【トルコ】

ドゥーバヤジット→ディヤルバクル

226帖 孤独

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



「お前はチン(中国人)か?」

「いやヤポンや」

「おお、ヤポン、ヤポン。さーここへ座りなさい」


 歩道の端にあるテーブルの椅子に座らされると、じいさんはチャイを頼んでくれたる。


「よく来たなヤポン。歓迎するぞ。あはは」

「おおきにです」

「ところで……」


 このじいさん、少しは英語が話せるみたいやけど余り言葉を知らんみたい。会話の所々で話が止まってしまう。


「えー……、何処から来た」

「イランから来ました」

「おお、イランね。そうかそうか」


 辿々しい会話やったけど、じいさんはめっちゃ嬉しそうに話してくる。


「じいさんはKurdishクルディッシュ(クルド人)か?」

「おお、私、クルディッシュ。クルディッシュよー」


 そうなんや。ほんならと思て仕立て屋のおっちゃんにノートへ書いて貰ろた呪文を見せてみる。


「おー。OK、OK」


 OKと言うて立つと何か大きな声を出して周りにアピールしてる。すると周りの何人もの人が拍手をしながら僕の方を見てる。

 じいさんが「立て、立て」と言うし立つと、より一層拍手が大きくなる。何を言うたんか分からんけど、取り敢えずペコペコとお辞儀をしといた。

 拍手が落ち着いて椅子に座るとじいさんは得意げやった。

 何があったんか分からんけどみんなに紹介されたみたいな感じで、フーっと息を吐いてるとチェロケバーブが運ばれてきた。


「さー食べなさない」

「お金は?」

「お金は要らないよ。あはは」


 と、じいさんは言う。同じ様にして肉入りのショレまで持ってきてくれたし、お腹が空いてた僕は遠慮なく頂く。

 食べ終わると、


「さー、バスターミナルに行くぞ」


 と言われたんで、取り敢えず周りに居る人に頭だけ下げといた。


「このバスに乗ればDiyarbakırディヤルバクルまで行けるぞ」

「分かりました。いろいろとありがとうございます」

「OK、OK。良い旅を」


 運賃の2万トルコリラ、日本円で凡そ600円を払いバスに乗り込む。あの呪文がどんな風に效果を発揮したか分からんけど、取り敢えずこれで次の目的地ディヤルバクルに行けそうや。


 見送るじいさんに手を振って別れる。

 バスが走り出すと車掌らしきおっちゃんが霧吹きみたいなもんを持って回ってくる。隣の席のおじさんは両手を合わせ水を掬う様にしてる。その手のひらに車掌のおっちゃんがシュッっと霧を吹く。僕も同じ様にすると、シュッと吹かれた。何やろと思てたら芳しい匂いがしてくる。隣のおっちゃんはそれを首周りに塗りつけてる。


 なるほど、香水のサービスかぁ。


 僕も同じ様に首周りに擦り付けといた。ところ変わればサービスも変わるもんやと関心してると、バスはドゥーバヤジットの街を出て、また砂漠の中を走って行く。


 1時間程砂漠を走り、山を越えて下って行くと大きな湖の側を走る。

 こんな大量の水を見るのは久しぶりやったし、なんかワクワクしてきた。

 隣のおじさんに聞くと、この湖はVanヴァン湖と言うらしい。


 途中で水のサービスがあり、夕方になった頃ヴァン湖と山に挟まれた街のドライブインで夕食休憩になる。フードコートの様な所に入って行き、僕はハンバーガーを食べる。久々のビーフバーガーはめっちゃ美味しく感じた。


 僕は外に出てコーラを飲みながら山に夕日が沈んで行くのを眺める。


「トルコかぁ。遠くまで来たなぁ」


 と、なんとなく独り言を言うて感傷に浸ってた。誰も喋る相手が居らんからしゃぁないわな。


 ほんでバスに乗る前に運転手にディヤルバクルは何時に着くんか聞いてみたけど、英語が通じへん。

 ジェスチャーで時計を示すと、


「2時だ」


 と返ってくる。


 夜中の2時!


 ディヤルバクルから次はSilopiシロピ行きのバスを探さなあかんのに到着が2時とはまた強烈なバス旅になる予感がしてきた。

 乗り越したら大変やし、おちおち寝ても居られへん。そう思て気合を入れ直して外の風景を見る。


 バスは山間部に入っていくと完全に暗闇になり風景は何も見えんようになってしまう。

 ここからは睡魔との戦い。まだエアコンがあるだけパキスタンのバス旅よりマシやけど、昨日も車中泊やし結構身体にはきつかった。


 2時を過ぎ、大きな街に入ったバスはバスターミナルで停まる。ここでは5、6人の客が降りるみたい。僕は運転手に確認しに行くとここがディヤルバクルやと言う。

 そやし僕も急いでバスを降りる。ここからも乗り込む人も結構居ったけど、バスが出る頃にはバスターミナルには誰も残って無くて、僕一人しか居らんかった。

 オレンジ色の街灯が付いてたからまだ暗くは無かったけど、その街灯に群がる羽虫を見てたらちょっと寂しくなってきたわ。


「さて、どうする」


 ここからシロピ行きのバスを探すにも誰も居らへんし聞きようがない。しかもバスターミナルの何処を探しても時刻表の様なもんはあらへん。

 辺りを歩いていると足音が聞こえてくる。


 おお。誰か来たかな?


 と思て立ち止まると足音は消える。また歩くと聞こえる。自分の足音が反響してるだけやった。


 宛もなくバスターミナルの中を歩いてると自分の足音だけが響いて余計に孤独感が増してくる。

 取り敢えずベンチにリュックを下ろし、タバコに火をつける。吐いた煙がゆっくりと左へ流れて行く。


 静かで孤独な夜やった。



 つづく

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