シロピ
228帖 日暮れの公園
『今は昔、広く
ガバっと飛び起きる。お腹が空いてるのと、これからどうやって国境まで行ったらええんか情報も集めなあかんと思て立ち上がり、サブザックにカメラを入れ僕はホテルを出る。危うく寝入ってしまうとこやったわ。
通りの角まで戻ってくると散髪屋の主人は暇そうにまだ店の前に立ってる。
「おお、ジャポン。ホテルは見つかったかい?」
「ええ、見つかりました。ありがとうございます」
「それにしても長い髪だな」
僕は店のガラスに映る自分の姿を眺めて見る。そう言えば、日本を出てから3ヶ月。その間、一回も散髪は愚か髭も剃ってない。
「切って貰えますか?」
「ああ、いいよ」
「なんぼですか」
「五千トルコリラでいいよ」
「ではお願いします」
「OK、さーこちらへ」
店の中に通される。店の内装は日本の散髪屋とそんなに変わってるとこはないし、少し安心した。
椅子に座らされ、
「どうしますか?」
と聞かれる。
どう答えてええか分からんぞ?
ここはイラクとの国境の街。住んでる人も多分
「おっちゃんはクルディッシュですか?」
「そうだ」
「そしたら、クルディッシュでポピュラーな髪型にして下さい」
「OK、クルディッシュスタイルだな。任せておけ」
と調髪が始まる。シャキシャキと小刻みにハサミを入れて僕の長く伸び切った髪がバッサバッサと切り落とされていく。
「おっちゃん、ここからイラクに行きたいねんけど、どうやったら行けるか知ってる?」
「ああ、バスで行けるよ」
「国境までバスが出てるんですか」
「そうだ。国境まで行けば、あとは歩いて行けるよ」
「歩いて!」
「そうだ。歩いて1キロ程だ」
うーん。なんか今までの国境とは様子が違う見たい。それでもこれで何とか国境を越えられそうやと思うと安心できたんで、今日はここ
調髪が終わり、次に髭剃り。久々の髭剃りはめっちゃ気持ちええ。これでさっぱりして最後に鏡を見る。
店主は、
「おお、ナイスガイだ」
と言うけど、日本で散髪して貰うのと余り変わらん。
「これがクルディッシュスタイルなん?」
「そうだ、なかなかいいぞ」
「あ、ありがとうございました」
どこがクルディッシュスタイルなんかどうか分からんけど、取り敢えずさっぱりして店を出る。
店を出たとこで20歳位の女性2人組とすれ違う。あの子らもクルディッシュやろか、Tシャツにジーンズ姿。黒いワンレングスの髪を靡かせて颯爽と歩いて行く。髪の毛も布で覆ってないし、素肌も出してる。久々にこんなスタイルの女性を見て僕は少し嬉しくなってしもた。
まぁそれはさて置き、腹ごしらえが優先や。通りを歩いて適当にレストランらしき店に入る。
兎に角、今は肉と野菜と米が食べたかったんでジャーケバブとヨーグルトの掛かったサラダ、それとピラウを頼む。もう辛い味とはおさらば。ジャーケバブはジューシーで申し分ない。バター風味のピラウは甘くて少し塩分が効いてて小学校の給食を食べてるみたい。僕はゆっくりとトルコ料理を堪能する。
まだ陽は高いし移動は明日やから食後は通りをぶらぶらと散策。店の看板をよく見ても、やっぱり英語と違ごて全く分からん。たまにクルド語なんかペルシャ文字みたいな文字もあるけど、それは極稀やった。
突き当りの公園では子ども達がサッカーをしてる。僕は円形劇場の客席みたいな所に座って眺めながらタバコを吹かす。大きい子も小さい子も、男の子も女の子も楽しそうに遊んでる。僕はカメラを出して無邪気に遊んでる子ども達の横顔を撮る。目がキラキラと輝いていい表情や。
そんな僕を見つけたんか、みんな走って寄ってくる。英語が話せる子は居らんかったけど、なんとなくジェスチャーで写真を撮ってくれと言うてるみたいや。特に女の子は身だしなみを整えて、既にモデル気分。顔を見てるとヨーロッパの人と区別がつかへん。一人ずつ写真を撮ってると、必ず撮り終わった後にめっちゃ恥ずかしがってる。そこがなんとも可愛らしい。
逆に男の子はふざけた顔をしてくれて、これもまた面白い写真になりそうや。
その後、僕は男の子にせがまれて一緒にサッカーをする事になる。本格的にやったことは無いけど、小学校の低学年位が相手やったら1対1では負けへん。
「お兄ちゃん、うまいなー」
みたいな事を言われて調子に乗って思いっきりボールを蹴ると、ボールと共に軽登山靴も一緒に飛んでいく。これはみんなに受けたみたいで、転げ回って笑ろてる。
「ちょっと休憩」
と言うてさっきの客席に座って子ども達が遊んでるのを見てると、後ろから女の子らが近寄ってきて僕の前に恥ずかしそうに並んだ。
「写真を撮って欲しいんか?」
とカメラを見せたけど首を振ってる。恥ずかしそうにニヤニヤしてたけど、その内の一人が歌を歌い始める。それに続いて他の3人も歌い出す。
トルコの歌かクルディッシュの童謡か分からんけど、とても可愛らしいメロディーや。
歌い終わって拍手をすると、ちゃんとお辞儀もしてる。お返しにと思て、ぱっと頭に浮かんだんは「森のくまさん」の歌。これなら歌詞は憶えてるぞと、彼女らの前に立って歌う。身体を動かし、顔の表情も付けて歌うと、歌詞は分からんやろけど喜んで聞いてくれた。
そうしてると今度は男の子らから声が掛かる。またサッカーをしようと誘ってる。
「ちょっと行ってくるわ」
走って男の子らのとこへ行き、今度はサッカーの試合をする。
ほんで日が暮れてボールが見えへん様になるまで子ども達と一緒に遊び回った。
つづく
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