231帖 化膿した足裏が語るもの

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「今日の晩は、兵舎に泊まっていっていいよ」


 とリーダーのおっちゃんに言われたんで、また車に乗って兵舎に戻る。ここでトフィックとはお別れ。また明日来ると言うてた。


 晩飯も兵士と同じ物を食べさせて貰う。パスタの様な料理で、決して美味しいもんでは無かったけどお腹は膨れる。

 兵士の皆さんは僕をとても温かく迎え入れてくれる感じがする。


「なんでそんなに日本人に対して親切なんですか?」


 と聞いてみた。


「先月までジャポンのメディカルが滞在して、怪我人や病人を助けてくれた。だからジャポンは大切な友達だ」


 と説明してくれた。


 確かに、日本を出る前、日本の医療団がトルコ領に避難したクルド難民や北部イラクのKurdistanクルディスタン地域で活動してた事は僕も新聞で読んで知ってた。その人達の功績で、同じ日本人の僕が歓迎されてるんやと感じた。


「その支援してくれたジャポンの為にも、俺達は明日からMosūlモスルと言う街をイラク政府軍から奪還しに行くんだ」


 と、気合を入れてる。

 この人らは明日から前線に行くんやと思うと、なんとなく寂しくなってしまうのは何でやろと考えてた。


 部下の方が用意してくれた部屋は狭くてベッドは無い。それでもただで夜露を凌げると思うと有り難いもんや。知らん土地で野宿するよりずっと安全。


 いや、ちょっと待てよ!


 ここが駐屯地やと言うことは敵の標的に一番なりやすいんとちゃう?


 一番危険な所に居てるんとちゃうやろかと思たけど、今更出ていくわけにはいかんので爆撃されん事を祈りながら部屋の中に入る。


 部屋には、既に一人の青年が壁にもたれて横になってる。


「こんちはー」

「こんにちわ」

「何処から来たの?」

「ジャポンから来ました」

「おお、ジャポンかぁ」


 なんか嬉しそうにしてる。僕は荷物を置き、その青年の隣に腰を降ろす。


「ジャポンから来たのだったら、薬を持ってないなか?」

「薬?」

「ああ、これを見てよ」


 彼は僕に足の裏を見せる。薄暗い明かりの中でもはっきりと分かるくらい沢山の傷が有り、その内の幾つかは化膿してる様や。


「痛いですか?」

「うん。もう痛くて歩けない。何かいい薬は有りませんか?」


 そう言えばこの青年、服はボロボロで足は裸足やった。


「ごめんな。僕は医療団でもなんでもないんや」

「そうなのか。ここへ来ればジャポンの医療団が看てくれると思ってたよ」

「うん。医療団はもう帰国してしまったそうや」

「それじゃ仕方がないな」


 悲しげな表情になっていくのを見るのは今の僕には辛すぎる。


 なんか出来へんやろか?


「でも、何か薬があるかも知れんし、ちょっと待ってて」


 僕はリュックの中の救急バッグを取り出して中を探る。確か化膿止めのチューブ薬を入れてたはずや。


「あった。これで治せるかどうか分からんけど、無いよりマシやと思うよ」


 と僕は消毒液で消毒し、そしてクリームを彼の傷口に塗った。


「ありがとう。本当にありがとう」


 彼は少し泣いてたと思う。それを見ん様にして僕は話し続ける。


「そやけど、この傷はどないしたんや」

「……」


 急に黙った彼は、俯いてグッと悲しみを堪えててる様や。


 いらん事を聞いてしもたかな?


 暫くして、彼は顔を上げて笑みを浮かべながら話し始める。所々、分からん英語があったけど、彼の話をまとめるとこうや。



 彼は前線の街Sulayスレイmaniyahマニヤの近くの村に住んでて、6日掛けてこのZakhoザーホーに逃げてきたと言う。


 彼には父母と2人の姉妹が居ったけど、父は兵士として前線に赴き戦死してしもた。イラク政府軍の攻撃が激しくなり彼の村まで迫って来た。そやけど病気の母を置いて逃げることはできひん。それで家の地下室や家畜小屋にひっそりと隠れてたんやけど、地下室の母が政府軍の兵士に見つかり殺されてしまう。


 何とか2人の姉妹を連れて3人で脱出したんやけど途中の街で姉が政府軍に見つかり射殺された。

 妹と2人で街外れの建物に隠れてたのに砲撃で破壊され、その時に妹は頭に怪我をして出血してしもた。彼は妹を背負って山に逃げた。そやけど、その4日後に妹は砲撃の時の怪我が元で彼の背中で冷たくなってしもたそうや。


 それからは一人で幾つも山を越えて逃げる。山と言うても岩だらけの山で、その内に靴底に穴が空き怪我をする。そやけど逃げん事には殺されてしまう。母と姉妹に生かされたと思い、化膿して激しくなる痛みを我慢して2日間休まず逃げて、何とか政府軍から逃れられ、ほんで味方に助けられここへ運ばれて来たそうや。



「だからこんな足になってしまったんだ」


 と、殆ど底の無い靴を見せながら彼は笑って見せる。その話を聞いて僕は涙と怒りが込み上げてきてた。


 戦争ってなんや。なんで罪もない人が殺されなあかんのや。


 そう思うと身体が震えてくる。

 彼はそんな僕を見て話題を変えてきた。その後は僕の身の上の話や、ここまでやって来た経緯を話しながら談笑して過ごす。


 彼は、


「いつか平和になったら、僕もそんな旅がしてみたい」


 と笑いながら言うてた。


 でもその晩。寝静まって暫くしてから、彼の啜り泣く声がずっと部屋に響いてた。



 つづく

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