【トルコ】→【イラク】

シロピ→ザーホー

229帖 イラク入国

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 8月18日、日曜日。

 久しぶりにベッドでぐっすり眠た僕は、元気一杯でホテルを出る。バス停では然程待つこと無く国境ボーダー行きのバスに乗れたわ。


 途中の村で乗客を少しずつ降ろしながら進み、最後の村で僕以外の全員が降りる。

 そこから暫く砂漠を走ってると、戦車や対空砲に高射砲、歩兵輸送車両等がめっちゃたくさん駐屯してるんが見える。有事の際はイラクに出陣する為に駐屯してるんやろか。残念な事にどこの国かは確認することは出来んかった。


 Silopiシロピから20分程でトルコのイミグレーションオフィスに到着したけど、ここで降りたのは僕だけ。僕が降りるとバスは直ぐに引き返して行った。

 ゲートでは、国連関係の輸送車両が何台も停まっており、出国を待ってる様や。


 事務所に入り出国の手続きをする。手続きと言うても検査も書類も何も無く、パスポートにただトルコの出国印が押されるだけやった。

 あっけない出国手続きで気が抜けたけど、僕はゲートをくぐり、イラク目指して歩き始める。

 目の前には大きな川があって、橋を渡ると向こうがイラクや。

 トルコ側から誰もイラクに向かって行く人や車両も無いし、もちろん向こうから来る人も居らん。


 誰も居らへん橋を僕はただ一人で歩いて行く。太陽の日差しがきつく汗が滲み出てきた。

 10分程歩くとイラク側ゲートや建物が見えてくる。事務所らしき建物の上には土嚢が積まれ、機関銃が僕を狙ってるんが分かった。


 もしかして……、怪しい奴やと思て撃たれへんやろか?


 そんな心配をしながらなるべく笑顔で近付いて行く。

 ゲートに近づくと、銃を持った普通のおっちゃんに声を掛けられる。


「何処から来たんだ?」

「ジャポンからです」

「おお、ジャポンかぁ。歓迎するよ」


 僕から銃口が逸れた。


「こんにちわ」

「こんにちは。よく来たな」


 ゲート横の建物に溜まってるおっちゃん達に聞いてみる。


「イミグレーションは何処ですか」

「イミグレーション? そんな物は無いぞ」


 と言う返事。詳しく聞いてみると、この国境は政府の力が及んでいなくて反政府側のKurdishクルディッシュ(クルド人)が自主的に管理してるとの事。従ってチェックも無いし、イラクへの入国印すら無いらしい。

 まぁ取り敢えず6ヶ国目のイラクに入国は出来たみたい。


 やったぜ! 念願のイラクに到着!!


 と喜んでたら、銃を持ってる別のおっちゃんに声を掛けられる。


「それで、お前は何しに来たんだ」


 僕は、もしイラクへの入国の目的を聞かられたらこう言おうと昨日の夜から考えてた事を口にする。


「僕は、イラク北部のクルディッシュがどんな生活をしてるのか、またどうやってフセインと戦ってるのかを記録し、その実情を僕の祖国日本や世界に知らせていきたい」


 そう言いながら、カメラ類や例の呪文も見せてみる。

 するとどうやろう。今まで警戒してた雰囲気が急にフレンドリーになり、建物に居た全員から握手で歓迎される。


「記念にゲートで写真を撮りたいねんけど」


 と言うと、数人のおっちゃんが銃を持って並んでくれる。ほんまに和気藹々とした雰囲気や。

 その後、


「それじゃ、こっちへおいで」


 と、奥の建物の方へ連れて行かれ、バスに乗せられる。バスには既に数人の乗客が待ってて、僕が乗り込むと直ぐに出発した。


 バスに揺られて20分でオアシスの街Zakhoザーホーのバザール前に着く。全員が降りるみたいやし、最後の乗客の後ろに並んで僕も降りる。


「バス代は幾らですか?」


 と聞いてから思い出した。


 しもた、まだ両替をしてへんかった。


「あはは。お金は要らないよ」


 えっ! みんな払ろてたのに、僕は要らんのか?


