな感じでお参りをしてる。その姿に僕の目は暫く釘付けになってしもた。


 墓地を出た僕らは表通りに出る。建物の一階にはゲームセンターがあり、沢山の子ども達で賑わってる。

 ゲームと言うてもテレビゲームではなく、手で動かすゲームを時間貸しでやらせてるみたいや。その中でも、手で棒を動かすサッカーゲームが人気や。上手いことパスを繋ぎ相手側のゴールにシュートする。


 決まったか!


 と思たらゴールキーパーがシュートを止めてた。見てるだけでも興奮するぐらいやから、やってる本人は相当熱中してるやろう。変な東洋人が横に立ってても、全く関心が無さそうやった。


 再び車に乗り、大通りから山手の方へと向かって行く。途中大きな建物に「Parliamentパーラメント Democracyデモクラシー Kurdistanクルディスタン」と書いてある。


「あれは、PDKの建物ですか?」

「そうだ。あそこが司令本部だ。後で行ってみよう」

「昨日はZakhoザーホーのPDKに泊めて貰いました」

「おお、そうか。今日はMosūlモスルに出撃したな」

「ああ、そう言うてはりました」

「奪還出来ると良いんだが……」


 その表情からはかなり厳しそうというのが伝わってくる。


 車は住宅街の中に入り、どんどん坂を登って行く。

 そしてある角を曲がった時、目に入ってきた光景は僕が今まで一度も見たこと無いもんやった。



 つづく

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