【イラク】

ザーホー

230帖 ペシュメルガ

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 突然声を掛けてきた青年トフィックに連れられきた大きな建物は、まるで軍隊の駐屯地みたいなとこで、僕は恐る恐る中に入ってみる。


 初め連れて行かれた事務所でトフィックが何やら話を付けると更に奥の部屋に通される。

 その部屋の大きな机に座ってる随分と偉そうな人にトフィックから紹介される。


「私がPDKと言う組織のリーダーだ。ジャポンから良く来てくれた。歓迎するよ」

「どうも、こんにちわ」


 固く握手をされ何しに来たのか問われたんで、国境で答えたのと同じように、


「クルディッシュがどんな生活をしてるのか、またどうやってフセインと戦ってるのかを記録し、その実情を僕の祖国日本や世界に知らせていきたい」


 と言うと大いに喜んでくれた。


「この後直ぐに、我々のデモをやるので是非撮影をして欲しい」

「デモですか?」

「そうだ」

「デモンストレーションのデモですか」

「そうだ、そうだ。デモクラシーのデモンストレーションだ」


 なんや訳が分からんかったけど写真を撮れと言われたんで僕も喜んで了承した。


 暫く外でトフィックと待ってると1台の車が来て、それに乗せられて市街地の中心まで連れて来られる。

 車から降りると、2階建ての建物の2階のテラスに案内され、そこは観覧席の様に飾り付けされていて、僕が座らされた席は貴賓席の様に豪華やった。因みにトフィックは座らせて貰えず僕の後ろで立ってる。


 そこからは街のメインストリートを一望でき、道路の反対側には地元のテレビ局やろか、レポーターや撮影スタッフが準備をしてる。沿道には既に沢山の市民が集って来てた。


 一介の日本人の僕がこんな所に座ってもええんやろかと不安になってると、さっきのリーダーのおっちゃんがやって来て僕の隣に座る。


「これからデモが始まる。いい写真を沢山撮ってくれ」


 と指示される。僕はカメラを3台スタンバイし、レンズも並べてそれっぽく装って見せる。その機材を見ておっちゃんも満足してる様や。


 暫くすると沿道の観客から歓声が沸き上がる。右手から対戦車砲や対空砲、迫撃砲を装備した武装車両を先頭に兵士が行進してきた。


「これがペシュメルガだ」

「ペシュメルガとは?」

「我がクルディスタンの軍隊だ。クルディスタンのペシュメルガの中でも我々は最強だ!」


 とトフィックが自慢げに説明してくれる。対戦車ミサイルや無反動砲、重機関銃を装備した兵士を目の当たりにするのんは僕も初めてやったんで興奮してシャッターを切る。まるで閲兵式みたいにパレードが続いた。


 重装備の後はアサルトライフル等の小火器を装備した歩兵が行進する。服装は、色こそカーキやオリーブ色の迷彩色をしてたけど、どうやらKurdishクルディッシュ(クルド人)の伝統的な服装を軍服に用いてる様や。如何にも砂漠の戦士っていう感じがする。


 次に行進して来たんはライフルこそ持ってるけど白髪や白髭が目立つ老兵のグループ。歳は取ってるけど、その目の輝きは民族の為に戦ってる誇りと、まだまだ若者には負けんぞという気概に満ち溢れてた。


 次は若者の部。中学生から高校生、大学生位の年齢の子ども達が銃を持って行進して来る。ほんまやったら学校で勉強したりスポーツなどを楽しんでる年齢やのに、銃を持って戦ってるんやと思うと日本の学徒動員の事を思い浮かべて少し悲しくなってくる。それでも目は一般兵士と同じく鋭い光を放ってる。


 ここで一旦列が途切れたんで、僕は急いでフィルムを交換する。3台とも交換が終わると丁度のタイミングで次のグループが行進してくる。


 次はなんと女性兵士の列。少し厳しい表情で銃を持って歩いてたけど、皆さん大変に美人でございます。こんな綺麗なお嬢さん方がホンマに戦ってるのか疑問に思ってリーダーのおっちゃんに聞くと、


「女性ペシュメルガは、非常に勇敢で優秀だぞ。沢山写真を撮りなさい」


 と言われてしもた。まぁ言われんでも写真は撮りまくってたけど、二十歳そこそこの、日本やったら恋をしたり街で遊びまくってる様な可愛い女の子も「銃を持って民族の為に命を掛けて戦ってるんや」とか、「あんなに可愛い子も前線に出て撃たれたら死んでしまうんや」と思うとちょっと複雑な気持ちになってくる。

 でもそれ位せんと民族の誇りを勝ち取れへんのやろう、ほんまに真剣な戦いなんやと思い知らさた気がする。

 銃を持ってる手の爪には、赤いマニキュアが塗られてたんが印象的やった。


 お次は麦の穂や農具を持った人達の行進。初め意味が分からんかったけど、戦いを食料の面で支える農民の人達と思た。皆、誇らしげに行進してる。


 続いて土木工事関係の車両が通り、その後は宗教家みたいな人たちが行進して来る。精神的にこの民族の戦いを支えてるんやろう。

 イスラム教の格好をした人以外に、十字架を持ってる神父さんか牧師さんも結構居る。何の宗教か分からん人も何人か居った。


「クルディッシュにはキリスト教徒もいるんか」


 とトフィックに聞いてみると、


「ムスリムが多いが、クリスチャンも結構いる。みんなクルディスタンの為に一緒に戦ってる」


 と言うてる。


「ヤズィーディー教徒やユダヤ教徒も居るぞ」


 と、リーダーのおっちゃんが付け加え、


「宗教に関係なく我々は皆でクルディスタンの独立の為に戦ってるんだ」


 と説明に力が入ってきて圧倒されてしもた。


 次に行進してきた人達は黒いチャドルを着た沢山の御婦人達。戦いで夫や息子を亡くした人なんやろう、皆、胸に遺影を掲げて悲しそうに行進してる。

 その後ろには黒いベールに喪服を着た御婦人。胸に十字架が光ってるのでキリスト教徒の未亡人やろう、やっぱり遺影を持って行進してる。

 訳も分からす母親に付き添って無邪気に歩く幼い子ども達の姿を見ると、僕は涙が溢れてきた。

 それでも僕は涙を拭いながら、この辛い光景を写真に収め続ける。


 沿道の人も、隣のリーダーのおっちゃんも、後ろで立ってるトフィックも皆涙を流しながら、悔しがったり、雄叫びを上げたり、拍手をしたりして無くなった同志への思いや、民族自立への願いを確かめ合ってる様やった。



 つづく

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