「ありがとうございます」


 取り敢えずお礼を言うてバスを降りる。まずは両替とホテル探しや。それにもうすぐお昼やし、腹も減ってきた。

 僕はバス停前の雑貨屋に入り両替ができるか聞いてみる。1ドル=5ディナールで、20ドルなら1ドル=6ディナールで交換してくれると言う。

 当面の生活費として30ドル分を交換して、ついでにコーラを買うて飲む。喉が乾いてる時のコーラは刺激的で喉越しはええねんけど、甘ったるいさかい余計に喉が乾いてしまう。


 次は飯。バザールの入り口にレストランを見つけたんやけど、丁度お昼時で混んでる。注文で並んでる列の最後尾に並び、僕も順番を待つ事に。すると前に並んでたおっちゃんが、


「何処から来たんだ?」


 と聞いてくる。


「ジャポンからです」

「おお、ジャポンかぁ。よく来たね。歓迎するよ」


 とてもフレンドリーやけど、日本って知ってるんか少し疑問に思う。


「ここは何が美味しいですかね?」

「そうだなぁ。うーん、俺に任せておけ」


 そう言うとおっちゃんは僕の分まで注文してくれて、しかもお金まで払ろてくれる。


「どうもありがとうございます」

「いいんだ。気にするな。さーこっちで食べよう」


 とテーブルに案内までしてくれる。僕はライスにハンバーグやサラダが載ってる皿を持っておっちゃんの横に座る。食べながらいつも通りの質問に受け答えをして、その後近くにホテルは無いか聞いてみる。


 ここザーホーは小さな街らしくホテルは無いらしい。バスで南へ60キロ程離れたDuhokドゥホックの街へ行けばあるとの事。バスなら2時間程で、トラックのヒッチハイクで1時間半程で着くらしい。ヒッチハイクなんかやったこと無いけど、おっちゃん曰く誰でも乗せてくれるらしい。これは有力な情報や。その後もいろいろと日本の事を話し、お礼を言うて別れた。


 僕はバス停まで戻り、リュックを降ろしてバスを待つ。時刻表は無いんで来たバスに乗るしか無い。そやけど、日差しがきつく気温もどんどん上がってきて、とうとう35度を越した。

 これは堪らんとバザールのジューススタンドで生のフルーツジュースを飲もうと列に並んでると、なんと後ろのおっちゃんが僕の分のお金も払ろてくれる。


「お前はジャポンだろ?」

「ええ、そうです」

「ジャポンは友達だ」

「ありがとうございます」


 なんで日本人は友達なんか分からんけど、丁寧にお礼を言うといた。

 ここまでのバス代に、さっきの昼飯といい、このジュースといい、全部奢って貰ろて、なんて日本人に親切な人達やろうと思てた。


 喉を潤してからまたバス停で待つ。そやけどなんぼ待ってバスは来うへん。それどころか僕以外にバスを待つ人も居らん。


 やっぱりヒッチハイクしか無いのんかぁ?


 バスって来るんかなぁとちょっと疑問に思い出した頃、一人の青年が僕に近付いて来る。


「あなたはジャポンですか?」

「ええ、日本人です」


 そう言うと握手をしてくる。


「私はトフィックと言います」

「僕は北野です」


 なんか怪しげな雰囲気がするけど、大丈夫やろか?


「キタノ、今日はもうバスは来ませんよ」

「ええっ! バスは無いの?」

「そうです」

「やばいなー。この街にホテルは無いんですよね」

「ありません。でも心配は要りませんよ。私に付いて来て下さい」


 心配は無いてどう言う事やろと不思議に思いながら、僕はトフィックの後を付いて歩いて行った。



 つづく

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