【イラン】→【トルコ】

テヘラン→ドゥーバヤジット

225帖 決心

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 朝、チェックアウトをしに受付へ行くと、なんとイスタンブール行きのバスの切符がベンザディ氏より届けられてた。

 これに驚いた僕らはベンザディ氏のオフィスに電話をしてお礼を告げる。ホテルの件といい、スパイ容疑の件に食事会といい、ほんまにお世話になりっぱなしやった。

 そんなベンザディ氏に感謝の気持ちを捧げつつ僕らはタクシーでバスターミナルに向かう。


 バスはハイデッカーバスで快適やったけど日夏っちゃんとは殆ど話さへんかった。僕はこれからやってくる最後の一人旅に向けて心の準備をしてる。いよいよイラクに入れる見通しが出来てきたら少し緊張してきたんもある。


 どうなんやろう?


 イラクに行って僕は何が出来るんやろうとずっと考えてた。

 考えても考えてもたった一人の人間が出来るとこは知れてる。特殊技能や資格でもあれば別やけど、僕には写真を撮ること位しか出来へん。考える程に落ち込んできてしもた。


 途中、遅めの晩飯に停まったTabrīzタブリーズのドライブインでは、


「イラクなんか行かんと、私と一緒にİstanbulイスタンブール(トルコ)まで行こうや」


 と日夏っちゃんに誘われる。そやけど、


「イラクが最終目的やから、やっぱりイラクに行くわ」


 と言うと、


「その難民かなんか知らんけど、関係ないしええんちゃうの」


 と言われた時は、僕のこの旅の全てを否定されたみたいでなんか腹が立ってくる。そんな軽い気持ちで仕事を蹴ってまで来たんと違うと言いたかったけど、


「ほんならイラクで何するの?」


 と言われた時は反論出来んかった。

 やっぱり日夏っちゃんと一緒にイスタンブールに行こかなぁと、心は少し揺れる。



 8月16日の金曜日。

 車中で起きてから国境の手前の街Bazarganバザルガンに着くまでにも、イスタンブール行きを日夏っちゃんに何度か誘われたけど、その言い方がなんとなく僕の旅の目的や、Kurdishクルディッシュ(クルド人)の人達をバカにしてるの様に聞こえてくる。難民に対して偏見を持ってるみたいで、貧しく見窄らしいもんやと勘違いしてるみたいや。確かに住んでるとこを追われたから不自由な生活を余儀なくされるけど、戦争でそうなったんやからしょうがない。反論する気もなく、それからは日夏っちゃんと口を聞かん様になって、いやーな雰囲気になってしもた。

 ほんでもそのお陰で僕の心は決まった。


 クルディッシュに会いに行く。この目で確かめて、話を聞いてみる。


 旅の目的が明確になったところでバザルガンに到着する。まだ昼前にも関わらず、あと2,3キロで国境が見えてるのに昼飯休憩を取るらしい。日夏っちゃんとの気不味い空気にも我慢出来ず、僕は荷物を背負いバスを出て国境へ向かって歩き出す。日夏っちゃんとは2週間位一緒におったし、それに幼馴染みやったけど別れの挨拶もせんと一人で歩みを進める。


 それでも少し心配になって振り返ると、日夏っちゃんは一緒のバスに乗ってた女の子と喋ってる。それやったら大丈夫やと思て少し歩みを早める。


 砂漠の中の道を一人で歩く。やけに太陽が眩しいけど、そないに暑くはない。とうとうホンマの一人になってしもたと言う思いが、僕を不安にする。不安になればなるほど歩みが早くなっていった。


 30分位で国境に着く。沢山の人でごった返してて1時間以上も待たされる。出国に際しては特に荷物検査に引っかる事もなくスムーズに終わったけど、身体検査では派手に体中を触られる。


 次は入国審査。これは案外あっさりと通過でき、5ヶ国目のトルコに入ることが出来た。


 トルコは以前に政教分離したんでイランみたいなイスラム教が国教の国ではない。それだけでなんか自由になれた気がする。隣から出てきた女性がヒジャーブやチャドルを脱ぎだした事からも自由な感じが伝わってくる。


 それでものんびりしてる暇はない。一刻も早くイラクに行きたくなってきた僕は両替をしてからDoğuドゥーbeyazıtバヤジット行きのバスを見つけてそれに飛び乗る。

 車窓から見える風景は、同じ砂漠やのになんとなく厳しさが緩い様に思える。政治体制の違いでここまで心象風景を変えるもんかと驚いてた。


 窓から見える山は、多分「ノアの箱舟」が辿り着いたとされるアララト山(五千百三十七メートル)やと思うけど、もう一人なんでその感動を伝える人は居ない。写真だけ撮って心を落ち着けた。


 1時間程で国境の街、ドゥーバヤジットに着く。

 トルコはイスラム教を国教から引き離したけど、やっぱりムスリムは多いんやろう、街のいたる所にモスクはある。

 取り敢えず昼飯を食べたい僕はバスターミナルを出てバザールの方へ向かう。たまに頭にスカーフを被ってる女性も居るけど、自由な感じがして嬉しくなってくる。そやけど店の看板や案内はトルコ語やし全然読めへん。

 それはそれで面白く、僕のカメラの被写体になってくれるからええねんけど、さて何を食べよかなぁと辺りを見回してたら一人のじいさんが声を掛けてきてくれた。



 つづく

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