224帖 塀の内側は

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 僕らは6時にホテルに迎えに来てくれたベンザディ氏の車に乗り込む。


「サラーム」

「サラーム」

「どうだい、テヘランは楽しめたかい」

「ええ。沢山の博物館や建物を見ましたよ」

「僕は、バザールでうろうろしてました」

「ホテルもゆったりしてて過ごしやすかったです」

「あはは。それは良かった。楽しんで貰えたみたいだね」


 10分程でベンザディ氏の家に着く。車をガレージに入れると自動でシャッターが降りる。えらいお金持ちなんやと思てしもた。

 庭も広く、なんと言うても白い壁の家屋はまるでアメリカ映画に出てくる様な家で、塀の内側はとてもイランとは思えん有様や。


 ほんでもっと驚いたんは奥さんの美しさ。なんとノースリーブのイブニングドレスで出迎えてくれた奥さんは顔もべっぴんさんやけど、普段は布で隠してる素肌や身体の線を見ると、その容姿たるや正にエキゾチック! まじで感動してしもた。


「あなたも脱いでいいのよ」


 と日夏ちゃんにチャドルやヒジャーブを脱ぐように促してる。


「家の中は、notノット Islamicイスラミック Republicリパブリック ofオブ Iranイラン(イラン・イスラム共和国ではない)。自由だ、あはは」


 と上機嫌のベンザディ氏。そこへ登場したんが二人の娘さん。綺麗にドレスを着飾った小学生低学年位の妹さんに、ミニのワンピースをバッチリ決めた中学生位のお姉さん。スタイルがええからめっちゃ格好良く見える。


「どうだい、私の二人の娘は?」

「ええ、どちらもとても綺麗ですね」

「後で写真を撮らせて欲しいです」

「ああ、いいとも、いいとも」


 とベンザディ氏も大満足の様や。


 早速テーブルに着き、奥さん自慢の手料理を頂く。

 羊乳のチーズ入りのサラダに始まり、野菜シチューのショレ、鶏肉の煮込みのモルグに豆入りご飯のアダスポロ、豆と羊肉の煮込みのホレシュと盛りだくさん。どれも美味しいけど種類と量が多すぎて、直ぐにお腹がいっぱいになってしまう。話をしながら時間を掛けて食べてもいっこうに減らへん。

 もうお腹いっぱいやと思てたら、


「ちょっと余興をしましょう」


 とベンザディ氏がラジカセで音楽をかけ始める。とてもエスニックな調べはまさしくペルシャって感じや。

 すると妹さんが広間でお辞儀をして音楽に合わせて踊りだしす。まだ小学生やと言うのに腰の振り方に腕の使い方や目付きなど大人顔負けの妖艶さを醸し出してる。


 それに見とれてると次にお姉ちゃんと一緒に一旦奥に入って、ベンザディ氏の合図で再び二人が登場する。

 露出度のかなり高い服装で登場した時はびっくりしたけど、ハイテンポの曲に合わせて腰を捻らせ楽しそうに踊ってた様子はめっちゃ感動した。


 これが中東で伝統的に踊られてるベリーダンスなんや。


 そう思いながら娘さん達の可愛い踊りを楽しませて貰う。

 Tehrānテヘラン最後の夜に、美味しい料理と可愛い踊りでたっぷりとペルシャを堪能させて貰ろた。ベンザディ氏にはホンマに感謝の言葉も無いわ。


 最後にみんなで記念写真を撮り会はお開きに。僕らは丁寧に感謝の気持ちを伝え、そしてお別れの挨拶をする。この旅で一番感激した夜になったわ。



 ホテルまでタクシーで帰って来た僕らは上機嫌で部屋に戻ったけど、一つ課題が残ってる事に気が付く。

 シャワーを浴びて布団に入る日夏ちゃんに、


「寝返りはええんやけど、あんまり抱きつかんといてなぁ」


 と昨日の問題点を指摘したところ、急に日夏っちゃんの機嫌が悪くなる。


「そんな事してへんわー」

「いやいや、昨日はわざわざ反対側に寝たのにそうやったで」

「そんなん有り得へんしっ」



 って逆ギレされた。


 いや、そんな事は無い。自分が覚えてへんだけやと言おうとして、面倒臭なると思て止める。


「もし、そんなんしたら起こしてや」

「おお、分かったわ」


 売り言葉に買い言葉になってしもた。


「ふんっ!」


 と言うて日夏っちゃんは寝てしまう。


 僕は昨日と同じ様にテレビでフセインの対談を見てからベッドに入る。

 相変わらず日夏っちゃんは右に向いて寝てる。しかもまたパンツとTシャツ1枚。こんなええホテルに泊まるんも今日で最後やから、勿体無いし僕もゆっくりと眠ることにする。


 明日からまた移動かぁ。


 そう思うと少し気分が重たぁなってしもたけど、ベッドの心地良さに負けて直ぐに眠りについた。



 8月15日の木曜日。

 そやけどやっぱり明け方近くに日夏っちゃんの右手で僕は目を覚ましてしまう。僕に半分覆いかぶさって足と手を絡め、僕は抱き枕状態になってる。

 日夏っちゃんの顔を見るとやっぱり涙を流してる。それも心配になって、


「日夏っちゃん、起きてる?」


 と声を掛けてみたら、


「ばか、ばか。もうちょっと……、このままにしといて」


 と、起きてるんか寝言なんか分からん事を言うてた。昨晩、あんだけキレといてこれかいと思たけど、多分一緒に寝るのんは今日が最後やしと思て、また僕は右手を日夏っちゃんの背中に回し、そうっと擦った。


 少し表情が緩んだ様に思えた。



 つづく

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